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ありの巣観察3

f0013998_23273798.jpg去年のクリスマスにサンタさんがくれた、ありの巣観察キットを、春になり、ようやくありが地面に出てきたところで作ったのだけれど、なかなか思うようにはいきません。
最初に捕まえたありは、小さすぎたのか、ジェルの固まった地面に巣を掘ることもできずじまいで、大きなあり5匹を二対捕まえてきた。
そのありは、なんとか巣を掘っていて「観察2」で示したところまで進んできていた。
この分では、かなりいろんなありの道を見せてくれるかな、と思っていた矢先、「5匹とも死んだよ」と一言。
先週末に死んでいたみたいで、気に留めていないうちにあっけなく、であった。
キットにはジェルはありの餌にもなります、と書かれてあったのだけれど、やはり無理だったのか・・・。
by saitoru1960 | 2006-05-29 23:34 | いろいろ

七回忌

父が死んで6年が経った。
母は七回忌のことをかなり前から気にかけ、準備をしていた。
一人で生活し始めてから6年。
自分のペースで生活することにも慣れ、時々一人で参加する旅行を楽しみにしながら過ごしている。
「これで、ほっとしたわ」と、雨の予報だった28日、墓参りと昼食を終え家に戻ってきたとき、ようやくゆっくりしたようだった。
次は6年後の十三回忌。
母、79歳。自分は52歳になっている。
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by saitoru1960 | 2006-05-29 05:36 | 家族

キャンプ日和

梅雨のような雨が続いている中で、早くからこの中間考査の時期でキャンプをしようと計画してあった。
土曜日の午前中まで激しい雨が降っていたのだけれど、午後からは太陽も顔を覗かせ、去年の10月以来のホテツーキャンプとなった。
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製材やさんの廃材はいつも助かるのだけれど、今回は男子用と女子用2つのかまどが登場し、カレーの煮炊きと飯ごうでのご飯炊きが終わると、次々に薪をくべながら、炎を高くしていっていた。
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北海道から直送のホタテ貝をしょうゆだけで食べ、カレーを食い、ソーセージなどをぱくつきながら、夜9時頃に温泉につかると実に気持ちのよい夜となる。
朝は、バターロールとソーセージにゆで卵というオーソドックスなもの。
昼はそうめんとなったのだけれど、そうめんにはドラマティックな幕切れが待っていた。
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到底食べきれんだろうとたかをくくっていた大人を尻目に、コツコツとそうめんを食い続け見事完食。約束のパターゴルフと相成った。
しあわせの村のパターゴルフは子供500円、大人1000円。
少し高いのかもしれないけれど、今日のような天候の下では安いものだった。
by saitoru1960 | 2006-05-21 21:01 | 仲間

ありの巣観察2

f0013998_20483488.jpg中に入れる蟻を一度替えてみたところ、これがあたって巣をほり始めた。
中には五匹入れてあるのだけれど、がんばっているのは3匹だけのような・・。
どこまで掘り続けるのか気になります。
by saitoru1960 | 2006-05-21 20:50 | いろいろ

五色塚古墳

わかばが6年生の遠足で五色塚古墳に行ってきた。
かなり前に古墳は整備され、きれいな公園としてもたくさんの人達が訪れるスポットになっている。
訪れると古代の墓の大きさに圧倒されることは間違いない。

自分が小学校の頃は五色塚古墳とは呼ばず、「五色塚に遊びにいこか」と友達と言いあっていた。
ただもっこりと、丘のように盛り上がった場所で、今の前方後円墳の西側には池があり、メリケン粉を餌に釣りをしたり、隣の小坪古墳では冬によく凧揚げをしたものである。
雑草が生い茂り、雑然とした、子供にとってはかっこうの遊び場だった。
前方後円墳のほうは、その頃から古墳であることは薄らぼんやり知っていた気がするけれど、小坪古墳のほうは、「えっ?!あれも古墳だったんか?!」と驚いた記憶がある。
家から自転車に乗って出かけるには手ごろな距離で、買ってもらった頃は、舞子公園などとともによく遊びに行った場所で、自分の子供が将来勉強の為に訪れるとはついぞ想像したことはなかった。

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by saitoru1960 | 2006-05-13 06:15 | いろいろ

