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ナショナリズム(愛国心、国家意識、愛国主義・・)って

クラスの中に関西弁を話すインドの男子生徒(仮名:アブドラ・シン)がいたとしたら、かなりインド人に対するイメージは変わることになるに違いない。

そのシン君が、LHRの時間にインドカレーとナンなどを作って、「これ、うまいで」とご馳走してくれた日には、ぐぐっとインドとの距離は近づくこと間違いなしである。

体育でいっしょにバスケットボールをしたり、英語の授業で教えてもらったりしながら普通に友達になり、たまにむこうの家に遊びにいって、同じく関西弁を巧みに操るお父さん(仮名:マハトマ・シン)なんかと交流を深めながら、そういえばシンはインド人だったのだな、と逆に気づくような友達関係が知らぬ間にできてしまったとしてもおかしくはない。

しかしながら、そこのところにシン君が実はインド系マレーシア人だったということになると、インド人なのにインド人じゃない、というややこしい話になってくる。

顔はインド人なのになんでえ?、と聞かれてもシン君は簡単に説明できないだろうし、世界各国に散らばっている華僑(中国系○○人)の超巨大ネットワークに比べたら小さいけど、似たようなもんなんや、と答えられても今度はこっちがわからなくなり、はたしてシン君が作ってご馳走してくれたカレーはインド料理なんだろうか、マレーシア料理なのだろうか、と考え込んでしまう羽目になってしまう。

マレーシアという国は、マレー系65%、中国系26%、インド系7%の民族が混ざり合い、イスラム教、仏教、ヒンドウー教等が混在する複合多民族国家である。

単一民族しか住んでいない日本と違い、自分の隣に座っている人がターバンを巻いていようが、犬の肉を食べていようが、いちいち変な目で見ることはない。同じマレーシア人でも自分とは違う文化・習慣を持っている人なのだ、ときちんとお互い認識して共存している。

マレー系の人種だけでマレーシアの国が成り立っていれば単純明解なのかもしれないけれど、肌の色、顔の形、着ているもの、食べ物、宗教、などなど、自分とちょっと違うからと差別してしまう日本人のような意識では、国として成り立ちようがなくなってしまう。それがマレーシアという国なのだ。

マレー半島南端にシンガポールという淡路島とほぼ同じくらいの面積しかない国がある。この国はマレーシアから分離独立したような過去を持つため、人種も中国系が多くなるけれどマレーシアと同じように混ざり合っている。マレー系、中国系、インド系シンガポーリアンという呼び方になり、これまた変な話になってくる。

現在は東南アジアで最も裕福な国のひとつになるまで発展していて、英語教育に重点をおいているため街中で聞こえてくる言葉はアジアなまりの強い英語である。

そのシンガポールへモルディブの選手を引き連れ、アジアジュニア陸上競技選手権に出場した時のこと。

国際大会において、日本でいうところの「位置について。用意。ドン」に当てはまる言葉は、通常その大会が開かれる国の言葉が使われる。

大会前日、代表団ミーティングで確認された言葉は、「ク、ガリサン(位置について)。スディアー(用意)。ドン」

説明を聞くと、なんとマレーシア語であった。母国へのこだわりははたして何から生まれてくるのか真剣に考え込んでしまった瞬間であった。
by saitoru1960 | 2004-04-24 15:58 | アジア

心動かされたことを忘れぬように


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