カテゴリ:物語( 77 )

いま、五郎の生き方

夏休みからまた「北の国から」を見なおしていた。
スペシャルの83冬、98時代、2002遺言とあまり回数見ていないものをツタヤで借りてまた涙をこぼしていた。
清吉おじさん(大滝秀治)には開拓民としての苦労が感じられ、正吉のおじいさん(笠松杵次・大友柳太朗)には道産子の原型を想像させられる。
自分が年をとったからなのだろうけれど、心にずしんと入ってくるセリフが随所に出てくる。
五郎に期英の姿が重なることも出てくる。
発展しない時代にやるべきこと、身の丈に合った生き方、富良野の人たちから学ぶことはたくさんある。
わかばに教えてあげなくてはいけない。
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by saitoru1960 | 2016-09-24 16:45 | 物語

戦艦武蔵

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大和型戦艦の2番艦として三菱重工業長崎造船所にて1938年建造開始、1940年進水、1942年竣工。 太平洋戦争中盤に完成。優勢期は後方で温存され続け、戦局悪化後はマリアナ沖海戦、第三次渾作戦などに参加するも、その攻撃力を発揮する機会には恵まれなかった。

1944年10月、レイテ沖海戦に出撃のおり、米軍機から集中攻撃を受け艦隊から落伍、その後も波状攻撃を受け続け、魚雷20~33本被雷、爆弾17~44発命中、至近弾20発以上(諸説あり)という、軍艦として空前絶後の損害を受けて戦没した。だが、その被害を受けても尚9時間もの間沈まずに海上にあったことは驚愕に値する。
大和の影に隠れがちな武蔵であるが、実は建造段階で副砲防御が強化され、溶接の品質も向上したために実質的な防御力は大和を凌駕していた。そのため日本最強の戦艦は武蔵であり、大和ではなかった。
実際に開戦時の連合艦隊参謀長であった宇垣纏は武蔵が沈んだ後、自身の戦時記録に大和の悲劇的運命を予見するかのような記述を残している。

1942年武蔵は第二次大戦中に極秘裏に建造。
外部に対しては、さまざまな方法で「武蔵」を隠す手段がとられた。船台の周囲には漁具(魚網等)に使う棕櫚(しゅろ)を用いた、すだれ状の目隠しが全面に張り巡らされた。全国から膨大な量の棕櫚を極秘に買い占めたために市場での著しい欠乏と価格の高騰を招き、漁業業者が抗議。
厳重な機密保持の中、作業に当たった人々は、超人的な努力で事に当たり、見事に成し遂げた。
造船所を見渡す高台にあったグラバー邸宅や香港上海銀行長崎支店を三菱重工業が買い取った事例も吉村昭『戦艦武蔵』および牧野茂・古賀繁一監修『戦艦武蔵建造記録』(アテネ書房)に詳しく書かれている。

進水式も誰にも見られないよう、船体が外部に露見してしまうため、当日(1940年(昭和15年)11月1日)を「防空演習」として付近住民の外出を禁じ、付近一帯に憲兵・警察署員ら600名、佐世保鎮守府海兵団隊員1200名などを配置した。

皮肉な事情で、航空機主兵時代を押し開いたのが日本海軍。
それまで「航空機は戦艦を撃沈できない」というのが世界の常識だった。
それを覆したのが日本海軍の真珠湾作戦。
旗艦空母赤城などの空母群から飛び立った航空機部隊は真珠湾の戦艦5隻を撃沈、3隻を撃破。
この戦果を見たアメリカ軍は航空機の時代が到来したことにいち早く気付き、建造中、計画中の戦艦をすべて空母に変更した。

