15人の告発 筑波大大学院准教授、元世界王者・山口香さん

 選手15人が女子日本代表監督らの暴力・ハラスメント行為を告発し、混乱が続く柔道界。筑波大大学院准教授の山口香さんは、悩める選手たちの相談役となり、訴えに出る行動を後押しした。なぜ、こんな事態を招いたのか。日本の女子柔道の創生期をリードした「女三四郎」が、告発の背景や柔道界が抱える課題を率直に語った。

 ――今回の告発にどう関わっていたのですか。
 「昨年9月、園田隆二前監督が暴力行為をしていたと、私自身、耳にしました。個人的に何人かの選手に話を聞いて事実を確認し、全日本柔道連盟の幹部に伝えました。まずはきちんと調べて、広く選手に聞き取りをして下さいとお願いした。ちょうどロンドン五輪の検証をする時期でもあり、この際だから調査した上で次の体制を決めるべきでしょう。ところが全柔連は園田前監督にだけ話を聞き、厳重注意の処分にした。こういう問題は、片方だけを調べて終わるものではないはずです」

 ――被害を受けた選手にも話を聞いて謝罪したと聞いていますが。
 「その後、ようやく選手のもとに全柔連の幹部が行った。私は1人で対応しない方がいい、できれば所属先の指導者に同席してもらいなさいと助言しました」
 「ところが、その後も園田前監督が被害者に心ない態度をとった。彼女が頑張った試合の後、『おれが厳しく指導してきたことが今回につながったんだ』というようなことを言ったというんです」

 ――本当にそんなことを?
 「複数の選手がその場にいたから間違いありません。私は再び全柔連幹部に電話を入れました。これが反省した態度ですか、何を厳重注意したんですか、と」
 「私は女子柔道家として、日本代表でナショナルフラッグを背負う選手に、そういう態度をとることは絶対に許せません。まして言動を注意された後にみんなの前で暴力を肯定するようなことを言うなんて言語道断。日本の女子柔道が長い時間をかけて強くなってきたのは、選手一人ひとりが力を合わせて切り開いてきたからです。決して暴力的な指導をしたからではない」

 ――それでも全柔連は監督を続投させましたね。
 「園田前監督は情熱があり、指導力もあるかもしれません。だけど国を代表する選手に対するリスペクトがなかった。続投は昨年11月に発表されたんですが、もっと後でよかった。選手の話に真摯(しんし)に耳を傾け、手順を踏んで、選手が納得してから発表するべきでした」
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 ――それで次の一手が、12月の選手たちによるJOCへの告発だったのですか。
 「私もいろいろ考えました。相談してくれた選手には『こういう結果になって申し訳ない。私の力がなかった』と謝りました。そして『申し訳ないが、ここから先は私ができることじゃない』と話しました。私が何を言っても、私の意見としか受け止められない。私と全柔連という対決の構図になり、問題の本質がずれてしまう。山口に対する対処をされてしまうと思いました」
 「私は選手に言いました。『ここからはあなたたち自身でやりなさい』と。さらに『あなたたちは何のために柔道をやってきたの。私は強い者に立ち向かう気持ちを持てるように、自立した女性になるために柔道をやってきた』という話もしました」

 ――突き放したわけですね。
 「悪い言い方をすれば、選手たちはここまで我慢してしまった。声をあげられなかった。『こんなひどいことが行われてきたのに、誰にも相談せず、コーチにも言えず、がっかりしている』とも話しました」

