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岡八郎の死

吉本新喜劇の岡八郎が亡くなった。
小学校2年生の冬に秋田から神戸に引っ越してきて、テレビの中でナンセンスなギャグを連発する岡八郎はこっち文化の象徴でもあった。
花紀京、岡八郎は、今の辻本、内場などとは比べ物にならないインパクトがあり、2人いれば1時間以上喜劇ができそうなパワーが満ち溢れていた。
どこかで昔の吉本新喜劇の映像が手に入らないだろうか。
by saitoru1960 | 2005-07-26 11:17 | ひとりごと

マレー語への挑戦

今年の夏は目標が2つ。
ひとつは走ること。
もうひとつはマレー語を勉強すること。

今学期は、なにかと雑用をバタバタしながらやっていたため、あまりグラウンドで走ることもできずに過ぎてしまい、体重は変化していないけれど、なんだか腹回りがボヨッとしてきた気がするので、少々体を酷使しようと決意。
もうひとつのマレー語は、最近自分の体を使って何か新しいものに挑戦することがなかったので、来年のマレーシア修学旅行をきっかけに始めようと決意しました。

なかなかいいテキストもないので、アマゾンで調べたり、検索でめぐり合えたマレー人の方に教えてもらいながら参考書を手に入れました。

マレー語を話せるようになれたら来年の修学旅行もかなり面白くなると思っています。
by saitoru1960 | 2005-07-25 11:16 | ひとりごと

カレー三昧な日々

モルディブの主食は魚カレー。魚は男らしくかつおである。夕方、男たちが今しがたあがったばかりのかつおを魚市場に買いに出かけ、尻尾を持ちながら一匹そのままを下げて帰る。それを、それぞれの家庭で女たちが上手にさばいて何日か分のかつおのカレーを作るのが夕方の台所の光景となっていた。

かつおカレー(マスリハ:マス=魚、リハ=カレー)に入っているのは、玉ねぎ、にんにく、じゃがいも、とうがらし、そこいらへんになっている謎の葉っぱ、あとはカレーパウダーと仕上げのココナツミルクで、日本のカレーより汁けの多いのが特徴。

やしの実の中の脂肪分を削り、少々水を加えて絞るとココナツミルクと呼ばれる白い液体を取ることができる。ココナツミルクをカレーに使うのは東南アジア地域から南アジア地域(インド周辺)あたりまででよく見られる料理法で、煮込む最後に加えると独特な味になる。

日本で売っているドーナツのココナツの味で少しは想像つくかもしれないけれど、そのココナツミルク入りのかつおカレーは日本人の口には実によく合う、「ワラ、ミール(めちゃうま)」な味であった。

カレーの相手は長粒米のパサパサごはんか小麦粉で作られたナンに似たパンのようなもの。

モルディブの人たちは猫舌なので、カレーもあつあつでは食べず、常温のパサパサごはんに常温のカレーをかけて食べている。はたまた、ナンに似たパン様のものは、小麦粉を水で溶いてただ伸ばして焼いたもの(ロシ)、薄く薄く伸ばしたあとそれを折りたたんで油で揚げたようなもの(ファラタ)と2種類あり、

「今日は、コメ(バイ)でリハを食うぞ」、とか「ファラタ5枚と、リハ」、なんて注文を、夕方食堂の顔なじみのあんちゃんに告げたりしていた。ただ、モルディブのめしは、このかつおカレーとガルディアと呼ばれるかつおの煮汁を冷や飯にぶっかけて食べるものの2種類しかないといっても過言ではない食事情なので、カレーを何で食べるかという選択も、半分冗談交じりでの会話になっていた。

カレーを食べるのは基本的に右手だけである。「インド人は右手の第一関節だけ使って上手に食べ、スリランカ人は第2関節まで、そして、モルディブ人は手のひら全部を汚して食べる」と冗談半分にマーレに住むスリランカ人に教えられたことがあったが、ほんとかどうか。

スプーンやフォークを使うこともあったけれど、右手だけを使って食べるというスタイルはアジア広域では普通に見られることで、わたしも赴任当初から右手だけを使ってカレーを食べていた。手のひらや指の甲側についた米粒を右の指だけ使って取ることはかなり難しいテクニックで、食べ終わった皿に右手の指を軽く叩きつけるようにして落としたりしていた。

面白いもので、素手での食事になれてくると、たまにフォークやスプーンを使った時に唇にあたる金属感と、素手のもつ優しさとを実感できてきたりもする。めしのうまさ加減からいくと断然素手のほうに軍配が上がった。

