<   2008年 12月 ( 17 )   > この月の画像一覧

東京マラソンのコース

スタートは新宿都庁。
f0013998_17221274.jpg
10km地点は皇居を過ぎて日比谷公園付近。
f0013998_17222773.jpg
増上寺は13km過ぎ。
f0013998_17224316.jpg
品川の折り返しまで15km。
f0013998_1723181.jpg

by saitoru1960 | 2008-12-30 22:17 | ランニング

増上寺と東京タワー

いつ行ったのかどうかも定かでない。子供たちが行ってみたい、ということで東京タワーを目指した。地図を見ると増上寺が横にある。徳川家の墓があり、篤姫も埋葬されている由緒ある寺。
そして、その前の道は東京マラソンのコースにもなる。
f0013998_1712848.jpg
f0013998_17122353.jpg
f0013998_17123936.jpg
f0013998_17125928.jpg
f0013998_17131313.jpg
f0013998_17134270.jpg
f0013998_17135620.jpg
f0013998_17141136.jpg
f0013998_17142211.jpg

by saitoru1960 | 2008-12-30 20:10 | 家族

クリスイブ

お母さんと一緒に今年はチョコケーキを作成。イチゴもたくさんのせました。チョコは昨日のホテツークリスマスで食べたチョコホンデューの残り。十分でした。
f0013998_2192181.jpg
f0013998_2193366.jpg
f0013998_2194561.jpg
f0013998_2195736.jpg
f0013998_21101635.jpg
f0013998_21102635.jpg
二人ともお願いしたのと違うプレゼントでした。
わかばはマフラーとブックカバー。光はビーストクエストの6冊組みボックスでした。
by saitoru1960 | 2008-12-24 21:10 | 家族

うどんランニング

多分小学校に入る前から参加している須磨区ランニング大会。走り終えるとうどんを食べられる、それだけの理由で参加してきたのだけれど、今年は明生くんと光だけが仲間内での参加となった。
f0013998_14134555.jpg
今年の1月、学校のマラソン大会で井上くんとしゃべりながら走ったことで怒られてから、初めてのレース。
朝のランニングでも、12月に入って始まった業間持久走でも、前向きに走っている様子だったので期待していたが、去年もビリだったので今年も可能性は十分あった。
f0013998_1414137.jpg
スタートしてすぐ、朝走っているスピードとは比べものにならないくらい早いスピードで集団につこうと走っていた光を見て、最後はばてるだろうなあ、と心配していたけれど、最下位ながら、思ったより大きく離されることはなく、がんばってラストスパートもして走っていた。
f0013998_14141565.jpg
f0013998_14143374.jpg
f0013998_14144879.jpg
f0013998_1415699.jpg
f0013998_14151868.jpg
好きな子ばかりが19人参加した中での19位だったので、1月の学校でのマラソン大会はもう少し前のほうでゴールできそうな気配もする。ゴールした後、おいしそうにうどんを食べていた光はほっぺたを赤くして、咳き込んでいた。ごくろうさん!
by saitoru1960 | 2008-12-23 14:16 | 家族

三田ハーフ

最後までスピードを上げて久し振りに走った気がする。
ばててしまっていくら鞭を打っても走れないことはあるけれど、鞭を打てば走れる状態であえて鞭を打って脚を動かした。
脚にダメージがあってもその気になれば鞭を打てるということはしばらくなかった感覚だったので、ゴールをむかえた時の安堵感もその分大きかった。

2003 1’43’24
2004 1’43’38
2005 1’50’35
2006 1’54’17
2007 1’46’52
2008 1’42’58

過去6年間の中では一番走れたことになる。

24’26ー24’13-25’11-24’05ー5’00

去年が、
25’30-25’17-26’00-24’38-5’24
なので、各5kmで1分ずつ早かったような形になった。

でも、あのスピードでは到底42kmは走りきれない。
とりあえず、もっとゆっくりしたスピードで長い時間走れなければゴールは悲惨な結果になる気がする。
by saitoru1960 | 2008-12-21 22:06 | ランニング

かさなる道

東京マラソンの事務局から、「なにか参加するにあたり、エピソードはありませんか」、というメールが届いた。
その日ランニングをし終えたあと、スケジュール帳に残すその日の自分の軌跡を示す数字を眺める心地よさは、本当に久し振りのこと。
ここにいたるまでの気持ちを整理してみると、いろんなことがからんでいるのだな、と改めて思うことができた。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------
かさなる道