ところが日本軍はそれができず、大和のあとも莫大な費用をかけて巨大戦艦の建造を続ける。
大和型2番艦の武蔵がそれである。
戦艦大和は当時の日本の科学技術の粋を集めて建造された。
全長263㍍、排水量7万2809㌧の巨大艦体に、46㌢3連装砲3基9門を搭載。世界最強の戦艦。これとまったく同じ263m仕様が戦艦武蔵である。
大和武蔵が竣工したころ、すでに大艦巨砲主義の時代が終わってて、当時のグローバルスタンダードは航空機主兵の時代に変貌していた。
日本軍がやっと戦艦建造を空母に変更したのは大和型3番艦の信濃(1944年竣工)のときであった。時すでに遅し。現代も時代のパラダイムについて行けない哀しい日本人の習性である。

大和の総工費は当時の金額で1億1759万円。現在の価値で約2600億円に相当する。
この巨大公共事業は計画段階から激しい反対を受けたが、それを押し切って建造計画を進めた現実は、まさに現代の公共事業と同じ精神構造であろう。
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by saitoru1960 | 2016-01-25 20:40 | 物語

赤い人

吉村昭の「赤い人」を読み終える。
明治維新以降、新しい政府を作っていく中で騒乱が起こり罪人が多数発生する。
囚人を蝦夷地に送り、自分たちの監獄を作らせ、道を開拓していく姿が淡々と語られていく。
あまりにも淡々と進んでいくため、余計に壮絶さが感じさせられる。
わかばに読んで欲しいけれど、読まないだろうなあ。
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by saitoru1960 | 2016-01-14 22:56 | 物語

チームとヒート

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警察小説で知っていた堂場瞬一。ふと、アマゾンで目が留まり「ヒート」を読み始めると、ランナーの心理描写がなんとも心に入ってくる。続けて、箱根駅伝の話「チーム」を購入して読み進んだ。
ヒートを読んでいると杉本のことが頭をよぎり、チームを読んでいると、松浦のことにも思いは巡ってきた。
一瞬の風になれの時には、短距離選手の気持ちをよくもまあ、ということを感じたけれど、長距離選手の気持ちをよくもまあ、である。
10区、浦が走っている時、不覚にも涙がこぼれた。
野喜や加藤にも是非読ませたい一冊だ。
by saitoru1960 | 2015-05-21 16:11 | 物語

旅への誘い

f0013998_20501231.jpg今年のぶっくたましいの原稿はこれで決定。

自分もこんな風に旅に出てみたいと思い、マレーシア旅行に思いを馳せることにつながれば成功。





深夜特急 沢木耕太郎     新潮社(1986年)

巻き上げられた細かい土ぼこりが漂い、太陽の光を薄く不規則に遮る。
未舗装の道に、馬車、牛車、驢馬(ろば)のひく大八車、「ニコニコのり」と日本語で書いてある中古車、三輪スクーター、山羊、駱駝(らくだ)、犬猫、老婆に赤ん坊なども溢れかえり、クラクションや掛け声なども一緒くたに土ぼこりを巻き上げ続けている。
小さな娘の手をとる父親が道の向こう側に渡ろうと間合いを計っているすぐ目の前を、派手なデコレーションを施した大型バスがメロディークラクションをけたたましく鳴らしながらスピードを上げて通り過ぎる。土ぼこりが渦をひとつ作り、渦もまた通り過ぎていく。
眼をしばたたかせ、足元に目を落とすと、道端に座り石榴(ざくろ)の実をほじって嬉しそうに食べている男の子と目があう。わたしは眉毛を上げ小さな微笑みを彼に返していた。
29歳のわたしはその時、パキスタンの古都ラホールの喧騒の中にいた。
この場所に来ることがなければ、土ぼこりの粒の細かさが目を開けにくくすることも、道端に無造作に捨てられたヤシの実から漂うすえた臭いを感じることも、土ぼこりの中でも美味しそうに果物を食べる少年と小さな挨拶を交わすこともなかったのだ。
わたしは口元を少しだけゆるめながら雑沓の中に一人立っていた。
わたしの「深夜特急」はパキスタンにたどり着いたのだった。

沢木耕太郎の「深夜特急」は、インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合いバスだけを使って一人旅をするという目的で日本を飛び出した主人公「私」の物語。航空券を購入しに行ったとき、途中2か所のストップオーバーが認められることを知って選んだ香港からその旅は始まっていく。旅はロンドンを目指しながらも遅々として進まず、時間の経過とともに旅の目的が何なのか「私」自身も分からなくなっていくのだった。