 ――厳しい意見ですね。
 「私はもう助けられない。だから自分たちで考えて、と。そこからは私は直接的には関与していません」

 ――そこで選手たちが考えたのがJOCへの訴えということですか。
 「そうです。彼女たちの行動には賛否両論あると思いますが、彼女たち自身が起こしたものであるとはっきり言いたい。声明文にもあるように、彼女たちは気づいたんです。何のために柔道をやり、何のために五輪を目指すのか。『気づき』です。監督に言われ、やらされて、ということでいいのか。それは違うと」
 「私は今回のことで一番重要だったのは、ここだと思います。体罰にも関わりますが、体罰を受けている選手はその中に入ってしまうと、まひしてしまう。自分のプラスになっているんじゃないか、先生は自分のことを思ってやってくれている。そんな考えに陥りがちなんです」
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 ――暴力については批判して当然ですが、体制変更まで求めるのは選手がわがままという声もあります。
 「15人が名前を公表していないので、負け惜しみと受けとる人もいるでしょう。名前を明かすことはできませんが、五輪に出た選手もいます。代表を勝ち取った、つまり勝者なんです。みんなで切磋琢磨(せっさたくま)し、励まし合って4年間を乗り切ったんです。選手たちは言っています。『だから勝ちたかった』『メダルを取りたかった』と。全員で好成績をあげて、声をあげたかったと。私たちが抱えてきたものを次の世代に残さないためにメダルが欲しかったと」
 ――ロンドンの女子柔道は大変な戦いだったということですね。
 「今回の告発とは関係ありませんが、松本薫が金メダルをとった時、最初に『(メダルを逃した)福見友子さん、中村美里さんが頑張れと言ってくれた。私がとったのではなく、チームでとれたんです』と言った。このコメントですよ。もっといい環境で五輪に臨ませてあげたかったという思いはありますが、人生においては、15人はかけがえのない仲間を得て、勇気を持って動いたことを誇りに思ってもらいたいです」
 ――その思いを今度は全柔連が受け止めないといけません。
 「ここからが私たちの仕事だと思っています。時間がたつにつれ、彼女たちのことを『何様なんだ』と言う人たちが必ず出てきます。今度は私たちが矢面に立って守ってあげなきゃいけない。柔道界をあげてサポートするという姿勢が大切です。訴えたことが悪いんじゃない。問題をすりかえてはいけません」
 「私は選手が自発的に起こした行動を見守り、自立するのを待っててあげたいという気持ちです。選手の自立を助ける。それがスポーツでしょう。選手は臆せず意見をはっきり言える人間に成長しているんです」
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 ――柔道界では最近、学校での死亡事故の多さも問題視されています。体罰問題も含め、行き過ぎた指導が根本にあるように思います。
 「柔道はもともと相手を倒す戦闘目的のものでした。いわゆる柔術ですね。ところが柔道の創始者、嘉納治五郎師範はそこに疑問を持ち、指導方法を体系化して安全に学べるものにしました。強くなるには『術』が大事だが、それが目的ではない。その術を覚える過程で、自分という人間を磨く大切さを説いた。だから『道』になったんです。園田前監督らは金メダルを取らせないといけないという重圧から、戦闘目的の『術』に戻ってしまった。人間教育がどこかにいってしまったんです」
 「嘉納師範亡き後、指導者たちはその理念を勝手に解釈するようになったのでしょう。柔道が国際化し、JUDOになって大事なものが失われたと語る日本の柔道家は多い。違うと思う。嘉納師範は柔道の修行として『形』『乱取り』『講義』『問答』の四つをあげています。後ろの二つを一部の日本人が省略し、柔道の姿を変えてしまったんです」

 ――柔道界の再生へ向けて必要なことは何でしょうか。
 「まず全柔連の理事に女性がいないと指摘されていますよね。ダイバーシティーという言葉がありますが、いまは多様化の時代です。いろんな視点が必要で女性もその一つ。外部から女性理事に入ってもらってもいい。柔道界の中で顔を浮かべるから、この人じゃダメだとなる。元バレー選手、元サッカー選手でもいい。コーチに外国人を採用してもいいでしょう」
 「柔道界は強い者が絶対という思想があります。柔道家同士だと『お前弱かったのに』というような部分がどうしてもある。先輩後輩という関係もつきまとう。でも、本当に柔道を愛しているのは、強くなくてもずっと続けた人だと思うんです。そういう人を尊敬し、適材適所で力を発揮してもらう。キーワードは『リスペクト』と『オープンマインド』。強い弱いを越えて相手を尊敬し、広く開かれた組織になって多種多様な意見を取り入れる。そこから始めることが大切です」
 (聞き手・安藤嘉浩)
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 やまぐちかおり 64年生まれ。84年世界選手権優勝、88年ソウル五輪銅メダル(公開競技)。筑波大柔道部女子監督、全日本柔道連盟女子強化コーチを歴任。
by saitoru1960 | 2013-02-07 08:03 | いろいろ

心動かされたことを忘れぬように


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