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 イスラム教における断食明けのお祝い・ハリラヤプアサも終わり、マレーシアにはまたいつもののんびりした時間が流れ始めていることだろう。日本で正月のお祝いをするようなハリラヤプアサは、我慢した後にやってくるご褒美に似たようなものがあり、子どもたちは新しい服をきてハレのお祝いにおいしいものをたくさん食べたに違いない。

 修学旅行から1年。マレーシアでの経験が心の中で発酵し、なにか新しいものに形を変えてきているかもしれない。テメロー村の受け入れ家族、B&Sで出会った学生、セルダン農科専門学校の生徒、ホテルの受付で優しく話してくれたホテルマン、バングリスの村人、あのとき出会った人たちはそれぞれの地球を小さくしてくれているだろうか。
 
 今月、イランを1人で旅していた横浜国立大学の学生が誘拐された。麻薬密輸団が犯人グループといわれるなか、今なお解放にいたってはいない。ネパールやタイなどを1人で旅しながら、「陸路でポルトガルを目指していた」という新聞に載ったコメントを読み、不謹慎ながら思わずニヤリとしてしまった。横浜国立大学、ユーラシア大陸をポルトガルを目指して旅する、それだけで、彼の旅が「深夜特急」の著者・沢木耕太郎を意識したものなのだろうと結びつけてしまったのだ。
 
 沢木耕太郎は1947年生まれの今年60歳。横浜国立大学経済学部を卒業後、富士銀行に就職が決定。しかし、初出社の日、信号待ちをしている時に突如退社を決め、辞表を出す。その後すぐ、ルポライターとして1970年にデビュー。スポーツや旅などを題材にした多数のノンフィクション作品を発表し、デリーからロンドンまでユーラシア大陸を乗り合いバスで旅する20歳代の「私」を主人公とする旅行記「深夜特急」は、多くの若者に刺激を与え、バックパッカーの旅行ブームが沸き起こることにつながったバイブル的な一冊になっている。

 香港から始まる沢木の旅は、約1年かかってロンドンに到着する。旅は、「旅の意味」や「旅の終わり」を探しながら続き、ユーラシア大陸の西のどんづまりポルトガルの岬に辿り着き、大西洋を眺めながらようやく「しおどき」を見つける。
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 今回の事件は、沢木のあとを追った若者にふりかかった、異国を一人旅するときに覚悟しておかなければならない闇の部分だったといえる。大学を留年し、1人アジアからヨーロッパを目指し旅する若者。同じ大学を卒業し、初出勤の日に辞表を決意する先輩の存在は、時代を超えた後輩に少なからず影響を与えたと考えられる。

 誘拐されてからかなりの時間が経過している。携帯電話で実家の家族と話もしているということなので事件の展開は読みきれない。無事帰国してくれることを願うけれど、帰国後、ポルトガルを目指した彼の途切れた旅のその後も気になるところである。

 さて、それぞれの進路が決まっていく今、「合格」を手にホッとしている人は、とりあえず次のステップが決まっただけにすぎない、という気持ちも持っておかなければいけない。

 高校卒業後のとりあえずの進路が決定しただけで、自分の将来全てが決まった訳ではない。自分の進む道の先にはいくつもの分岐点があり、その時々にどちらかを選び、その結果どちらかを捨てていかなければならない。その選択できる力を身につけること。高校で学ぶべきことはまだまだ残っている。
 
 遠くクアラルンプールの空に思いをはせ、1年前の自分を想い出してみよう。17歳から18歳までの1年という時間の中で、自分は何を選び、何を捨ててきたのだろう。
 そして、卒業までの残り3ヶ月の間に何を探そうとしているのだろう。

(3年学年通信より)
by saitoru1960 | 2007-10-26 20:51 | アジア

うそ

10月の始め、光を叱った。
9月の宿題提出率59%の紙が連絡帳に張られてあった。
「宿題できたの?」、「できた」。
幾度も交わされてきた会話。
テレビやマンガ、コンピューターでのゲーム、とする前に聞かれた問いに、つき続けたうそ。
一生懸命に小学4年生をやること、を約束し、それから少しだけ光は改心したように感じていた。