沢木耕太郎は韓国語に翻訳された「深夜特急」のあとがきに、現在、自分と同じような旅をする韓国の若者達に対して以下のような文章を寄せている。
「そうした旅を気軽にできるようになった若者たちに対して、私がわずかに危惧を抱く点があるとすれば、旅の目的が単に『行く』ことになってしまっているのではないかということです。大事なのは『行く』過程で、何を『感じ』られたかということであるはずだからです。目的地に着くことよりも、そこに吹いている風を、流れている水を、降りそそいでいる光を、そして行き交う人をどう感受できたかということの方がはるかに大切なのです」
 そして最後に次のことばでしめくくっている。
「もしあなたが旅をしようかどうか迷っているとすれば、わたしはたぶんこう言うでしょう」
「恐れずに。しかし、気をつけて」

パキスタン・イスラマバードでの南アジア大会に出場するモルディブ選手たちと共にやってきた事前の合宿地ラホール。
ホテルから競技場に向かうバスの窓からぼんやり風景を眺めていたとき、ふと道端の土盛りに目が止まった。隣に座るイスラトにたずねると、「コーチ、あれはGrave(墓)だ」と教えてくれた。
道端の、墓石もなくただ上から土をかけただけに見える死者の弔われた姿。わたしは何かを考えているようで考えることのできないまどろっこしさを感じていた。そして、消えてはまた現れてくる人の形の土盛りを幾度と眺めながら、自分は今この瞬間、パキスタンにいるのだということを実感していた。
by saitoru1960 | 2015-04-03 20:56 | 物語

2人の手紙

めぐり逢わせのお弁当 
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
残さず食べてくれてありがとう。
あれは夫に作ったお弁当です。
空っぽだったので夫に褒められると思い、
料理で愛が伝わると幸せな気分でした。
そのお礼にパニールをどうぞ。  イラ
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
今朝、母子心中のニュースを聞いた
私の弟が死んだときも世間は彼を責めたわ
試験に落ちたぐらい何だ
心が弱いからだと…
その母親の胸の内は?  イラ
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
イラへ。現代人は時間に追われてる
世の中は人が溢れ他人の物をうらやむ
数年前まで電車には空席があったが
今は座れないよ
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
結婚したとき母に内緒で持ち出した物に
祖母の日記帳があるの
書き込まれたレシピにリンゴ料理を発見
今はリンゴの季節
きっと気に入ると思うわ  イラ
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
イラ。昔、一緒に遊んだ幼なじみの家はない
通った学校もない
でも変わらぬ物があった
古い郵便局は残ってた
私の生まれた病院も…
両親と妻が死んだ病院だ
話す相手がいないと記憶は薄れる
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
あなたに1つ忠告
タバコ1本で寿命は5分縮む
父は肺ガンで痛みがひどくなると
もっと吸っておけば早く死ねたのにと言うわ
気をつけて  イラ
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
イラへ。人生は私をなだめながら進む
前後に揺らしたり
左右に振ったりして
気づいたときには…
古い宝クジは誰も買わない
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
by saitoru1960 | 2014-09-08 22:57 | 物語

沢木耕太郎の「めぐり逢わせのお弁当」評

「めぐり逢わせのお弁当」 「淡い」インド映画の奇跡 
文 沢木耕太郎 (2014年7月30日)
朝日新聞デジタル「銀の街から」
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私たちがよく見るインド映画を「濃淡」で表現すれば、明らかに「濃い」ということになるだろう。設定、展開、演出、演技、そしてスパイスのようにちりばめられている歌や踊りのすべてが「濃い」。ところが、この「めぐり逢わせのお弁当」というインド映画は、あらゆる意味において「淡い」のだ。