モルディブの人たちと過ごす時間の経過とともに手のひらを汚すことも少なくなっていった。

右手でごはんを食べ、左手はおしりを洗う。そんな2年間を思い出すとき、ふと、素手でカレーが食べたいな、と神戸のインド料理店に行くことがある。こっそり右手でカレーを食べていると、インド人ウエイターが、食べ終わった後でフィンガーボール(指を洗う水の入ったボール)をそっと持ってきてくれたりする。

しばしタイムトリップできる「ワラ、ミール」な至福の時間である。 
by saitoru1960 | 2005-07-18 16:10 | モルディブ

第3の人生

停年は60歳である。
下の息子7歳、娘が11歳。私は45歳。
残り15年。
息子は22歳で大学を卒業する年齢になっている。
娘は26歳。結婚するような年齢にはなっている。

マレーシアで洋裁を教えていたことのある妻はいつか再び途上国の人たちに教えようと考えながら、今もまた洋裁の勉強をしている。

自分の教員生活が残り15年。
今の学校で4年が経ち、予定では今の1年生が2年生になりマレーシアへの修学旅行を成功させて転勤を考えている。
本当は3年生まで一緒に行ければいいのだけれど、タイミングというのが人事には大切な条件なのだ。
その後、母校で残りの教員生活を全うし13年勤めて停年。

思惑通りにいけばの話ではあるけれど。

その後はマレーシアあたりに妻と二人でわたり、なにかできればと考えている。
妻は洋裁を教えようといろいろ計画を立てているのだが、わたしは今だ未定。
60歳の年になってもきちんと人に何か教えられるものを身につけておきたい。
by saitoru1960 | 2005-07-05 11:16 | ひとりごと

高校時代の陸上部仲間

昨夜は高校時代の陸上部の男4人で飲んだ。
一人は5才年上の先輩で、一人は同級生、もう一人は2つ下の後輩でいずれも高校教師をしている。
先輩は現在母校に勤務し、同級生の長男が今年その母校に入学したこともあり、いろいろと普段母校に勤務しながらたまっている鬱憤みたいなものを話してくれた。
学校教育のあり方、部活動のあり方、生徒たちへの接し方、いずれも昔とは違って、ある意味個性のないどこの学校でもやりそうな画一的な指導法に不満やるせなし、ということをニコニコ笑いながら話してくれた。
昔を懐かしむだけではなく、一般的な普通の学校になってしまおうとする母校を憂いている、そんな意見であった。

試合の前に学校行事があれば、それを休み、あっけないほど簡単に棄権するレースが続く、時間さえかければ強くなれる=授業時間さえ取れれば勉強ができる、というようなムードを教師側が作っている、などなど。

古き良き時代を懐かしむ、というようなものになってしまうのかもしれないが、教える側が校長の意図で次々に代わっていってしまう今の教員異動の状況であれば仕方のないことなのかもしれない。

でも、なんだかつまらなさを感じる同窓生は多いはずだ。
by saitoru1960 | 2005-07-05 11:14 | 仲間
東北で生まれ育った母親は昔から倹約に倹約を重ね、家庭を切り盛りしてきていた。
父が肺がんで死んでから4年。
一人暮らしを始めてから自由な自分の時間を謳歌しているようである。

酒田から秋田へ。
自分のことをよく言わない父方の家で苦労しながら生活し、父の会社の転勤で38年前に神戸へ来たときは逆に、せいせいした気分だったのかもしれない。
子ども二人を国立大学に入れ、とりあえず苦労は報われたのかもしれない。
子どもたちの結婚にあわせるように肺がんが見つかり、今度は父の死。

今年2度目の旅は、ドイツロマンティク街道とアルプスのスイス。
重いからとあまりお土産も買わず、しょーもないお土産には喜ばない孫達にはエッグチョコを今回も買ってくるのだろう。
写真をバシャバシャとるわけでもないので心の中で父にも見せているのかもしれない。
by saitoru1960 | 2005-07-04 11:13 | ひとりごと

海外への修学旅行

こんな時代なので海外への修学旅行が増えています。
子供達は行ったら行ったでいくらでも楽しんでくるはずなのだけど、連れて行く教師の方が生徒達より頭が固くてなかなか「生徒達を連れて行くのだ!」と面白がりません。
所詮、体験したことに対して好奇心旺盛なのは若者で、大人になると好奇心よりは心配の方が先にたつのでしょう。
来年マレーシアへの旅を考えているのだけれど、学年団にいる他の教師が一向に動かない状況下で、「一人で全員連れて行ったるぞ!」と孤軍奮闘を楽しんでいます。
でも、やる気になさが感じられる教師達が、生徒達へ効果的に働きかけできるのかどうか、せっかくお金をかけて学校の修学旅行でしかできないようなものにできるのかどうか・・・。
どこかに限界がありそうです。
by saitoru1960 | 2005-07-02 11:12 | ひとりごと

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960