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内田樹に説明される

心の中にいつの頃からかある、自分が教師になろうと決めた頃の原点をすっきり説明してくれている文章に出会った。
なんだか、自分が思い続けていたことがこんな風に書かれてあると、勇気づけられた気がして、すっきりした気分になれた。
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~略~
同窓生たちの中には億単位の寄付を遺贈する方が少なくない。
それは別にスーパーリッチな卒業生が多いという意味ではなく、彼女たちが「教育というのは本質的に『教える側の持ち出し』である」ということをご存じだからである。

少女時代の数年間を女学院で過ごした人々が、そこで経験した「教える側の持ち出し」という原事実の重さを、齢を重ねるについて思い知るということがあるからこそ、晩年に至って、「お返し」をしなければならないというふうに考えるのである。

昨日お話しした同窓生の方は大正15年生まれ、私の母と同年であったが、その方が「年を取るにつけて、母校がほんとうにいい学校だったんだなという感がだんだん強くなるんです。ふしぎですね」と言われた。
「贈与を受けた」という原体験をもつ人しか「反対給付の義務」を感じない。

ただ、この「贈与」ということを「価値あるものを受け取った」というふうに解してはならない。
そうではなくて、「どういう価値があるのかよくわからないものを受け取った」というのが「贈与」の本義なのである。

贈与されたものが何を意味するのか、何の役に立つのか、それを知るために、長い時間とさまざまな経験を要するようなもの、そのような贈り物だけが「贈与」の名に値する。

学校教育の目的は、学ぶ側に「十分に努力したので、努力にふさわしいだけの報酬を得た」という合理的な達成感を得させることにあるのではない。

そうではなくて、そこで自分が「求めていた以上のもの」「求めていた以外のもの」を受け取ってしまったのだが、それが何であるかがよくわからないので、それを知るために、そのあと長い時間を生き、さまざまな経験を経巡らなければならなかった・・・という行程の全体をふくむものが教育なのである。

私はよく「卒後教育」という言葉を使う。

もちろん、そんな言葉は教育学の用語には存在しない。

しかし、教育のアウトカムというのがいつどういうかたちで教育を受けた人において物質化するのかは誰にも言うことができない。

卒業後数十年して、臨終の床において、「ああ、なんて幸福な人生だったのであろう。今にして思えば、私が幸福であったのは、はあの学校で学んだことのおかげだった」と述懐した場合、その人において「卒後教育」は臨終の際まで継続していたことになる。

というのも、彼女が受けた教育の「適切さ」は、学校そのものに内在していたのではなく、教育を受けた彼女自身がみずから幸福になることによって、事後的に、実存的なしかたで証明したものだからである。
自分が受けた教育の適切さを、自分自身が愉快に、気分よく人生を送ったという事実によって遡及的に証明すること、それが「卒後教育」というダイナミックなプロセスである。

「卒後教育」の主体は学校ではない。本人である。

これは「自己教育」なのである。

けれども、この自己教育が発動するためには、「自分はいったいこの学校で何を習ったのかがよくわからない」という「謎」が必須なのである。

学んでいるとき、学び終えたときに、自分が何を学んでいるのかを学んでいる側が熟知しているような教育課程では「謎」が生じない。

謎が生じるためには、そこに必ず「求めている以上のもの」「求めている以外のもの」がなければならない。
それが何かを理解するためには、人を愛し、憎み、人を信じ、裏切られ、ものを創り出し、破壊し・・・という長い歳月と経験が必要な、そのような「謎」が学校教育の本質をなしている。

教育の目的はただひとつである。

それは人を成熟に導くことである。

誰も人間を他動的に成熟させることはできない。
人間を成熟させるのは自分自身である。
そのためには主体の側に「成熟しなければならない」という強い決意が必要である。
ひとが「私は成熟しなければならない」と思う理由はひとつしかない、それは「成熟しなければ、理解できないことがある」からである。それが理解したいからである。

教育の「謎」は「どうしてこの人は私にこのようなものを贈与するのか?」という問いのかたちで構造化されている。
もし、その贈与が対価とつりあうものであれば、それはすこしも「謎」ではない。
なるほど、私がこれだけのものを支払ったのだから、これが手渡されたのだなということに納得がいけば、それは「謎」ではない。
それはただの等価交換である。

等価交換をどれほど積み重ねても人は成熟しない。
「私が今使っている価値の度量衡では計測できない価値」について知りたいと思うことはない。
私たちは、「それが何を意味するのかが、今の私には理解できない贈り物」が手渡されたときにのみ、その意味を解明するためには「成熟しなければならない」と思い始める。

教育はだから「教える側がまず贈り物をする」ところからしか始まらない。
教育を市場の言葉で語ることが虚しいのは、凡庸なビジネスマンたちはまず「ニーズ」が存在し、それに対して「サプライ」があるという継時的なかたちでしか需給関係を構想できないからである。

真に優れたビジネスマンは、経済活動においてさえ、その本質は「贈与」にあることを知っている。
「最初の一撃」はつねに「なんだかよくわからないものの贈与」としてしか始まらない。