舞台はインド最大の都市であるムンバイ。中年ほんの手前の主婦と、初老に差しかかった会社員が、偶然のことから知り合い、ほのかに心を通わせ合う。

だとするなら、舞台をニューヨークやパリや東京のような大都会に置き換えることも可能なのだろうか。いや、これはムンバイでなくては成立しない物語である。なぜなら、その二人を結びつけるのが、「本の取り違え」や「匿名のメール」ではなく、「誤配された弁当箱」であるからだ。

ムンバイでは、ビジネス街で働く人のために、毎日数十万個の昼食が配達されるという。弁当は家で主婦が作ったものもあれば、弁当屋が作ったものもあるが、いずれにしても、その日の午前中に作られたものが、専門の配達人の手によってリレーされ、オフィスに届けられる。

主婦のイラは、夫を会社に、娘を学校に送り出すと、夫の弁当を作りはじめる。この日は、家庭に見向きもしなくなった夫を振り向かそうと、腕によりをかけて作り、配達人に弁当箱を渡す。そして、夕方、ふたたび戻ってきた弁当箱を見ると、いつもと違ってきれいに平らげられている。ところが、夜、帰ってきた夫に感想を聞いてもはかばかしい反応がない。しかも、まったく入れてもいない食材について述べたりする。イラは失望すると同時に、どうやら自分の作った弁当が違う人に届いてしまったのだと察知する。ルートが混線し、誰かのものと入れ違ってしまったらしいのだ。

翌日、イラは弁当箱の中に短い手紙を書いて送る。「残さず食べてくれてありがとう」

すると、夕方戻ってきた弁当箱の中に、短い手紙が入ってくる。「今日は少し塩辛かった」

そこから、未知の二人の手紙のやりとりが始まるのだ。

その弁当の受け手のサージャンは、妻を失い、一人暮らしをしながら無感動に会社勤めをしている。しかし、弁当箱の中に入れられてくるようになった手紙に反応していくうちに、その相手が、家庭に満たされないものを感じている主婦だということがわかってくる。そして、サージャン自身も、妻に先立たれた孤独な人生について、ポツポツと書き送るようになって、自分の日常に欠けているもの、かつて存在していながら失われてしまったものを強く意識するようになる。それはたとえば、テレビを見ていた妻のなんでもない笑い声のようなものだ。

しかし、それはまた、ただひたすら早期退職の日を待ち望んでいたサージャンのモノトーンの日常に、ほのかな色彩を与えてくれる出来事になっていく。

弁当の配達網はいつまで混線したままなのか。二人はいつか出会うことになるのか。そうした小さなサスペンスを乗せながら、郊外から弁当を運ぶ列車は走りつづけることになるのだ。

このようなインド映画が存在すること自体が奇跡だが、もしこれが本当にインド国内で受け入れられたのだとすれば、ニューヨークやパリや東京の観客と同じく、インドにも洗練された「淡さ」の中に楽しみを見出(みいだ)すという観客が多く生まれはじめていることになる。

最後はインド映画らしく観客に希望を持たせて終わる。もっとも、それも従来のインド映画とは異なり、極めて「淡い」ものではあるのだが。
by saitoru1960 | 2014-09-08 22:46 | 物語

「無名」の解説:ノンフィクションと反抗の不可能性

加藤典洋(文芸評論家)
親が子どものために何かをするというのは本能で、もともとは無償のものである。
しかし、近年はだんだん親の本能も子としての野性も弱ってきているところから、それが子どもからすると、愛情として、有償のものとして、受けとめられるようにようになる。

すると、親子というどんな人間にとっても原的であるはずの関係が、子どもにとっては、初原的な負荷になる。
さて、これを、親子関係を関係の原型と見なしたうえで、一般に関係における「原的負荷」と名づけてみよう。すると、親と子の関係には、かつては親が子どもを理不尽に抑圧する、これに対して子どもは反抗する、という近代的な範型があったのに対し、いまは、親が子どものことを心配している、子どもがそれをひしひしと感じ、それが逆に負荷となって子を縛るというこれとちょうど逆の脱近代の範型が現れるようになってきたことが見えてくる。

