二十一世紀に生きる君たちへ

自然物としての人間は決して孤立して生きられるようには作られていない。
 このため、助け合うということが人間にとって大きな道徳になっている。
 助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。
他人の痛みを感じることと言ってもいい。優しさと言い換えてもいい。
 「いたわり」
 「他人の痛みを感じること」
 「優しさ」
 みな似たような言葉である。
 この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。
 根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。
 その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分の中で作り上げていきさえすればいい。
 この根っこの感情が自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。
 君たちさえそういう自己を作っていけば、二十一世紀は人類が仲良しで暮らせる時代になるのに違いない。
 鎌倉時代の武士たちは、
 「たのもしさ」
 ということを大切にしてきた。人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。人間というのは、男女ともたのもしくない人格に魅力を感じないのである。
 もう一度繰り返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分に厳しく、相手には優しく、とも言った。いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されて行くのである。そして、「たのもしい君たち」になっていくのである。
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by saitoru1960 | 2013-12-16 16:24 | いろいろ

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960