ジュウシマツの卵

f0013998_5245688.jpg5月3日にペーチャンが卵を3つ産んだ。
オスとしてもらってきていて、一匹だけで飼育していたので、わかばはビックリ仰天だった。
ちょうど草加に行く日だったので、もらった相手の河野さんに電話をかけていろいろ相談していた。
できるだけ遊んであげよ、水を一日1回はかえよ、水浴びの水もかえよ、野菜は3日に1回あげよ、汚れたら紙をかえよ、といろいろ父へのペーチャン伝言を残していたのだけれど、遊ぶどころではなく、ペーチャンは巣に入っていることが多くなった。
4日後、草加から帰ると、いきなりわかばは巣から卵を取り出そうとした。
河野さんに相談して卵は取り出したほうがいい、という結論になったみたいだった。
わたしは思わず、「エー、勝手に出しちゃうの。ペーチャンはなにも知らないんだし、人間がとったら怒るんちゃう?そのまましといたら」と言ってしまった。
わかばは少し涙眼になっていた。
いろいろ考えて、それはわかばもわかった上で達した結論だったのだろう。
わかばは再び河野さんに電話をかけた。
河野さんもいろいろ考えていてくれたようで、
「やっぱり取り出さないほうがいいみたい。卵を産みやすくなるみたいだから」
とわかばに話したようで、結局その日、わかばはそれから卵を取り出すことはしなかった。
卵は5つに増えていた。

ゴールデンウイーク明けの8日。
わかばは家に帰ると卵を巣箱から全て取り出した。
1つは割って中を見てみたということだった。
ペーチャンは卵がなくなるともとのように巣箱から出て、いつものペーチャンになった。
なくなったら悲しむだろう、と思った父より、孵らなくて悲しむ、と娘は思ったのだろう。
これからもこんなことは続くのかな。
by saitoru1960 | 2006-05-10 05:40 | 家族

かえっていく場所

f0013998_21462152.jpg久しぶりに年長組から中学校入学時までの「岳物語」と「続岳物語」を読んだあとで、小学校から18年たった、2001年の椎名と一枝さん、そして葉ちゃんと岳の様子が伝わってきて、なんだか不思議で、懐かしく、親戚の子に久しぶりに出会ったような、そんな感覚を覚えた。

思えば、24,5歳の頃「岳物語」を読み、こんな親子関係も面白いだろうな、と楽しんでいた自分が今、そんな息子との時間を過ごしている。
椎名と岳の幼少時の親子関係がその後どう展開していくのかという点は、知りたいような知りたくないような不思議な気持ちを持ちながら今まで過ごしてきた。
岳がプロボクサーとしてデビューしアメリカに渡っていくあたりまでは何かで読んでいたのだけれど、その後娘と息子はアメリカを自分の棲家として生活しているようだ。
しかしながら、「かえっていく場所」の中で、親子は、距離は離れてもきちんと結ばれきちんと会話をしているのが伝わってくる。
椎名の加齢を感じるとともに、また自分の中で、これから目指したい親子関係のモデルになった気がしている。
by saitoru1960 | 2006-05-03 21:49 | 物語

こいのぼり

光が生まれ、実家からはマンション用のこいのぼり、妻の家からはかぶとが贈られた。
昔、秋田に住んでいたのは小学校2年の冬まで。
ちょうど今の光の年にはすでに神戸に住んでいたことを思うと、なんだかその頃の自分を想像してしまう。
秋田にいた頃の家にはこいのぼり用の長い棒が庭にあった気がする。
マンション用のミニチュアではない、本物のこいのぼりを父と母は自分たち兄弟のために買ったのだろう。その長い棒の先に真鯉と緋鯉(漢字変換はこれでいいのかな)が風に吹かれていたのを薄らぼんやり覚えている。
小学校2年は8歳。3つ下の弟はそのとき5歳だから、きっと家のこいのぼりは覚えてはいないだろう。
切り詰めて切り詰めて生活していたはずなのに、子供たちのためにこいのぼりは無理してまでも買ってくれたのだろうな、といまさらながら感じてしまう。
神戸に来てからそのこいのぼりをだしたのかどうか。
出してなかったとすると、あまりにも短かったこいのぼりの命だったということになる。
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by saitoru1960 | 2006-05-02 05:40 | 家族

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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