この親からの原的な負荷、負い目は、そもそも弁済不可能である。そのうえ、いったん内在化されると、自分から切り離せない。子どもがこれをナシにしようと思えば、自分を消すか、親を殺すしかなくなる。

親と子の関係が原的な負荷を帯びるようになるとどうなるか。近代的な親への犯行は姿をひそめる。その代わり、反抗を不可能にする親への負い目が、他に表現の出口がないため、子どもの自分殺しの一方法としての、親殺しとなって噴出してくる・・・。
by saitoru1960 | 2014-05-27 23:01 | 物語

小津安二郎への旅

ありがとう、の「が」にイントネーションがある尾道弁は心地よい。
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尾道に暮らす周吉とその妻のとみが東京に出掛ける。東京に暮らす子供たちの家を久方振りに訪ねるのだ。しかし、長男の幸一も長女の志げも毎日仕事が忙しくて両親をかまってやれない。寂しい思いをする2人を慰めたのが、戦死した次男の妻の紀子だった。紀子はわざわざ仕事を休んで、2人を東京名所の観光に連れて行く。周吉ととみは、子供たちからはあまり温かく接してもらえなかったがそれでも満足した表情を見せて尾道へ帰った。ところが、両親が帰郷して数日もしないうちに、とみが危篤状態であるとの電報が子供たちの元に届いた。子供たちが尾道の実家に到着した翌日の未明に、とみは死去した。とみの葬儀が終わった後、志げは次女の京子に形見の品をよこすよう催促する。紀子以外の子供たちは、葬儀が終わるとそそくさと帰って行った。京子は憤慨するが、紀子は義兄姉をかばい若い京子を静かに諭す。紀子が東京に帰る前に、周吉は上京した際の紀子の優しさに感謝を表す。がらんとした部屋で一人、周吉は静かな尾道の海を眺めるのだった。
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平山周吉:笠智衆
尾道に妻と次女と共に暮らしている。
とみ:東山千栄子(俳優座)
周吉の妻。
紀子:原節子
戦死した次男の妻。アパートで暮らしている。
金子志げ:杉村春子(文学座)
周吉の長女。美容院を営む。
平山幸一:山村聰
周吉の長男。内科の病院を営む。
文子:三宅邦子
幸一の妻。
京子:香川京子
周吉の次女。
沼田三平:東野英治郎(俳優座)
周吉の旧友。
金子庫造:中村伸郎(文学座)
志げの夫。
平山敬三:大坂志郎
周吉の三男。国鉄に勤務している。
服部修:十朱久雄
周吉の旧友。
よね:長岡輝子(文学座)
服部の妻。


「なかなか親の思うようにはいかんもんじゃ・・・(ふたり一緒に寂しく笑って)欲言やぁきりがにゃあが、まあええほうじゃよ」
「そうですとも、よっぽどええほうでさあ。わたしらは幸せでさあ」
「そうじゃのう、まあ幸せなほうじゃのう」
「そうでさあ。幸せなほうでさあ」
(東京物語)
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そして、本の中で「未完の傑作」と書かれてあった「東京暮色」。
笠智衆の心をもっとメインに出せていたら、という酷評なのだけれど、なるほどだった。
観ている人に登場人物の誰に最も感情移入させたいのかが監督の狙いだとしたら、いろいろ移りすぎている感があった。
でも、今の映画にはない、画間のもたせる意味を何度も感じさせられた。
いい時間だった。

