予期せぬこと

 学年通信に書いた2015年の目標は、「年間総走行距離3000km」であった。
 平均して1カ月250km走れば目標は達成できることになる。

 30歳を過ぎた頃、自分は42.195kmの距離を走りきることができるのか試したくなってフルマラソンのレースに出たのが始まりだった。それまでやることのなかった長い距離を走るということを、50歳の半ばを過ぎてもなお続けていようとは、その当時には夢にも思わなかった。

 途中、チャレンジ心に火がついて北海道のサロマ湖で100kmマラソンに挑戦したり、心身ともに疲労困憊になり数年間レースに出なかった時期もあった。それでも、スピードは出なくなったけれど、現在も年に1度のフルとハーフのマラソンを走り、高校時代の仲間と共に駅伝のレースに出て楽しんでいる。身体のどこかに痛みが出て、走りたくても走れない状態にならなければ、このまましばらくは趣味として走ることを続けるような気がしている。

 走る距離に合わせたランニングコースにはいくつかのバリエーションがある。最も気にいっているのは、塩屋から須磨にかけての国道2号線、海岸沿いを走るコースだ。これからは穏やかな瀬戸内の水面が春光を細かく煌めかせ、鉢伏山の新芽が薄い緑色を少しずつ膨らませてくる早春の風景になってくる。

たやすく涙を流せるならば
たやすく痛みもわかるだろう
けれども人には笑顔のままで 
泣いてる時もある            中島みゆき“命の別名”

 走っている時、脳のシナプスは複雑に絡み合うようで、脈略もないタイミングで唐突にアイディアや解決策が湧きあがり、走りながら自分自身に驚いてしまうことがある。走っている時の振動が脳に伝わり、なんらかの化学反応が生じているかもしれない不思議な瞬間である。
 
 音楽を聞きながら走ると、曲と昔の思い出の映像が重なり合い、自然にスピードが上がることがある。過去にタイムスリップしてその頃の感情までもが蘇り、走りながら微笑んでいるのが自分でもわかる。
 また、昔聴いていた曲の歌詞が、突然ぐっと心に入ってくることもある。昔の自分が感じ取ることのできなかった“言葉”に今の自分が反応し、心の琴線が過去のものとは違っていることに気づくことにもなる。
 
 ただ脚を交互に動かしているだけなのに、アイディアや感情が脈略もなく突然湧きあがってくることが面白くて、わたしは走っているのかもしれない。

傷つくことを恐れ 
黙るより 孤独と戦いたくて
泣きたいような夜は 
“希望”ってロウソク胸にともした    山下達郎“いつか晴れた日に”

 11月、何十年ぶりかで左ふくらはぎを肉離れし、黄色信号が点滅したけれど、トータル3058kmを走り目標はクリアできた。3000kmを越えた12月のその日、1つの節目を迎えることができた達成感があったのは言うまでもない。また、公言したことが、自分自身を奮い立たせる力を生み出したのも事実だ。

 新湊川沿いに立つ柳の木はすでに芽吹き、桜の蕾はもう少しで1年ぶりに薄い桃色を見せる季節を迎える。 
by saitoru1960 | 2016-03-08 05:44 | いろいろ

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960