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スリランカのコフ事件

協力隊ではそれぞれの国に派遣される前、語学を中心に様々な勉強をするため訓練所に約3ヶ月間缶詰にされる。

かなりの時間語学に費やすので、ゼロからスタートする言葉でも現地に着いた時には普通にしゃべってしまうほどになっていた。

モルディブ隊は日本で教師になってくれる適当な人がいなかったので、訓練所では英語を勉強してでかけた。ただ私の場合、中学校から習っている英語にこの3ヶ月の訓練を上乗せしても、ペラペーラ話せるようになる、というレベルまでは到底到達せず、常に身構えながら必死に頭をフル回転させて訓練を乗りきってきていた。

現地到着後、最初に散髪屋に行った時は、切れの悪そうなはさみを持ったスリランカ人散髪師に、なんちゅうたらええんやろか、とドキドキして椅子に座った。

日本にいても、いきつけの散髪屋以外ではどんな風にされるか恐いので、極力他へはいかない人生を送っていたのに、スリランカ人相手に刈り方をどう英語で説明したらいいのか、頭をかかえていたのである。

そんな風に英語にドキドキ状態一杯の活動当初、半年に一度の健康診断のためスリランカに出かけることになった。

狭い部屋で言葉のうまく通じない外国人から至近距離で診察を受け、それに答えなければいけないのである。

いわれた事が分からずに、パードン?(なんですかあ?)、と答え続けてオシマイって事だってありえる。

ちょっと日本と違う所があるから気をつけて、と先輩隊員に脅かされてもいたのでなんとも落ちつかずソファに座って順番を待っていた。前の同期隊員が終わり、首をすこしかしげ困惑気な表情で出てきた。いよいよ虎穴に突入である。

無表情の医師は椅子を指さし、座れ、という。

「シャツ」。ぬげっちゅうことやな。上半身裸になる。聴診器を胸にあてられる。

「バック」。うしろを向け、やな。素直に従う。背中に聴診器をあてる。ここまでは日本での診察と何ら変わらない。よゆう、よゆう。

続いて、後ろにおいてあるベッド指差し、「ベッド」といい、立ち上がった私のズボンをつまんで、「パンツ」という。

えー!?、パンツう!?と驚いていると、手を上から下へ動かす。とりあえずズボンを脱ぎ、パンツ一丁の情けなし状態になると、「オーケー」という。

ベッドに上がり横になるとなにやらいろんな方向から私の身体を眺めている。一体何を見ているのか気になるがまっすぐ上を向き体を硬直させ続けた。

少しの沈黙の後、スリランカ人医師はパンイチの情けな状態で天井を向く私に、「ブリーフ」と言った。これ以上どうしろというのだ。

少し下げる。「モア」。もう少し下げる。見えそうになる。「モア」。え~~!?。「モア」。

えーい!、と半ばやけくそ気味に思いきりパンツを下げきる。

ベッドで静かに横たわる私の視線は、天井で回る扇風機の羽根を見るでもなしにうつろにぼやけ、若干の静寂が部屋に漂った。

完全無防備の私にとって、その沈黙の時間は心臓がドックンドックン拍動し続けるかなり長い時間に感じられ、この後どういう展開になるのか心をギッと構えていた。

「*#」スリランカ医師が沈黙を破って何かしゃべった。簡単な短い言葉なのだが聞き取れない。反応せずにいると、また同じセリフを言った。「コフ・・」と聞こえた。

大脳にある英単語カードを超高速回転でめくりまくり、コフコフコフコフと心の中でつぶやきつづけた。

「コフ」はたしか「咳」だったはずだけど、どうもこの状況と「咳」とが結びつかない。

「コフ」は咳じゃなかったのか、と自分の記憶力を疑い黙っていると、医師は少し語気を荒げるように、もう一度確かに「コフ!」と叫んだ。

えーい、違ってたら違っててええわい、とふんぎり、思いきって、「ゴホオッ!」とせきこんだ。
すると医師は、すぐさま、「オーケー!」と言い、私にパンツを上げるようなしぐさを見せたのであった。

「?」

あまりの予測外な急展開に私はなにがなんだか分からず、とりあえずは無罪放免の身になったので、すぐさまパンツをあげ、医師の指さすドアの方へ、なんなんだあこれはあ、とうなだれながら向った。

その日、同じような謎のコフ時間を共有した初体験組と、過去数度のコフ体験をしている先輩隊員組とが一緒になり、いまだ謎に包まれた『なぜあの状態でコフなのか』というテーマでの酒盛り討論会は、深夜遅くまで盛り上がりをみせたのであった。
by saitoru1960 | 2003-04-26 15:47 | アジア

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960