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マレーシアで食べたもの

泊まったホテルは市内から少し南西に離れたサンウェイラグーンホテル。
ここは錫鉱山の跡につくった一大リゾート施設で、マレーシアに住んでいる小金持ちの人達がウキウキしながら遊びに来るところなのかもしれなかった。
朝ごはんはコンチネンタルバイキングで、とりあえず何でもあった。
そこに、ナシルマやロッティーなどのマレーシアンフードも出されてあった。
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ナシルマはココナツミルクで炊いたご飯にイカンビリス(小魚のいったもの)やピーナツなんかものせて、サンバル(チリ、ニンニク、生姜をいためたもの)をかけて混ぜるだけの簡単朝飯。
結局、3日間とも、ナシルマだけはきっちり食べた。
これさえあれば、食に困りはしない、と自信の一品。

次は、テメロー村で食べた昼食。
ここは田舎の村で、小さな食堂にはコーラも置いていないような場所。
ここで、豪華な昼食を食べたのだ。
ナシ(ご飯)、アヤムゴーレン(トリのから揚げ)、キャベツの炒め物、鶏肉のカレーなんかがどさっと出てきた。
このから揚げがなんとも旨かった!
来年11月、あのから揚げを食べにだけでも行きたい気持ちです。
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本日最後は、ドリアン。
時期ではなかったみたいで、道端に出しているドリアン屋は見当たらなかったので、ガイドさんに頼んだら、KL市内で開いているドリアン屋に連れて行ってくれた。
「高くても旨いのを!」と注文をつけていたので、35リンギ(1200円)もしたけれど、これは旨かった!!
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by saitoru1960 | 2005-12-30 19:12 | マレーシア

「わかった」

小2の息子が昨日からしんどそうにしていたので今日医者に行くと、インフルエンザと診断された。妻と息子が医者から戻ると、今度は小5の娘がしんどそうに寝ていたとのこと。
熱が39度近くあり、やはりインフルエンザの症状であった。
29日から久しぶりにスキーに行く計画を立てていたのだけれど、残念ながらキャンセル。
静かな年の瀬となりそうである。
息子は、物分りがいいのかどうか、父や母が何か言うと、
「わかった」
ときちんと返事を返してくることがよくある。
いつも一緒に寝ているので、
「今日はいろいろ片付けてないといけないから一人で寝ときな」
というと、
「わかった」と言って
「でも、早くお父さんも来てな」と一人で布団に入った。
娘は娘で久しぶりの高熱にべそをかきながら寝入っている。

年末ののんびりできるときで良かった。
by saitoru1960 | 2005-12-26 22:28 | 家族
マレーシアでの初ワンタンミースープは1990年。
マレーシア国際陸上招待試合というようなのがあって、モルディブ選手を引き連れてムルデカスタジアムに乗り込んだ。
チャイナタウンの真ん中にあるマラヤホテルの泊まった部屋には窓はなく、「こんなホテルもあるのだな」と感心してしまった。
しかしながらチャイナタウンは、南アジアにはない東アジアの食文化が存在し、ワンタンミースープ(日本名:ワンタンメン)を食べた時には、衝撃を受けたのであった。
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友人宅近くにあったフードコートで食べたワンタンミースープは、15年前のその味と同じ気がして、値段の安さも手伝って、めちゃウマの花丸五重丸であった。
焼き豚も○、ワンタンも○、いうことなしのうまさである。
by saitoru1960 | 2005-12-26 20:24 | マレーシア
B級グルメと言われるけれど、現地の普通の生活の中で、普通の人が普通に食べているものを食べることは実に楽しい。
今回の第一弾は、アイスカチャン(別名:ABC)
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上に乗っているのはナタデココ。黒蜜に練乳がトロリンとかかっているのです。
「蜜が少なくて氷の中のほうにかかってないよう!」と言えば、皿に黒蜜を入れて持ってきてくれもします。
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そいつをワシワシと食べ崩していくと、段々氷の下のほうに入っている謎の物体にスプーンが当たります。
緑色した寒天のようなものや小豆、黒い寒天なんていうのが底から出てきて、日本のカキ氷をイメージしていた人達は、「えっ!?なんでいまさらこんなものが!?」と驚くことこの上なしです。
是非、お試しあれ!
by saitoru1960 | 2005-12-26 20:14 | マレーシア

