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神戸の日本酒

昨日、灘の酒蔵の見学に行った。
神戸のときの教え子北垣から10年ぶり以上の久しぶりのメールが届き、働いているということだったので、子供たちにもお酒を造るところを見せてみようと思いたった。
灘五郷とは聞くけれど、西郷、御影郷、魚崎郷が神戸市。
西宮郷、今津郷が西宮市にあり、それで五郷になっているようだ。
日本酒=日本海側というようなイメージが強いので、山田錦と六甲の水を使って作るここでの日本酒は、太平洋ベルト地帯の中では貴重な存在なのかもしれない。
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北垣の勤める瀧鯉は江戸時代からの老舗で、展示販売をしているだけだった。
久しぶりに会う北垣はいい青年に成長していた。
ここではラベルを手書きしてオリジナルのボトルを作る、というのをやっていて光が作ってくれた。
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白鶴の資料館は規模も大きく、昔の盛況さが伝わってくるものだった。
こんな場所で、酒造りがきちんと行われていたことと、神戸の名産としてもっとここの日本酒は知られてもいいのにな、とも考えてしまった。
神戸に住んで40年近く経つのにやっと実感が持てた灘五郷だった。
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by saitoru1960 | 2006-02-27 05:59 | ひとりごと
「もう少しのサーシャ」のレッテルは、結局返上されなかった。「でもね。突き詰めれば、メダルは問題じゃないと思うの」と、思案顔になったコーエンは言う。
「これは人生の、一日のうちのたった4分間の出来事。私にとっては、ここまで来る4年間の過程のほうが大事。自分が人として選手として、成長した確信があるから」。
by saitoru1960 | 2006-02-26 06:08 | スポーツ

ひなにんぎょう

わかばが生まれたとき、最初生まれた女の子を病気で亡くした父と母はたいそう喜んだ。
ひな祭りのために買ってくれた雛人形は2段飾り。
今も、箱には亡くなった父の名前が書かれた送り先の紙が張られてある。
「自分が小さいときには買ってもらえなかったから」と理由を言いながら母は最初いろいろ話していた。
わかばも今年6年生。
お雛様を飾るのも来年が最後かもしれない。
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わかばが気に入っているもうひとつの雛人形。
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by saitoru1960 | 2006-02-25 11:12 | 家族

昆陽池公園

先週の日曜日、昆陽池公園に行ってきた。
子供たちが保育園の頃よく行っていて、渡り鳥が来るということは知っていたのだけれどなかなかいいところだった。
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3時からえさやりの時間になっているみたいで、おじさんが2杯分のえさを一輪車で運んでくると、それまで散歩に来ていた人達からえさをもらっていた鳥達がわんさか集まりだして、えさやり場はざわついてくるのだった。
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ヌートリアと呼ばれるかわうその太っちょ版のような動物までいて、池には様々な鳥達が集まっているようだった。
からすは何故か遠巻きに見ているだけですぐに寄ってくることはせず、なんだかここでのお約束ができているのかもしれなかった。


昆虫館もあって、そこで生まれて初めて蝶の幼虫がさなぎに変わっていく瞬間を見ることができた。
たった、5分くらいで幼虫が見事にさなぎに変身していく様子に釘付けになってしまった。
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帰りに見つけた気になるミヤンマー料理店
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by saitoru1960 | 2006-02-25 11:04 | 家族

茨木のり子さんの詩

2月21日付け読売新聞朝刊の編集手帳に茨木のり子さん死去にともなう文章が載っていた。
ドキリとしたので、気になり、調べてみると以前もドキリとしたことのある詩の作者であった。
以下、編集手帳より


車にファックス、ビデオデッキ、ワープロにパソコン、インターネット・・・、とつづく。「そんなに情報集めてどうするの/そんなに急いで何をするの/頭はからっぽのまま」◆茨木のり子さんは「時代おくれ」という詩の中で、持ちたくないもの、触れたくないものを挙げて、もっともっと時代に遅れたいと書いた。「すぐに古びるがらくたは/我が山門に入るを許さず」と◆「ぱさぱさに乾いていく心を/人のせいにするな。/みずから水やりを怠っておいて」。こちらは「自分の感受性くらい」と題する一編である。気を緩めて読み進んだ人は、最後に不意の大目玉を食らう。「自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」◆茨木さんの詩業は岬に立つ灯台のようだと、身を顧みてつくづく思う。いつの間にか“がらくた”の海を漂流し、乾いた心を世の中のせい、人のせいにしてぼやいている◆「ばかものよ、帰っておいで」。遠く瞬く灯台の明かりに、見失った陸地を教えられたことが幾度かあった。詩心なき身の哀しさで、救われてはまた懲りもせず物質文明の海に泳ぎでていくのだけれど。◆ぴんと背筋の伸びた日本語の使い手で、「戦後現代詩の長女」とも評された茨木さんが79歳で死去した。詩集をひらき、心の海を照らしてくれた灯台の、凛とした光をしのぶ。


