若者

二〇一六年十月十三日、「アメリカ伝統音楽にのせ 新しい詩の表現を創造した」として、ボブ・ディラン(七五)がノーベル文学賞に選考された。歌手としては初めての受賞となったが、発表からしばらくの間ディラン本人のコメントは発表されなかった。すると一人の委員が「無礼で傲慢だ」とディランを非難するコメントを出したとニュースが流れた。わたしはそれ読み、中学時代の自分を思い出して思わずニヤリとしてしまった。

わたしがボブ・ディランという名前を知ったのは一九七〇年代、和製ボブ・ディランといわれたフォークシンガー・吉田拓郎(七〇)を通してであった。「世代の代弁者」と崇められ、メッセージソングやプロテストソングの旗手と評されたボブ・ディランに吉田拓郎は感化され、楽曲のみならず生き方にまで大きな影響を受けたと様々な場面で話していた。その吉田拓郎に中学生のわたしは感化されたのだった。

権力に反発するエネルギー、権威を権威とも思わない自由さ。大人のずるさや嘘に対し反抗心あふれる中学生にとって、心揺さぶられることば(歌詞)は身体の奥底にまでぐいぐい沁み入ってきた。そして、いつか自分もこんな若者になりたい、とギターを手に拓郎の曲を歌っていたのだった。

時代はテレビ全盛期。拓郎はいくら曲がヒットしてもテレビには出なかった。たった数分の時間で自分の意思は聴き手に伝わらない、というのが理由だった。森進一に提供した曲「襟裳岬」でレコード大賞を受賞した際、帝国劇場での受賞式のステージに普段着のジーパン姿で上がってきた時には、権威を歯牙にもかけないその姿に、かっこよさと憧憬の念がますます高まったのを覚えている。社会に対して背伸びしようとする中学・高校時代、拓郎は大人と自分との間にいる憧れの若者だった。

今、その若者になろうとしている君は、これから大人と対峙していくために覚えておかなければならないことがある。大人は君よりも物事を論理的に考える経験を多くもっているということだ。何かの事象に直感的に声をあげても、大人は「でもね」、と簡単に論理的思考を用いてかわしてくる。大人は狡猾で悪知恵を働かせるのがうまい。だからこそ、若者が持つ唯一最大の武器「直感」を大切にしてほしいと思っている。

三宮のジュンク堂ではたくさんの書籍が平積みされている。たびたび訪れていると、以前気にならなかった本にふと手が伸びる時がある。いつもたくさんの無駄なものを見ているようではあるけれど、何かの拍子にその中から直感的に「んっ?!」と感じて手を伸ばすことで出会った一冊。自分の直感は、読後に正しかったのか失敗だったのか自ら判断させられることになる。成功と失敗をくり返しながら、直感の蓄積を続けていくことで、こま切れに蓄積された経験は次第に網の目のようにつながっていき、自分のことばとして外に出てくるようになる。

一方、板宿の井戸書店は個性が光る街の小さな本屋さんである。ここは店主の意思を感じる棚揃えをしていて、一角には店主お勧めのコーナーも設けてある。そこに置かれてある本は時々入れ替わり、昔から読みつがれているものから、店主が感銘を受けた最近の一冊などジャンルも多岐にわたっていて興味深い。店主のフィルターを通して置かれている著書にアンテナが引っ掛かることがあり、ジュンク堂では到底探しだすことができない一冊に出会うことがある。もちろん、最後まで読み終えたのちに、ハズレだったな、と感じることはあり、それはそれでまた経験の蓄積として残っていくことになる。

大型書店や小さな本屋でのぶらぶら歩きから始まる一連のこの流れは、無駄なように見え、効率的ではないかもしれないけれど、結果的には自分の生き方を「ことば」で表わすことができるようになることに繋がっているとわたしは思っている。

これから「若者」になる君は一体何を追い求めるようになるのだろう。
そして、君にとって何が変わらない夢になるのか、これからもずっと考え続けていってほしい。
いつの世も若者が時代を作っていくのだから。

シュプレヒコールの波
通り過ぎてゆく
変わらない夢を
流れに求めて
時の流れを止めて
変わらない夢を
見たがる者たちと
戦うため
   中島みゆき「世情」


by saitoru1960 | 2016-11-14 05:14 | いろいろ

心動かされたことを忘れぬように


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