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マレーシア人ルビさんと過ごした10日間

私がかつて2年間生活したモルディブは100%イスラム教徒の国であった。

同じように、妻が洋裁を教えながら2年間暮らしていたマレーシアもイスラム教徒が多数派の国で、そこで生活していくうちに、当初強烈に感じていたモスリム(イスラム教徒)に対する、
「なんでだろう」感はかなり薄れていった。

仏教を普段意識していないえせ仏教徒(わたしのこと)は、逆にモスリムに質問されることで、自分にとって「宗教とは何か」を真面目に考えさせられることが多かった。

マレーシア半島の南端にあるジョホール州。ルビさんは偶然にも妻が2年間生活していた村のすぐそばで小学校の先生をしている人であった。

教科はイスラム教。小学校のカリキュラムにイスラム教があるというだけで、「?」マークがつくに違いない。

でも、宗教を人生のど真ん中に置いて、心のよりどころとしている人々にとっての「宗教」は、まさに教育の原点にもなるほどの重さがある。

八百万(やおよろず)の神が住む国に暮らし、表面だけの宗教感しか持ち得ない大多数の日本人にとって、「宗教」が自分自身の柱として存在することを理解するのにはかなりの時間と労力が必要となる。

ルビさんはマレーシアから10個近くのインスタントラーメンとカップラーメンを持ってきていた。イスラム教徒にとって豚や犬は不浄の生き物となる。

豚肉はもちろん口にせず、他の動物でもイスラムの教えにそった形で殺していなければ食べてはいけない。

理由は、イスラム経典(コーラン)にそう書いてあるから。

たとえスープやエキスであったとしても同じ事で、「味の素」は東南アジアでも広く使われている日本の調味料であるけれど、それに豚肉からとったエキスが入っているということで大騒ぎになった事件が数年前にあったほどである。

そのマレーシアから持ってきたラーメンには「ハラル」マークがついている。イスラムの教えに従い処理されたものだけしか使っていません、モスリムの人は食べても大丈夫です、というのが「ハラル」マークである。

イスラム教徒が暮らす国では「ハラル」かどうか、が食べる上で最も重要なポイントになり、日本に行き、もし食べるものがなければインスタントラーメンで乗り切る覚悟でわざわざ持ってきているのであった。

あまり知られていないけれど神戸には1935年に作られた日本最初のイスラム寺院(モスク)が、異人館街の西端にあり、神戸近郊で生活しているイスラム教徒が金曜礼拝の日には100人ほど集まってくる。

モスリムは1日5回、決まった時間帯にメッカ(サウジアラビア)の方角(日本では西)を向いてお祈りをする。

祈りの場所はモスクでなくても構わないが、イスラム教の安息日にあたる金曜日だけはモスクでのお祈りを常としている。

日本に来てからは我が家の部屋でしかしていなかったルビさんも、「神戸にはモスクがあるよ」と連れて行くと、そこに来ていたエジプト人、マレーシア人のモスリムと共に、久し振りにきちんとお祈りをしていた。

世界中どこにいても、モスリムはモスリムとしての時間の中で生活しているのであった。

「なぜ、スカーフをずっと巻いているの?」、

「なぜ、豚肉は食べないの?」、

「熱帯雨林はどうしてあんなに大きいの?」、

高校で受けたのと同じような質問を、娘が通う小学校へ行った時にも、ルビさんは繰り返し受けたようである。

「わからない、モスリムだから、って答えても良かったんだけどね。反対に、じゃあ、なんで日本の木はこんなに小さくて低いの?、と尋ねたら、どういう答えを日本人は返せるんだろうね」

と、ルビさんは国際理解を進める上で、忘れがちにされる部分を暗示するような話をしてくれた。

自分にとってのあたり前が、他の人にはあたり前には映らないってことは同じ日本人同士でも時々あることだし、国籍、文化、習慣、宗教などが違えば、「えっ?なんで?」というようなことはいくらでも出てくる。

でも、「えっ?なんで?」で終わらせず、「へーそうなんや」というところでいけば、そこからつきあい始める事はできるようになる。

価値観の違う人間が仲良くつきあっていくためには、お互いの違いを理解しあうよりも、お互いの違いを知ることの方が大切で、相手の価値観を知識として知っているだけでも、相手に対する思いやりや気配りの心を持つことはできるし、同じ人間として同等につきあうことができるようになる。

「生まれてくると、お宮参りや七五三で神社に行き神主さんにお払いをしてもらう。大晦日にはお寺の除夜の鐘をきき、日付が変わり新年になると神社に行く。結婚式はキリスト教の教会でして、死んだ時はまたお寺で墓に入る。日本人にとって宗教ってなんなの?」

マレーシアに行き、むこうでこのような質問を幾度ども受けたら、どう答えることができるだろう
by saitoru1960 | 2003-10-20 15:50 | アジア

心動かされたことを忘れぬように


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