あらすじ
杉山周吉(笠智衆)は銀行に勤め、男手一つで二人の娘を育ててきた。ところが、姉の孝子(原節子)が夫との折り合いが悪くて幼い娘を連れて実家に戻ってくる。妹の明子(有馬稲子)は大学を出たばかりだが、遊び人の川口(高橋貞二)らと付き合うようになり、その中の一人である木村(田浦正巳)と肉体関係を持ち、彼の子を身籠ってしまう。木村は明子を避けるようになり明子は彼を捜して街をさまよう。中絶費用を用立てするため、明子は叔母の重子(杉村春子)に理由を言わずに金を借りようとするが断られ、重子からこれを聞いた周吉はいぶかしく思う。その頃、明子は雀荘の女主人喜久子(山田五十鈴)が自分のことを尋ねていたと聞き、彼女こそ自分の実母ではないかと孝子に質すが、孝子は即座に否定する。喜久子はかつて周吉が京城(ソウル)に赴任していたときに周吉の部下と深い仲になり、出奔した過去があったのだ。明子は中絶手術を受けた後で、喜久子がやはり自分の母であることを知って自分は本当に父の子なのかと質す。そして、場末の中華料理店で不意に木村と出くわすが、その不誠実な態度に絶望し店を飛び出して、鉄道にはねられ息をひきとる。孝子は夫の元に戻り、喜久子は現在の夫と北海道へ行き、周吉はひとり日常生活へと戻っていくのだった。
by saitoru1960 | 2014-05-04 14:06 | 物語

マロースはロシア語で「冬将軍」のこと

f0013998_22142234.jpg人間の想像力 ――― これはすばらしい。
それが少しだけ向きを変えれば、自然は又みなさんにほほえみかける。

ごあいさつ
本作『マロース』は、2009年制作のラジオドラマを経て、2011年1月に舞台化されました。
奇しくもその公演期間中、宮崎県の養鶏場から強毒性の鳥インフルエンザに感染した鳥が見つかったというニュースに世間が揺れ、あまりにタイムリーな物語に、御来場のお客様から大きな反響を呼びました。
初演の千秋楽から程なくして東日本大震災が発生。
翌2012年1月の公演には、震災、その結果としての原発事故の経験を踏まえた大幅な改稿のもと、再演されました。
人間の作った化学薬品、原発による事故、そうした恐怖を知る由もなく生きる自然の中の小さな生き物たち。
人間が智恵を絞って築いてきた文明の成果が、そうした邪心なき生き物の生命を脅かし、今、静かに生態系が破壊されゆく現実。
その現実はいずれ我々の身に及ぶであろうという、この強烈なメッセージを、今冬、エンタテイメントとして再び発信致します。
『マロース』初の全国ツアー。富良野から東京まで、2ヶ月半、マロースをどうぞ宜しくお願い致します。

あらすじ
北海道の南部。
森に覆われたこの一帯の村落で、不審な野鳥の大量死が発見される。
それは何人かの村民への感染まで疑われ、渡り鳥の運んできた鳥インフルエンザと認定される。
付近の鶏にもその影響が出て界隈の養鶏所は閉鎖され、卵の出荷の出来なくなった養鶏業者に自殺者が出る。
五月、その被害は更に拡大し、音別川上流域にある水鳥たちの越冬地ペンケ沼でもカモの死体が二羽確認され、
それ以上の拡大を恐れた町は、ペンケ沼一帯に棲息するマガモ、ハクチョウなどを全て一斉に殺してしまう。
そんな五月の珍しい猛吹雪の夜、森の奥にあるコーヒー店「ブナの森」に、一人の年老いた遭難者がころがりこむ。
老人は記憶を全く失ってしまっている。「ブナの森」の女主人・みどりは、この老人を手厚く介護し何とか一命はとりとめるが、
老人は記憶をとり戻さない。
口さがない店の常連客たちは老人について色々噂するが、心やさしい女主人・みどりは、老人を庇い店に置いてやる。
周囲の町には春がとっくに訪れているというのに不思議なことにこの一帯だけは冬が完全に居坐ったままである。
そんな時、一つの噂が流れる。
鳥たちの死はインフルエンザ=バード・ウイルスの為ではなく、全く別の原因によるものではないのか、という噂。
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本物を観ることは心の豊かさを生み出す気がする。
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大西先生と二人、3月11日という日に倉本聰の演劇を観に三田に出かける。
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主演の森上千絵さんはどこかで見たことがあったと、調べると「優しい時間」で森の時計のウエイトレス役をしていた人だった。<富良野塾8期生>
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そして、最後になんと、出口で倉本聰と握手。
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by saitoru1960 | 2014-03-11 22:20 | 物語

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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