関東インカレの場所だった国立競技場には大学時代のタイムカプセルが今も埋まっている。
日本陸上選手権やサッカー日本代表の試合会場としてテレビで目にする時も、フィールドの芝生の上で見た空の青さをふと思い出す瞬間がある。

大学卒業後郷里に戻り、高校教師として陸上競技部員たちと一緒に練習をしながら十種競技を続けた。
いつしか十種競技の限界を感じ、自分の身体を使ってできるものはないかと周りをみると、マラソンを楽しむ同僚がいて一緒に走り始めた。
練習で走る距離が伸びるにつれ、記録も面白いように伸びていき、年を重ねていくうちにフルマラソンから100kmマラソンへとグイグイのめりこんでいった。
のめりこみ方が激しかったぶん、熱はいつしか冷めていった。
100kmマラソンも初めて挑戦する時の準備がもっとも執拗だった。
100kmも2回目、3回目と回を重ねるにつれ記録は落ちていき、あきらかに燃え尽きたように走る意欲が萎えていった。
練習をしなくてはフルマラソンも最後まで走りきることはできず、35kmを過ぎると脚がまともに動かせず、ほとんど歩くような形でのゴールが2年続いた。
40代も半ばを過ぎ、自分の中でのマラソン熱は、走りきれないことの欲求不満を解消するまでの自発的行動をもたらすだけの力はなかった。
マラソンはもう終わりにしよう、45歳が自分のマラソンのゴールなのだとけじめをつけた。

教え子が2人、箱根を走りたいと関東の大学に進んだ。
大きな目標を夢見て過ごす大学の4年間はその後の人生に大切な何かをもたらしてくれている、と練習後のミーティングで聞かされながら育った教え子たちは、同じような夢を重ねたのかもしれなかった。
自分の身体ではなく教え子の身体を借りて、わたしは再び学生陸上の世界に戻った。
種目は違っても、「その日」のために過ごす「今日」の大切さと愛おしさを感じながら過ごす時(とき)は、何物にも変えがたい宝物として彼らの心を満たしていった。
国立競技場ではなく箱根への「道」が彼らの国立競技場となっていくのがよく理解できた。
正月、路上で交わす新年の挨拶は、「おめでとう」ではなく、「がんばれよ」だった。
わたしはタイムカプセルの蓋が少し開いているのをその挨拶の中で感じていた。

2007年、正月2日。
インカレに似た緊張感漂う大手町のビルの谷間で、調子はどうだ、とわたしは新年の挨拶をした。
いつもどおりです、教え子はそう答え、ぺこりとお辞儀をしてウォーミングアップへとむかった。
わたしは瞬間学生アスリートだった。

品川駅前を走る「わたし」は集団の中でいつもどおりの走りをしていた。
鶴見中継所手前。近くにいる観衆が聞くラジオから、集団から○○大学○○が出ました、と「わたし」の名前を呼ぶアナウンサーの声が耳に飛び込んでくる。
もう少しして目の前に現れる「わたし」を、わたしは沿道から背伸びをして探し続けた。
「わたし」の姿が見えた。ひたすら腕を振り、もがき、脚を動かしている。そう、ただ狂ったようにひたすら。

それから2ヶ月。
わたしは雨の中を走る東京マラソンのランナーたちをテレビで見ていた。
もう、マラソンは卒業だと決めたその年、教え子の残像がかさなる箱根への道を走るランナーたちを眺めながら、再び、ごく自然に、走りたい、とわたしは感じていた。
今ならまだ、タイムカプセルの思い出だけを楽しむのではなく、タイムカプセルの中に入れることのできる新しい何かを手にすることができるような気がしていた。

「その日」のために過ごす「今」の心地よさはなんなのだろう。
自分の身体を使って、ただひたすら前に進むだけの行為が、こんなにも説明が難しく、愛おしく感じるのは。
その日のために過ごしながら、その日が近づいてくるにつれ、その日がきて終わってしまうのを避けたいような、避けたくないような、説明の難しい「とき」がそのうちやってくるに違いない。
それもまた、タイムカプセルの蓋が少し開いたせいなのだろう。
f0013998_16195661.jpg

by saitoru1960 | 2008-12-17 05:57 | 陸上競技

旅の窓から見える風景

f0013998_1114479.jpg「おれがいおうとしたのはそれだよ、坊や。窓の外を見たり、なにかほかのものを見るとき、自分がなにを見ているかわかるかい? 自分自身を見ているんだ。ものごとが、美しいとか、ロマンティックだとか、印象的とかに見えるのは、自分自身の中に、美しさや、ロマンスや、感激があるときに限るのだ。目で見ているのは、実は自分の頭の中を見ているのだ」(青田勝訳「シカゴ・ブルース」より)