KLで買ってきたもの

お土産はほとんど友人宅近くのスーパーで購入した。
いろいろ買ってきたにもかかわらず、おみやげ代は3000円ほどしかかかっていない。
これが、空港とかで買うとなるとチョコ3つも買えない金額になってしまう。

生徒達に面白そうだと買った、一見半ドライフルーツのようなものははずれだった。
マンゴのラベルにmanis(甘い)と書いてはあり、甘いマンゴが入っているかと思いきや漬物のイメージで、生徒達が食べさせた時のリアクションは「ウゲッ!」だった。自分で食べてみても、2つ目には手が伸びなかった。これは失敗。
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あとは、インスタントの調味料。
ナシゴーレンの素。カンポン(村)味とチナ(中華)味の2種類
カンポン味はなんだかチリ粉末の味がきつく、子供たちには少し無理かもしれない辛さでした。
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下はココナツミルク。これも最近は日本で売っているかもしれないけれど、安いから買ってきました。(ホテルでのレートは1RM=34円でした)
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ゆっくり探す時間がなかったので、次回はもっと面白いものを探してみます。
by saitoru1960 | 2005-12-23 05:32 | マレーシア

オイルパームの林

1990年7月30日。マレーシア国際招待陸上競技大会がクアラルンプールのムルデカ(独立)スタジアムで開かれた。モルディブで2年間の協力隊活動終了直後のタイミングだったので、兵庫県にお願いして2週間だけ任期を延長させてもらい、選手達7人とともに参加することができた。

マレー系、中国系、インド系、様々な外見のマレーシア人が、「私たちのマレーシア」というスローガンの下、一生懸命かつ楽しそうに大会運営をしていて、単一民族国家にはないものを感じさせられた印象深い試合だった。

ホテルはチャイナタウンのど真ん中にあるマラヤホテル。ざわつく雑踏の中で食べたワンタンミースープ(ワンタンメン)やナシゴーレン(焼き飯)に、南アジア(インドを中心にした地域)にはない、日本への距離の近さを実感していた。

そのクアラルンプール(KL)に12月7日から5日間、修学旅行の下見に出かけた。

整備されたハイウェイの網、延びるモノレールの架橋、世界第2位の高さを誇るツインタワーに代表される市内の高層ビル群。頭の中にある15年前の映像はことごとく変容し、新しいクアラルンプール像を作り上げなければならなかった。

日本の高度経済成長期、東京も同様の変貌ぶりであったのだろうなと想像し、KLだけを見てマレーシアが途上国とは思う人は誰もいないだろうな、とも考えた。

下見4日目、ホームステイの受け入れ先となる、KLから車で2時間東に走ったカンポン(村)、テメルローを訪れた。

KLから高速道路に入ると、車窓から見える高層ビル群はあっという間に姿を消し、時間の経過と共にオイルパーム(油やし)の林が一面に広がる世界へと変わっていく。

かつて自動車の大量生産が始まった頃、タイヤの原料を得るためマレー半島全域にゴム栽培があっという間に広がる。一方で錫(すず)が大量に眠っていることが分かると、瞬く間にその採掘も進み、これがマレーシアの2大産業となる。いずれも、資本は外国からのもので、ゴム栽培にはインド人が、錫鉱山の採掘には中国人が大量に集められ、それが現在のマレーシア複合多民族国家の原点となっている。

ゴムの需要が激減した後、ゴムにとって代わったのがこのオイルパーム(あぶらやし)の栽培。化粧品、シャンプー、マーガリン、洗剤など最近よく見かける「植物性」と名のつくもののほとんどはこのオイルパームから採れるパーム油が原料といってもいいくらい需要の高い商品で、マレーシア国土の13%弱がオイルパームに埋めつくされ、世界シェアの60%にまで及ぶということなのだ。

マレーシアは国土の60%が自然の熱帯雨林、そして14%が植林による森林と、国土の74%が森林になっている。森に埋めつくされた国といえばそれまでだけれど、身の回りにある「植物性」製品を好んで買っている国民としては、その「植物性好み」がマレーシアの国土の13%もの自然の熱帯雨林を消滅させていることにつながっている、というところにまでイメージを膨らませてみることも必要ではないかと思う。

テメルローは静かなマレーシアのどこにでもあるカンポンだった。ヤシの木、様々な果物の木が庭に植わってあり、贅沢さえいわなければ食べるのに困ることはない、そんなノンビリズムが漂っているほのぼのとしたカンポンだった。