昨日、家に帰ると月曜日に持って帰るのを忘れたという本読みカードがあった。
先週末、本読みの宿題はないといっていたのに、金、土、日と3日分に、光の手で書かれた○印が入っている。
連絡帳を見ると確かに金曜日の連絡に、本読みの宿題が汚い字で書かれてある。
宿題を忘れたことに気づいて、またごまかしたのだろう。
たった2週間しかたっていないのに、とまた叱った。
最初に叱ったときから、朝のランニングは距離を伸ばして走ってきて、昨日は一人で記録を大幅に更新もしていた。

光、がんばれよ。
by saitoru1960 | 2007-10-24 05:52 | 家族

パターゴルフ

しあわせの村では大人一人800円でパターゴルフ(18ホール)ができる。その上、大人一人につき小学生一人がただ、となれば安いものである。
秋日和の昨日、わかばが部活で午後からいなかったので、光をつれ3人で久しぶりに行ってきた。
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気温も心地よく、心洗われる午後だった。
by saitoru1960 | 2007-10-22 18:29 | 休日

キャッチボール

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光が産まれてから、いつかはキャッチボールができるかなと思っていた。
わかばともキャッチボールは何度かしたけれど、本格的にバシッ、バシッ、というようなものにはならなかった。
「10回連続取りそこねない」、という目標は、「お父さん、10回続いたらこの間福祉体験できたとこ見にいこな」という引き換え条件となったけれど、無事達成することができた。

by saitoru1960 | 2007-10-22 06:27 | 家族

ソフトボール

9月から始めたソフトボールの練習をを久しぶりに見に行った。小学校のグラウンドに行くと、キャッチボールをしている。光はあとから入った井上君と一緒に藤本コーチについてもらい、個別指導をしてもらっている。あとから入った井上君よりも投げるのはおぼつかなく、バランスをとるために振りかぶって投げるやり方を教わっていた。
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自分は5年のときに少年野球に入ったのだけれど、それまでに友達と一緒に遊んでいたため、基本から教わった、という記憶がない。放課後一緒に野球をする友達はいつもいたし、広場も、友達の家の庭でも野球をしていた。
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光のキャッチボールやバッティングは、今まで父と二人でたまにやったことだけが技術の蓄積でしかない。到底自分の小学校のときと比べて、野球をして遊んでいる時間は比べようもない。
レフトを守っていてもよそ見をしたりてしているし、どうひいきめに見てもメンバーの中で一番へたくそな光は他の子から見て、「よくも入部したものだ」とうつっているかもしれない。
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今日はプールに行きたいなあ、と行く前はもらしていたけれど、12月にはクリスマス会もある、ときいてくると、楽しみやなあ!とうれしそうに話し、まんざら嫌そうでもない。
遊びながら覚えた野球と教わって覚えていく野球。
時代は明らかに違い、自分のときと比較しても仕方ないのだけれど、確かに子供たちは一緒に体を使って遊ぶことが少なくなっている。
野球やサッカーの少年教室がその分増えてくるのも仕方のないことかもしれないけれど、大人がいなくたって子供たちはいろいろ遊びながら学べる力を持っている。
そこのところにやるせなさを感じてしまう。
by saitoru1960 | 2007-10-21 08:03 | 家族

月と太陽

「グローバリゼーション」ということばを聞くようになって久しくなる。
グローバルスタンダードとなると「世界基準」、「国際標準」などというあたりのぼんやりとした意味合いがつかめても、グローバリゼーションってなんなんだ、という反発心が生じてきてすんなり受け入れることができないでいる。

 鎖国から開国へと日本が世界に進み出るタイミングで、「これからはこれぜよ」と幕末の志士坂本竜馬は万国公法を仲間に示しニヤリとしたという。世界が同じ約束事で動いていて、その中に日本が入っていくために必要な基準が「万国公法」となるならば、竜馬はグローバリゼーションが必要だと説いていたのかもしれない。
 しかしながら、ネットで世界がつながり、同時進行で地球が動いているような錯覚を持ってしまいそうになる現在、世界中が同じ基準で動いていくことが当たり前のように感じられながらも、どこか無理があるのではないか、と疑問に思ってしまうことも、世界情勢を見れば当然のこととして出てくる。

