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インドの摩訶不思議

インドへはアジア陸上競技選手権でモルディブ選手団3名を引き連れて上陸した。

競技場と選手村の往復しかないなか、なんとかタクシーをチャーターしてタージマハールを見に出かけた。タージマハールはインドを紹介する時によく目にする建造物で、見れば、「あーあれかあ」とうなずく人も多い超観光スポットである。

自分の妻の為に贅の極みを尽くし建てられた大理石の巨大イスラム寺院は、当時の繁栄を想像するにたやすいほど平原の中に静かにドッカリと存在していた。

ここで私は、自分の感情を自分で理解できなくなる、今のところ人生最初で最後の不思議な体験をしたのである。

風光明媚な大自然や風景を前に、いくら感動的美的であってもイッタイどれくらいの時間見ていられるかとなると、せいぜい2,3分というところで、「もうわかりました。感動しました」と、その場をはなれてしまうはずである。

「おおっ!!」という感情は瞬間的に湧きあがるが、あまり持続力がない。

それが、「何でこれほどまで長く見ていられるのだ!?」と原因究明に困るほど、タージマハールは見ていて飽きなかったのである。

建築物の遠景を真っ正面からじっと眺めていると、10分経っても15分経っても釘付け状態が続き、無理矢理「バランスが良いからなのだ」と、理由をこじつけないとその場を離れられない不思議な情動が湧き起こっていた。

ひょっとすると、「この場を離れると、もうこんなものにはお目にかかれないのだよ~」、と今もその場所にとどまっているシャージャハーン王の亡霊が、お金を落としていく観光客をひきとめにかかっているのかもしれないな、とも考えたりした。

世界第2位の人口を持つ国インド。一度この国を訪れた日本人は、ぞっこん惚れ込むか、二度と来たくなくなるか、の二派に分かれるといわれている。

テレビの映像ではなく、自分の目で見てどう感じるか。まさに旅の醍醐味はこのあたりにある。

タージマハールからの帰り道に首都ニューデリーの中心部へとむかった。

タクシーの窓から整然とした、ある意味インドらしくない首都中心部を眺めていても、日本では見ることのない摩訶不思議な光景が次から次へと目に飛び込んできた。

神聖なる野良牛が交通渋滞でごった返す中、わがもの顔で道の真ん中をのんびり歩いたり、中央分離帯にのべーっと寝そべっていたりするし、BMWなどの高級外車とらくだ駱駝の引く台車が隣り合わせになって交差点で信号待ちしていたりする。

ニューデリーを離れると、女性はサリー以外の衣服を着る事がほとんどないのに、ジーパンにTシャツや、スーツを着こなしている女性が俄然登場してくるし、道路工事をしている中にはカースト(身分制度)の低い女性も含まれていて、サリーのすそを時折気にしながらも逞しく天秤棒を担いだりしている。

はたまた、路上に落ちている牛糞を素手で円盤状に伸ばして道端で乾燥させ、燃料にするという作業もいたるところで違和感なく目にした。

日本で見たならば、ウゲッー、となる風景もインドで見るとそういう感情が湧かず、逆に、うーむっこれはイッタイ何ナノだ?、と静かに何かを考えさせられる事になるのがまたまた不思議な体験であった。

インド門近くに通りかかった時、遠く前方で元気に遊ぶ子供たちの姿が見えた。10歳ぐらいで裸足の子供たちが6、7人で鬼ごっこのようなことをしている。

子供はどこでも元気だよなあ、などと眺めているとちょうど信号が赤になり、その子達の横でタクシーが止まる形になった。

写真でも撮ってみようかと、カメラを取り出し構えると、いきなり遊んでいた3人が、脱兎の如くこちらに向って全速力で走ってきたのである。

な、な、なんだあ!?、と驚いていると、あいているタクシーの窓から腕をつっこんできて、

「バクシーシー(おめぐみください)」

と、もう片方の手を口にあて、さも恨めしそうな顔を作る。

カメラ=金持ち観光客、と瞬時に判断して突撃してくる逞しさに脱帽であった。
by saitoru1960 | 2002-10-21 15:39 | アジア

心動かされたことを忘れぬように


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