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「たとえば」小田和正&さだまさし

卒業を意識して探し、めぐり合った歌の中から1曲。

『たとえば』(作詞:小田和正・さだまさし共同)

話したいことが幾つもある あの頃の僕に会えたら
たとえば 迷いながら選んだ道の 辿り着く場所について
伝えたいことは他にもある あの頃の僕に会えたら
たとえば 信じていたことの正しさと その過ちについて
それから不安を胸に映し 怯えたあの夜の闇も
たとえば ありもしない夢に紛れて逃げたことも

あの頃の僕に告げたいのは
ひたすら そこから ひたすら 歩き続けること
あの頃の歩幅でいいから
ひたすら ただ ひたすら 生きてゆくこと

尋ねたいことが幾つもある 未来の僕に会えたら
たとえば 傷ついたり愛された この命の重さや
尋ねたいことは他にもある 精一杯生きたかどうか
たとえば 奇跡的にめぐり会えた 愛しい人のことを

ここからの僕に言えることも
ひたすら このまま ひたすら 歩き続けること
今のままの歩幅でいいから
ひたすら ただ ひたすら 生きてゆくこと

ひとつだけ言えることは 全ては今日のために
たいせつなことはひとつだけ 全ては今日のために

話したいことが幾つもある あの頃の僕に会えたら
話したいことが幾つもある 未来の僕に会えたら
小田和正: たとえば
小田和正: たとえば
by saitoru1960 | 2008-01-28 14:23 | ドキリとしたこと

卒業式が近づいてきた。
卒業式で、一人ずつ呼名されていく時にうしろにひっそり流すBGMの曲を考えようと、卒業の歌を探してみると、最近のものでたくさんいい曲があることに気づいた。

昨年の秋、小学校の音楽会を見に行った時、5年生が歌うゆずの栄光の架橋に感動させられ、そこからずっと卒業の頃に「栄光の架橋」を何かの形で届けたい、と考えていたけれど、それ以外にも心ゆずぶられる曲がある。

コブクロの桜や蕾なども良い詩だし、川島あいの旅立ちの日も歌詞が心に響いてくる。

思えば、いつの頃からか流行歌の歌詞をきちんと心で読まなくなってきている気がする。
きちんと読めば伝わってくる歌詞にこめた想い。
中学校から大学の頃まではそんな歌に数多く出会って、悩みが解決したり気が和んだり、元気が出たりしていた気がする。

なぜ、いつの頃から、歌詞をきちんと読まなくなったのだろう。
悩みがなくなったわけでもないのに・・・。

卒業という節目に、最近の曲を久しぶりに読むことができてなんだか懐かしい気分も思い出すことができた。

教える立場では毎年毎年卒業式がやってくるけれど、教わる側にとっては一生に一回しかない卒業式。
今年はどんな卒業式をむかえることだろう。
by saitoru1960 | 2008-01-24 23:00 | ひとりごと

江戸時代から今に至る

毎年1月14日午後7時よりに行われる車大歳神社の翁舞。今年は祝日に重なり、時間ができたので歩いて行ってきた。
白川街道で旧日赤病院の東側は昔からの集落で、記録は江戸時代末から残っている村の「能」が現在まで残っていることに驚いた。
もちろん演じているのは今、現代を生きている近所の人たちである。「歴史」や「伝統」と一言にいうけれど、残そうとする強い意志がなければ簡単に消え去り、復元は不可能になるものである。
能楽に詳しい方が車の翁舞について書かれていて、能楽の何たるかをしらない私にとっては勉強にもなり、改めて「伝統芸能」のよさを感じることができた。「能楽の淵」


入場してくる人々

神主によるお祓(はら)いは神殿で行われる。

演じる人々への御祓(はら)い

鼓と地謡の演者

露払いのこども

翁舞ははじまる

伝承される翁舞は次は誰が頭宿(やど)になるのだろうか

三番叟(そう)の子供は小学校6年生くらいか


翁舞神事の概要(パンフより)
翁舞神事は、現在「車大歳神社翁舞保存会」が保存、伝承しています。
地元では、「お面式」、「能面の式」、「お面の行事」あるいは、単に「お面」と呼ぶこともあります。