 イラク戦争後、アメリカ軍がイラクの治安維持のためにと世界の警察官として現地に駐留していてもイラクにすんなり受け入れられることばかりではなく、フセイン元大統領逮捕後もいったい何のためにアメリカ兵はイラクにい続けるのか正しく理解することは容易ではない。それぞれの国に正義があり、それぞれの宗教に経典が存在していて、これが正しいのだと誰にでも押しつけてそれでうまく回るような単純な世界ではない、ということをわたしたちはきちんと押さえておく必要があると思う。

f0013998_9424841.jpg 1969年、アメリカのアポロ計画で人類史上初めて人間が月に降り立った。船長アームストロングは、この一歩は人間の小さな一歩だけれど、人類にとっては大きな一歩である、と言葉を残し、アメリカの威信をかけたアポロ計画は月の表面に誇らしげに立てられた星条旗が世界中にテレビ放映されることで成功を収めた。

 しかしながら、ここでいう「人類」が「地球上の全ての人々」とイコールと考えることには疑問符をつける必要があることも忘れてはならない。
 月の表面に立てられた星条旗に対し、屈辱感からテレビの前でこぶしを握り締め、涙を流していたイスラム教徒がいたことを想像してみてほしい。彼らは月の満ち干を自分たちの人生のリズムとして毎日祈りを捧げ、354日の1年を過ごしている。その基準となる根幹の月に異教徒に土足で踏み込まれ、旗を打ち立てられた人々の感情を想像することは、異文化を理解する上でもっともわかりやすいテーマのひとつになるのではないかと思う。

 太陽暦と太陰暦。

 今の断食は、イスラム暦(太陰暦)で1428年の第9番目の月にあたる。それぞれの月に意味のある名前がついているイスラム暦ではもっとも重要とされる月となり、世界中のイスラム教徒が同じ月を基準にして断食をしていることになる。新月から満ち始めが断食のスタート。次第に満ちていく月は満月を経過し再び新月へと向かっていく。そして、再び新月から月の光が覗くまでの月の周期約30日の間、彼らは断食という苦行を行う。

 カレンダーに月の満ち干が載っている現代においてもなお、月の光が出たかどうかは、世界中のイスラム教徒のネットワークを駆使して、「肉眼」で確認することが求められ、ある国で月の光が確認されるとすぐさま全世界のイスラム教徒に断食月のスタートが連絡される。まさに世界基準が必要な最もわかりやすい例になるのではないだろうか。
 
アポロは、まん丸い月を見ながら、うさぎさんが餅つきをしているね、と夢見てお話を聞いていた小さな子どもたちから夢を奪ってしまったことにもなった。
by saitoru1960 | 2007-10-15 09:40 | アジア

NEW IXY

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4年前オークションで購入したデジカメが突然壊れた。
光の運動会に持って行き、スイッチを入れると赤外線カメラの画像がゆがんだような絵しか見えず、なんで?、と驚いた。
IXYの2台目くらいの年代で、重さも大きさも今のよりひとまわりでかく、モニターも時代遅れの小ささ。メディアはCFカードでこれまた重い。
でも、愛着のある自分にとっても初代機だけに、やはり残念だった。
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セカンド機として考えたのはやはりCANON製。
性能がどうのこうのより、なんだか昔からカメラはキャノン、という自分の中にある理由もない理由で迷うことはなかった。
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価格.comで21600円。送料込みで東京のイートレンドというところから購入した。
この辺のコジマなどでは27000円位していたので、やはりこの時代ネットの力は大きい。
薄い、軽い、モニターは大きい、うえに転送スピードも速く、技術の進歩はすごい、と感じている。
by saitoru1960 | 2007-10-13 05:52 | いろいろ

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960