おじさんがふるまってくれたやしの実のジュースはほんのり甘く、のどを潤してくれた。
by saitoru1960 | 2005-12-19 16:14 | マレーシア

三田でハーフ

昨日、1年ぶりにハーフを走った。
今年は例年になく走っている距離が少ないので、2時間くらいで走りきれたらよしとしよう、と考え、一緒に参加するほかの仲間と最後まで一緒に走ろうかとも思っていた。
しかし、気持ちのよいペースというものは体が自然に覚えていて、5kmを過ぎたあたりから、1km5分ちょっとのペースに上がっていった。
27’11、26’00、25,57、25’31、と5kmごとのペースは上がっているのだけれど、最後の5kmほどはふくらはぎと太もも前面が固くなってきて、2時間でゴールと考えていながら、もうちょっとがんばれば50分が切れるあたりにいるとなると、やはり悲しい性で、切りたくなってあげようとして、固い足にむちを打っている自分がいるのである。
結局は50分35秒で1時間50分は切れなかったけれど、ゴールまではなんとかたどり着くことができた。
今ま走ったハーフの中では一番足にダメージを受けた気がして、3月のABCはこのままだったら走れないな、と実感させられた。
どうしようかな。
by saitoru1960 | 2005-12-19 04:54 | スポーツ

マレーシア再訪

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修学旅行の下見でクアラルンプールに来ています。
3年前、コタキナバルにいく時トランジットで新しいクアラルンプール国際空港の中を、「きれいに作ったもんだ」と感心しながら見ていたのですが、13年ぶりくらいでKLの街中に入るとあまりにも変わっていて驚きました。
昔の映像の中に高層ビルや高速道路があまりにも無節操に入り込んできて、思い出の光景が変化するのです。
たった10年ぽっちでここまで変るか、と思うけれど高度経済成長時代の東京もこのようだったのかもしれません。
発展途上国の分類の中から抜け出そうと言う段階まで来ているマレーシアは、都市部とそれ以外の場所とのギャップが大きくなってきているのかもしれません。
最近、小林紀晴、金子光晴、とマレーシアについて書いている文を読んできて、昭和初期のマレーシアの様子を想像しながらきていたため、裸足で土臭さのするマレー人をどこかで探しているのですが、できるわけもないのです。
くる飛行機の中で読み終えた「マレー蘭印紀行」(金子光晴)はジャストタイミングの本でした。
by saitoru1960 | 2005-12-09 17:56 |

KLへ

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いよいよKLへ行く日が明後日となった。
帰国後考えてきた、マレーシアへの海外修学旅行がどう展開できるか、現地調査である。
KL市内を見るのも12,3年ぶり。
急激な発展をしている、と表現されることの多いKLなので、さて自分の目にどう映るか。
準備のため、押入れに眠っていたスーツケースを取り出しきれいにした。
モルディブに行く時から使い始め、選手を連れて回ったアジア試合の旅にも同行した大切なスーツケースである。
出入国スタンプの押されたパスポートも宝物だけれど、このスーツケースはベタベタのシール張りまくりなので、目立つことこの上なく、今風のスマートなものではないのだけれど、思い出がひとつひとつのシールにもあって、宝物である。
いい思い出が増えることを期待して明後日、JLで出発です。
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by saitoru1960 | 2005-12-05 17:54 |

息子の誕生日

12月1日は息子の8歳の誕生日。愛子さまと同じ日なのでいずれ祝日になるのかな。
誕生日のケーキはザッハトルテというのが我が家の定番で、子供たちはその上にプレートに絵を描いてもらうのも定番。
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去年はサンダーーバード2号だったけど、今年は小学校低学年には大人気の「怪談レストランシリーズ」の絵で、「死神」。
今年も上手に描いてもらえて大満足でした。
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夕ご飯もリクエストに答えてピザとスパゲティー。
ミート、カルボナーラ、そしておまかせで出てきたピザはきのこと生ハム。
4人で分け合って少しずつ美味しく食べることができました。
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親からのプレゼントは、「理科実験セット」2つに、ありの巣をつくろう、というセット。
「枕のところに置いておいてよ」と言いながら前夜寝て、夜中になんども目が覚めながら確かめていたみたいだったけれど、枕元に置いたのは朝の5時過ぎ。
すると、5時20分には起きてきて、「やったー」と水の実験をし始めました。
ありんこは今冬になりかけだからつかまるかどうか。
これもまた面白いところです。
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by saitoru1960 | 2005-12-02 17:50 | 家族

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960