以前ドキリとしたのは次の作品で、最後の1行に、深く考えさせられた。


小さな娘が思ったこと

小さな娘が思ったこと
ひとの奥さんの肩はなぜあんなに匂うのだろう
木犀みたいに
くちなしみたいに
ひとの奥さんの肩にかかる
あの淡い靄のようなものは
なんだろう?
小さな娘は自分もそれを欲しいと思った
どんなきれいな娘にもない
とても素敵な或るなにか……

小さな娘がおとなになって
妻になって母になって
ある日不意に気づいてしまう
ひとの奥さんの肩にふりつもる
あのやさしいものは
日々
ひとを愛していくための
  ただの疲労であったと


調べていくうちにドキリとすることが続き、昨日のLHRでクラスの生徒にプリントを作って読ませ、詩集「倚りかからず」、「詩のこころを読む」の2冊を注文してしまった。


自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


汲む
 ―Y・Yに―

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 墜ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです


鶴岡の人が書いた「私の茨木のり子ノート」
by saitoru1960 | 2006-02-23 05:30 | ドキリとしたこと

トリノより

2月15日付、読売夕刊の寸評で見つけたことば。
岡崎朋美の0.05秒差の4位に対して、
「・・・。しかし、1994年のリレハンメル14位に始まって、長野で銅メダル、ソルトレークで6位、トリノで4位の歩みには学ぶところがが多い。<人生は熱であり、意気であり、顧みるときのほほ笑みである>。・・・」
by saitoru1960 | 2006-02-16 21:20 | スポーツ

高校時代の友人達

かれこれあしかけ23年にもなるけれど、大学を卒業して1年たった頃から高校時代の陸上部仲間と1ヶ月に1回集まる例会が続いている。
独身、結婚、育児、子供の進学と様々に形態を変えながらもずっと続いていることで、お互いのホッとする場になっているのかもしれない。
キャンプやツーリングから始まり、子供ができてからは、イチゴ狩り、ぶどう狩りなどを経て、今は餅つき、キャンプ、ハイキングなどが1年間のイベントとして続いている。
最近は子供中心の動きが多い中、正月の初走りと2月の駅伝大会参加だけは自分達だけのイベントとして脈々と続いているのも面白いところ。
正月は神戸の3社参りを走りながら行い、「正月にこんなおっさんばっかりで街中汗流して走っているのも珍しいよなあ」としゃべったりしている。
ポートアイランドで行われる駅伝も今年は2チーム参加。
短い距離はスピードださなあかんからしんどいわ、と毎年いいながら襷をつないでいる。
仲間たちと昔と同じように遊べるのは幸せだと思っている。
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今年はメンバーが足りずに教え子が助っ人。
by saitoru1960 | 2006-02-13 05:42 | 仲間

花よし

今夜は晩御飯を食べに外に出ました。
神戸駅前の串かつ屋「花よし」です。
以前の職場の近くで、冬になると美味しいおでんのすじ肉を時々食べに行っていたので思い出し、子供も大きくなってきたから「串かつも一緒に食べにいってみようか。ソースの二度づけは禁止だからね」と、でかけました。
ソースの鉄の容器にドッポンと突っ込むやり方はなくなっていて少々寂しかったですが、いろいろなおでんや串かつを食べ大満足で帰ってきました。
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by saitoru1960 | 2006-02-11 21:20 | 家族
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群衆が放火、火の手が上がるデンマーク大使館=AP
「風刺戯画に抗議、シリアのデンマーク大使館に放火」
 
【カイロ=岡本道郎】シリアの首都ダマスカスで4日、デンマーク紙がイスラム教預言者ムハンマドの風刺戯画を掲載したことに抗議する群衆数千人が市内のデンマーク大使館に殺到、一部が構内に押し入り、建物に放火した。被害の詳細は不明。

