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カタカナ英語でもいいのだ

以前勤めていた高校で、3年生を卒業させた後の3月、学年団の3年間を慰労してと銘打ち、シンガポールに2泊3日で旅に出た。

中華料理店に入りワイワイ騒いで昼食をとっていた時、英語の先生がウエイトレスのオネエさんを呼んで、

「ここではディナーショーをしているみたいだけれど、値段はいくら位するの?」

と、英語で尋ねた。

「ンーー???、ウエイトアモーメントプリーズ(ちょっと待って下さい)」

とオネエさんは、英語わかんなくてごめんね、というようなスマナ顔で、決まり文句だけ残し英語のわかる人を探しに行った。

そうか、シンガポールは第2公用語として英語を使っているとか言われたりするけれど、観光客相手の場所でこんなこともあるんだな、と少しホッとし、英語がわかる人がくるのをしばし待っていた。

そこへ年の頃なら40前半、女中頭とおぼしきキリリとしたチャイナドレスの女性がやって来た。

英語教師が再び、巻き舌の正統派(?)英語で同じ質問をし、それにチャイナドレスの女中頭が答えた時、私は目が点になり、あごが一瞬前に伸びた。

「アイ キャント アンダースタンド ジャパニーズ。(私は日本語が分かりません)プリーズ スピーク イングリッシュ(すみませんが英語で話して下さい)」

女中頭の話す英語は、アジア各地で通じる母音の発音バリバリの、簡単に言うとカタカナ棒読みのアジア英語。

その英語教師は、聞き取りにくかったのか、

「エッ?どういうこと?」

とまたまた正統派英語で質問。すると、やはりチャイナドレスの女中頭は

「わたし、日本語がわかんないの。ごめんね」と返してきた。

英語教師はあきらかに狼狽していて立ち直るのに時間がかかりそうであった。

笑ってしまった。

言葉は道具なので相手に伝わらなければ意味をなさない。正統派であろうが、カタカナであろうが関係ないのだ。

アジア旅の面白さはこのあたりにもある。
by saitoru1960 | 2002-05-10 15:26 | アジア

ワールドカップと君が代

5月2日、神戸ウイングスタジアムに日本代表とホンジュラス代表のサッカー・キリンチャレンジカップを観戦に行った。

キックオフが19時15分。地下鉄海岸線の御崎公園駅から誘導の人々の指示に従い、3回くらいチェックを受けて入場すると開始30分前であった。

芝生の上では両チームのメンバーが軽くアップをしていた。

しかし、私はぼんやりながめるだけで、その中から中村俊輔や三都主アレサンドロを探す事ができなかった。4方向全てのスタンドを埋め尽くしている観客の圧倒的な威圧感が勝ち、私は少しだけ興奮を覚え、冷静に見ることができなかったのだ。

ウイングスタジアムに足を運ぶのはこれで3度目であった。いずれも地元ヴィッセル神戸がらみのJリーグ戦で、ここまで一方的にスタジアム全体が片方のチームを応援するゲームというのは初めてであった。

南北のゴール裏スタンドにはジャパンブルーと呼ばれる色のシャツを着た熱烈サポーター達が陣取り、ゲーム前から立ちっぱなしで、拍手や手拍子、そして声を使い、規律ある応援を始めていた。

メイン側バック側のスタンドに座る観客もそれに合わせるように拍手をしたりしていたけれど、あきらかにボルテージの高さには差が見られた。

チーム・ニッポンのサポーターは、実体がなく、輪郭自体はっきりしていない。

その求心力はただ一つ、「日本を応援すること」、である。

試合に来る時にも、電車の中で見ず知らずの女性同士が、どこからきただとか、誰がスタメンだろうかだとか親しげに話をしていて、「こんなことはよっぽどの田舎にでも行かない限り、今の日本では起こりえないことだな」と、チーム・ニッポンを応援するもの同士の親和性の高さを感じながら聞いていた。

ピッチではゲーム前のセレモニーが始まった。

両国国歌が斉唱されるので、起立し静粛にしてくれるよう、アナウンスが流れる。座席全体が立ちあがり、スタジアム全体が自然に静寂に包まれていった。

ホンジュラス国歌が流れる。無伴奏で聴くホンジュラス国歌に、どこからか手拍子が始まった。終了とともに大きな拍手が沸きあがる。

次は君が代である。

スクリーンには斉唱する歌い手の顔が映し出され、おもむろに君が代を歌い始めた。

私がスタジアムに入場してから感じている空気では、叫ぶような君が代がスタンド全体に響き渡るはずである。

私は国歌を歌った。最初こそ普通の声の大きさであったが、次第に周囲の目を気にすることなく、久し振りに腹の底から叫ぶぐらいの大きな声で君が代を歌った。

日本代表チームを応援するために歌うのか、と訊ねられたら、そうだ、ともいえない。

ここで今から戦うのはホンジュラスと日本。そして自分は日本人なのだ、という証のために歌ったのかもしれなかった。大声で歌い終わった後、少し気分が高揚していた。

スタジアムを埋め尽くす大観衆とともに腹の底から歌う国歌は日本人が一つになるための手段としてはうってつけだった。

他者と戦う時、錦の旗や団結のための歌が人々をまとめるのに不可欠なのは事実である。

国歌が同じような形で歴史的に悪用された過去があり、懸念する人達がいるのも実感できる。

だが、平和ボケの中で生き、他者に対する優しさよりも自己中心的な若者が多いと国の行く末を案ずる大人が多い現代日本で、ワールドカップが日本人が一つになれるきっかけを与えてくれるならば、国歌をたからかに歌い、日本代表を国民みんなで応援する事で何かを私達は手にできそうな気がする。

 私が幸運にも手にいれる事のできたワールドカップのチケットは、6月17日の決勝トーナメント、神戸ウイングスタジアムのゲーム。

王者ブラジルと我が日本代表のゲームになり、再び腹の底から喉がイガイガするほどの声をふり絞って国歌を歌い、日本人になってみたい。
by saitoru1960 | 2002-05-02 15:25 | スポーツ

心動かされたことを忘れぬように


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