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田中宇が「イラク(光文社新書)(2003・3・20)」で書いている文章がなんだか、しみじみと響いてきて、今回は少々長くなるけれど、抜粋してみた。

戦争が始まる前の2003年1月にイラクに入って書かれた著書なのだけれど、現代の日本人に対する意見の部分に共感を覚えた。

以下抜粋***************

終章:「社会の根っこ」か「個人の自由」か

イラクの濃密な社会を見て、「戦前の日本の社会もこんな風だったかもしれない」と思った。

今のイラクと同様、戦前の日本にも「相互監視」「秘密警察(特高)」「軍国主義」など、社会の闇の部分があった反面、今よりも濃密な人間関係があったと思われる。

今の日本に比べ、社会の「根っこ」が濃密だったということだ。

この「社会の根っこ」は、人々にまとわりついて「個人の自由」を抑圧するし、根っこが腐ると「賄賂」など政治的な腐敗も増える。

イラクでは「心づけ」(バクシーシ)つまり少額の賄賂が常態化しているらしく、私たちもあちこちで「心づけ」や「寄付」を要請された。

あるイラク人は「ヨルダンは賄賂がないから良い」としみじみと言っていた。ヨルダンはアメリカナイズが進み、イラクより「根っこ」が小さいから、賄賂の習慣も少ないのだろう。

だが、イラクから日本に戻ってみると、社会に「根っこ」が少ないことは、良いことばかりではないと思えてきた。

「自由」なのは良いのだが、半面「人生で何をしたら良いかが分からない」という人がものすごく多い。「自分探し」がうまくいかないことが、若者の深刻な問題のように思える。

経済成長が止まって面白い仕事が減った結果、中年のサラリーマンでも、会社が面白くない、会社が自分を必要としていない、と感じてる人が多い。

日本は、国家としてもどっちの方向にいったらいいか決められない「根無し草」的な状態だ。

9・11以降のアメリカが自壊的な混乱期に入っていることに対し、西欧諸国はアメリカと距離を置いた新しい関係を模索し始めているが、日本では国民的感情としては「反米」が高まっているものの、国家としてはアメリカに盲従する以外、方策が思いつかない状態だ。

国民的にも「アメリカには反対」だとしたら何に「賛成」なのか、日本がどっちに行くべきか考えあぐねている。

韓国では反米がナショナリズムの高揚につながっているが、日本では「ナショナリズム」と聞いただけで「悪いもの」と皆考え、そこで思考が止まってしまっている。

私には、こういう日本の現状は、60年前にアメリカとの戦争に負けて「根っこ」が刈り取られたことと関係していると思われる。

「軍国主義」とか「国家神道」が良い、と言っているのではない。アメリカは1945年に日本を降伏させ、その後日本を改造していく中で、日本が二度とアメリカの脅威にならぬよう「根っこ」を切り取ってしまったのではないか、日本人はそのことを考えるべきではないか、日本人は「根っこ探し」が必要だ、ということである。

アメリカのくびき

これまでは、アメリカが「正常」な国だったから、日本は対米従属でもかまわなかった。だが、9・11以降のアメリカは、もはや理想から遠く、正常でもない。

それは2002年初め以降のイラク侵攻をめぐるアメリカ政府の動きに象徴されている。

日本が無前提でアメリカに従ってきたこれまでの状態を見直すことが、国益の観点からも、善悪の観点からも必要になっている。

ところが日本の人々や政府は、今後の方向性を考える際の「根っこ」を敗戦とともに刈り取られてしまっているので、アメリカ離れを実現することができない。少なくとも1945年に立ち返って自分たちのこと、世界のことを考え直さないと、日本人はこれからの方向性を決められないだろう。

こうした私の意見に対し「戦後の日本人は国際主義、国連主義に立っている。

それが日本の根っこだ」という人もいるだろう。だが日本人がいうところの国際主義は、アメリカを中心とした国際主義であり、アメリカが正常でなくなってしまった以上、戦後の日本の知識人たちが希求した国際主義もまた、見直しを迫られている。

このところイラク攻撃をめぐり、フランスやドイツ、中国、ロシアなど「国際社会」の面々が国連などの場でアメリカに対抗している。

これは新しい国際主義であるが、独仏中ロなどは、いずれも自分たちで向かおうとする方向が、日本よりずっと明確だ。日本人が彼らと同じ地平に立つには、アメリカ抜きの国家的意志、戦前にさかのぼった自分たちの根っこについて考えていくことが、まず必要だ。

もし日本が国を挙げてそれをやり始めたら、アメリカのマスコミはいっせいに「日本は軍国主義を復活させ出した」と非難始めるだろうが、それはアメリカの対日利権を守るためであり、真に受けるべきではない。

また、中国や韓国も反日的な論調を強めるだろうから、日本人が「根っこ」を取り戻すには、まず中国や韓国などと過去のわだかまりを乗り越える良い関係を作る必要がある。

その上で日本が踏み出せば、アメリカが攻撃してきても、アジアの側は日本を擁護してくれるはずだ。その手順を間違えると、アジアとアメリカの両方からたたかれて終わることになる。

最近の日本の右派論調は「反中国・反北朝鮮」だが、これは「民族主義」などではなく、逆に気づかぬうちに、または故意にアメリカの傀儡になってしまっているとすら思える。

イラクは独裁国家で密告社会、おまけにアメリカからは経済制裁され、侵攻されて国を破壊されそうになっている。だが、社会的な根っこ、アラブの伝統社会というアイデンティティーは、たくましく繁茂している。

日本は経済的には豊かだが、精神的に根無し草だ。そして両国は、抱えている問題の根源のひとつが「アメリカ」だという点で一致している。

日本もイラクも、今後の可能性がないわけではない。イラクには潤沢な石油がある。

日本は「大陸の端にある島国」という地政学的な利点があり、ほぼ単一民族で国の安定を維持しやすい。精神的に不安定になっても、政治的には安定を維持できる。

両国とも、国民性は勤勉だ。イラクの場合は湾岸戦争以来、日本では第二次大戦以来の「アメリカのくびき」からどう脱するかということが、今後の両国の国民にとって重要だろう。

イラクだけでなく、いろいろな海外の国々へ行き、そこの社会について見聞きして考えるたびに、私の思考が最終的には行き着くテーマは、日本と日本人に関すること「日本とは何か」ということである。私の国際情勢の分析は、他者を知ることで、回り回って自分を知る、ということになっている。
by saitoru1960 | 2003-07-12 15:48 | ひとりごと

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960