 同大使館は3階建ての建物の1階部分にあり、同じ建物にはスウェーデンとチリの大使館がある。目撃者情報によると、群衆は当初、大使館前で抗議の座り込みをしていたが、次第に興奮し暴徒化、一部がシリア警察当局のバリケードを乗り越え、構内に突入したという。また、フランス通信(AFP)によると、携帯電話のメッセージなどを通じ、デンマーク人がコペンハーゲンの広場でイスラム教聖典コーランを燃やそうと集まっているとのうわさが流れたため、抗議行動が発生したという。

 一方、ヨルダンでは同日、風刺漫画を転載した地元週刊紙シハンの前編集局長(2日解任)が宗教冒涜(ぼうとく)容疑で司法当局に拘束された。

2月5日の記事です。
他人の大切にしているものに対して敬意を払う気持ちがないとこんなことまで起こってしまうという例です。

事の起こりは以下の通りです。



2月2日のニュースから

「デンマーク紙の預言者風刺、中東諸国で抗議強まる」

 デンマークなど欧州の新聞、雑誌などがイスラム教預言者ムハンマドの風刺漫画を掲載したことに反発した中東諸国が抗議の姿勢を強めている。デンマーク製の乳製品不買運動は中東のほぼ全域に拡大。ガザ地区の欧州連合(EU)事務所前では、武装パレスチナ人が発砲する事件も起きたほか、サウジアラビアが駐デンマーク大使を召還するなど外交問題にも発展しつつある。

 問題の漫画はまず昨年9月、デンマーク紙「ユランズ・ポステン」が掲載。爆弾の形をしたターバンを巻いたムハンマドを描いてある。仏教などと異なり、偶像崇拝を排するイスラム教では預言者の地位が高いだけに、イスラム教徒は漫画を教義への冒涜(ぼうとく)と受け止めて抗議。だが、ノルウェー誌や仏独両国の新聞なども漫画を転載したため騒ぎが広がった。(ブリュッセル=下田敏) (21:00)


「偶像崇拝」
神以外の人や物を信仰の対象として崇拝すること。神を被造物と混交するものとしてキリスト教・イスラム教などでは厳しく否定され、他の宗教を非難する語として用いられた。

これが、偶像崇拝を簡単に説明した文章です。
確かに「キリスト教」も禁止していると書かれてあるけれど、現代に残っているイスラムの偶像崇拝禁止とは比べ物になりません。
日本でのお祈りの姿を思い浮かべてみたら一目瞭然です。

イスラム=メッカの方角に向かっていたらどこでもお祈りはできる。壁に向かってもできる。祈る対象は必要ないのです。
(なんとマレーシア航空のビジネス、ファーストクラスにはなんと機上でお祈りできる祈祷室があるというのです。メッカの方角をどのように示すかが気になるところですが・・)

キリスト教=教会のお祈りする前には十字架にはりつけになったイエス(偶像)がいる。
(何か人間が作ったもの<偶像>を対象にしてそれに祈りをささげる)


なにかでちらりと見たような気がして、どんな風に書かれた風刺戯画なのかと、インターネット上、日本語で「ムハンマドの風刺戯画」とイメージ検索してみると、なんと出てきませんでした。
これほどネット社会になっていて新聞のタイトルにもなっているにもかかわらず出てこなかったのです。
「流していること=イスラムへの冒涜」、と良識あるメディアもきちんと存在しているということになるのかな。
by saitoru1960 | 2006-02-05 17:02 | いろいろ

光のローマ字

小学2年の光がわかばが自分のブログで遊び始めたので、「ぼくも作って」といいだした。
今までも、めちゃくちゃうちから始まってキーボードを触っていたのだけれど、今回は真剣にローマ字うちに取り組んでいる。
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以前は、ひらがな打ちで遊ばせたこともあるけれど、わかばがしているので、ローマ字打ちが普通なのだ、と何も言わない。
手製のローマ字表記表を目の前に、「おとうさん、何かもんだいだして」と言いながら、ひとつずつキーを選んで「こうべしすまく・・」とワードに書いたりしている。
わかばの時も同じようにローマ字表記表を作ってあげたのでなんだか懐かしく、同じようにしておねえちゃんのあとを追いかけているのが面白い。
by saitoru1960 | 2006-02-03 05:05 | 家族

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960