「旅する力」の第3章「旅を生きる」に、「乗り合いバスの窓から見える風景は自分を映す鏡となる」と名づけられた部分があり、沢木はかつて読んだミステリーの中から上の文章を引用している。
幕末の風雲児、高杉晋作の辞世の句と記憶している「おもしろき こともなき世をおもしろく・・・・」と、どこか結びついてきたりもする。
そう、どんなことでも楽しめるというのは本人の心のもち方にかかっている。

「深夜特急ノート」と副題のついた1冊。
どのようにして深夜特急は作られたのかだけではすまない、奥の深さが随所にちりばめられている。
終わりまで一気に読み進みたいのだけれど、終わりがくると寂しくなる。
ジレンマを感じながら、寸暇を惜しみ読み進んでいる。
by saitoru1960 | 2008-12-13 11:22 |

青い鳥

f0013998_10393751.jpg重松清の映画「その日のまえに」に惹かれ、「青い鳥」を観にいった。
同級生を自殺未遂に追い込んだ同級生の「いじめ」に対するけじめのつけ方。
「罰」ではなく「責任」をとる、という重松。
いろんな場面でうなづき、「そうやな・・」といいながら観つづけた。
今読んでいる北京オリンピックの重松レポートも含め、なんとも心の奥に届いてくる言葉が出てくる。

f0013998_1730477.jpg

園部真一役の本郷奏多(かなた)はこれから出てくるのかもしれない。
f0013998_17394258.jpg

by saitoru1960 | 2008-12-09 17:30 | 映画

ルミナリエ2008

14回目のルミナリエ。昨年は黒字だったということで、「なんだかその分、今年は電飾の数が多いみたいよ」と妻が言っていたので、気にしていたのだけれど、やはり電球の数は多いみたいだった。今までは平面だけだったのが、ところどころ3方向に組まれてあるところにまで電飾が施されていた。
f0013998_6283916.jpg
f0013998_629250.jpg
f0013998_629219.jpg
f0013998_62937100.jpg
f0013998_6295652.jpg
f0013998_6301516.jpg
f0013998_6303319.jpg
f0013998_6304525.jpg

初めて、市役所のエレベーターに乗り、上から眺めてみるとまた趣のある景色が見えた。14階の展望台には1回目からのルミナリエの写真が展示されていて、見ると、衝撃的に記憶している初めてのルミナリエが実にしょぼいものというのが分かる。慣れていく人の心のようで、気を引き締めさせられた。
f0013998_6311223.jpg
f0013998_6312962.jpg

今年の屋台は昨年よりも数が増えていた。看板は神戸市が統一して発注したのか店によって趣向を凝らしたようなものはなかったけれど、今年は「マグロの串焼き」が登場。威勢のいいおっちゃんが「今日しかないでえ」と今日しかこないだろう客を相手にだみ声をとばしていた。
f0013998_631418.jpg

f0013998_6315511.jpg
光のセレクトは「玉子せんべい」。タコせんにソースを塗り、天かすを引っ付ける。その上に半分はソース焼きそば(具なし)、ハート型にしてある目玉焼きを乗せ、最後にマヨネーズで線を引く。これで、300円は安いと思う。「学園祭でこれしよ」という光。「コストパフォーマンスが高いなあ」というと、「おとうさん、コストパフォーマンスってなに?」と質問するわかば。わかばはキャラメル味のクレープをほおばり、わたしは外れのドネルケバブをほおばった。
f0013998_632943.jpg
f0013998_6322050.jpg
f0013998_1737420.jpg



by saitoru1960 | 2008-12-08 06:32 | 休日

クリスマスデコレーション

ルミナリエの夜、元町にはクリスマスがあふれていた。
f0013998_6271677.jpg
f0013998_6272824.jpg
f0013998_6274147.jpg
f0013998_6275460.jpg

by saitoru1960 | 2008-12-08 06:27 | いろいろ

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
プロフィールを見る