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行事の創始に関する資料や伝承はありませんが、少なくとも江戸時代末より行われていたことは確実です。当地区の家の戸主は隠居するまでに一度は、この神事を営む「頭宿(やど)」を勤めなくてはならないとされています。
  以前には、村全体の行事であったけれど、第二次世界大戦後に老人会の手に移り、昭和49年から車翁舞保存会の主催になっています。文久2年(1862年)の台本を残し、他にも数種の台本があり、それに文献・口碑などを綴ってみると、確かに江戸時代末から昭和20年まで継続していたことがわかります。昭和20年、車は空襲で罹災し、翌年のこの行事は中止されました。戦後、22~23年頃に復活し、その後35年まで続き、36年から中断し、45年に復活し、現在に至っています。
1月8日から12日までの5日間、「頭宿(やど)」で、灯した1本のろうそくをご神前に見立てて、翁(おきな)・三番叟(さんばんそう)・露払いの各役、そして笛・大鼓(おおどう)・小鼓(こつづみ)・地謡(じうた)が1日2回集中した稽古を行います。
  14日の午前、神前においてこの神事に奉仕する人達、また翁舞保存回の役員はお祓(はらい)を受け、神事の無事舞い納めることを祈願し、本殿にまつる神面三面を受け、行列を組んで「頭宿(やど)」に持ち帰り、縁側より入って床の間におさめます。
  午後6時頃各員装束を整え、縁側から「頭宿(やど)」に入り最後の稽古の「試し舞」を行います。
午後7時、先頭に松明(ときには提灯)をかかげ、次に神主・頭宿(やど)(面を持つ)、露払い・翁・三番叟・地謡・笛・鼓の順に行列を整え宮入り、拝殿において宮司によるお祓(はらい)を受けた後、お神酒をいただき、笛の音色と小鼓(こつづみ)の調べで約1時間、翁舞を奉納します。(列外にいる灯(ひ)とぼしという役は、日常の月当番があたり、直接芸能にはたずさわりません)
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  この舞は呪術性が強く、当社のご神体としてまつられている神面を使って「天下泰平」、「国土安穏」、「五穀豊穣」を祈願するものです。現在、一般に演じられる翁舞と比べて「父尉(ちちのじょう)」の部分が多く、四部構成
1・露払い、
2・翁舞、
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3・三番叟(さんばんそう)、
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4・父尉(ちちのじょう)
で演じられています。
  南北朝時代の猿楽「翁」には「父尉(ちちのじょう)」が登場しましたが、猿楽が発展した室町時代では既に登場しなくなっているそうです。
当社の翁舞は、「よく古態(こたい)を守って芸能の変遷を示すのに重要」ということで評価され、平成12年12月「国の重要無形民俗文化財」に神戸市で初めて指定されました。
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翁舞、父尉(ちちのじょう)ともに、面は舞台の上でつけ、舞い終わればはずして納められる。
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左は大鼓(おおどう)、右の二人は小鼓(こつづみ)
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そもそもの能や狂言の起源はこのような形で伝承されてきたものではないかと思われる、荒削りではあるけれど整った舞でした。
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子供たちの同級生は見に来ているのでしょうか?
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無事今年の翁舞も終えることができ、ほっとしたことでしょう。
by saitoru1960 | 2008-01-15 10:04 | ドキリとしたこと

最後の箱根

松浦の最後の箱根は出走できずに終わった。2年時区間19位で始まった箱根は3年の1区で終了したことになる。最上級生として臨んだ最後の箱根なので悔やむことは山ほどあるに違いない。まして、チームは過去最高の3位の成績を残すことができた。もし自分が走っていたら、といくら考えても答えは得ることができないのだけれど、考えてしまうに違いない。でも、答えが得られなくても、考えていいと思う。考えることで初めて見つかる別の答えもあるはずだから。
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山梨のモグスはやはり速かった。
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3区の7km過ぎ、藤沢付近を2位で来たときは鳥肌が立った。
モグス、ダニエル、伊達、北村とそうそうたるメンバーが登場する花の2区で木原が大健闘したということで、「きはら~やったかあ!」と人ごとながらうれしくなった。

杉本の時から数えて4年間ほど、正月に箱根の駅伝を沿道から見ることができた。
最初は、チャラチャラしているだろうと見に行くことに気がひけたのだけれど、行ってみると関東インカレのにおいがあり、懐かしさにも似た、郷愁の念を感じることができて1年に1回学生に戻れるような空気があった。
来年からちょっと寂しくなる気がする。
by saitoru1960 | 2008-01-04 10:15 | 陸上競技

捻挫2回

12月29日に光とキャッチボールをしていて、高いボールをジャンプしてキャッチしたあと、右足から段差のあるところに着地したため外側に大きく体重がかかった形で転倒した。
何年かぶりの大きな捻挫だった。
昔から何度も捻挫しているため、外側の靭帯は伸びきってしまっていて、中学生の頃のようにパンパンに腫れることはないだろう、と思っていても久しぶりにかなり痛む状態で、しばらく立つことができなかった。
2,3分してから歩くことができるようになり、その後光と一緒に買い物にも出かけた。
歩きながら、
「こんなん、普通やったら足首がパンパンに腫れて歩かれへんねんぞ」と光に自慢しながら、「ほんまに痛くないなあ。走れるかも」とも思えるぐらい痛みはなくて、靭帯が伸びきってしまうというのはこんなことにもなるのかな、と思ったりもしていた。
家に帰ってから、とりあえずシップを張り、キネシオテープをぐるぐる巻いて様子を見たのだけれど、すでに痛みが増してかばって歩くと左の足にも痛みが出たりしてきていた。
30日は、午後から草加へ。
歩くときにアンバランスにならなくはなってきて、キネシオだけを張るだけでなんとか歩くのに支障は出なかった。

そして、1月3日。
実家から駅前まで4人で歩いていくとき、何の変哲もない道のデコボコした場所に右足がついた途端、右に転倒。
1秒ほど亜脱臼の様な感触の残る間があったのでかなり関節は緩んでいるのだと感じた。
ちょっと憂鬱になる年末年始だった。
by saitoru1960 | 2008-01-04 09:57 | ひとりごと

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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