あるいは、「なんだかよくわからないものを贈与された」という自覚(または勘違い)からしか始まらない。
そこから交換が始まる。

反対給付を動機づけるのは、「贈与された」という事実ではない。「なんだかわからないものを贈与された」という事実なのである。
by saitoru1960 | 2009-10-27 21:15 | ドキリとしたこと

ブータンの染物教室

JICA兵庫であった染物教室。講師はこの3月までブータンでシニアとして働いていた方。材料は、綿布、うこん、とみょうばん。
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by saitoru1960 | 2009-10-21 21:24 | アジア

きんもくせい

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3、4日くらい前から、朝ジェームス山自動車学校あたりを走るとき、きんもくせいの匂いが漂ってくるようになった。
毎年10月の初めは残暑の中体育大会をおこない、終わって駅伝の神戸市大会に向けつめていくと、いつの間にか季節は秋になってしまう。
駅伝が終わると、職員会議で人事異動の話が校長から告げられ、来年に向けた冬のシーズンがまたスタートすることになる。

わかばが受験のため、今年は入試業務はパス。
400名近い教師が「説諭」という処分を受けての入試業務なので、いつもと違ってどんな雰囲気になるのか気になるところだけれど、まあ仕方ない。早めに家に帰らせてもらおう。

総務部の仕事は組織の中で必要で大切な部署ではあるけれど、この先ずっとこればかりしなければんらない、となると、まだずっと後でやってもいい仕事だと思う。
自分にはまだ、現場で、変化していく生徒たちと一緒に、あーだこーだいいながら過ごす時間のほうが魅力的に感じる。
来年で残り10年と考えると、あと何回担任ができるのだろうか。
by saitoru1960 | 2009-10-17 16:16 | いろいろ

東京マラソン2010

去年は当日の午前中に当選結果が届いたので、今年もチラチラ気にして見ていたが、なかなかメールは届かなかった。
今年はだめだったか、と少しだけ覚悟をしていたら、夜の10時過ぎに当選メールが届いた。
清水、石井、柾木、それぞれに、どうだったと、メールを送ったが、みんなだめだったと連絡をくれた。
そんな中、久田が「当選」。
一緒に行けたら楽しくなるけれど、久田のランニング仲間の結果待ちでどうなることか。

考えてみたら、去年より1か月早いレースのため、準備もそれに合わせ早めなければならない。
10日に21kmを走り、去年よりも早くハーフの距離を走れたな、と思っていたけれど、来月はもう30kmを走らなければ去年の準備ペースからずれることになってくる。
さあ、いよいよだ。
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by saitoru1960 | 2009-10-15 15:12 | ランニング

インフルエンザと駅伝

クラスに10~15%のインフルエンザ感染の疑いのある生徒が出れば、学級閉鎖。
学年に2クラス学級閉鎖が出ると、学年が閉鎖となる。
そして、2学年にわたって学年閉鎖が出ると休校。
学級閉鎖のクラスの生徒は部活動に参加はできないし、対外試合に出ることももちろん禁止になる。
今年、春のインフルエンザの猛威は学校教育活動に様々な影響は及ぼし、自分自身にいろんなことを考えるきっかけをくれた。

県の委員長をしている高校の生徒たちが学校外の競技場に集まり、部長が出した指示に従い練習をおこなっていたということで、委員長が校長会で厳しく指導を受けた、という事実もあるほど、春には「教育における部活動の意義」をいろいろ考えた。
顧問は部活動で生徒たちに何を教えようとしているのか。
ひょっとすると、顧問自身の欲望のために生徒を使っているのではないかと、とらえられるような醜態も見え隠れした。
勝つためならば、ルールは関係ない、とする指導者の姿勢を、純粋な子供たちは鋭く感じているはずである。

学校に登校できず、みんなと一緒に、いつものように練習ができない。
でも、大切な試合当日は、刻一刻と近づいてくる。
練習内容も自分で考えなければならず、どんな風に練習を組まなくてはいけないかも自分で考えなければならない。ひょっとすると、悩んだ挙句、電話をかけてくる生徒がいるかもしれない。

「自分で考えなさい」

1年生が、今日で7日間、部活ができずに過ごしたことになる。
先週土曜日の試走もできず、この1週間どんな時間を過ごしたことか知る由もない。
まったくの自由な時間の中で、体調や勉強、そして駅伝のための走る練習をどんな風に考えることができたのか、つまるところは、これまでの時間の中で、自分が生徒たちに何を教えることができたのか、が問われるということになるのだ。

明日から、今度は2年生が1週間の学年閉鎖。

まとまって練習できない今年の部活動は、ある意味、今までで一番面白いものになっているかもしれない。
by saitoru1960 | 2009-10-14 14:37 | いろいろ

液晶テレビ購入

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TOSHIBAのREGZA:32C8000を8万円ちょっきりで購入。
実家のと2台買うと思うんだけど、というと、じゃあ、と8万2千円が8万円ポッキリになった。
でも、結局母は「やっぱりテレビはナショナルじゃないと・・」ということでふりだしに戻ることになるかと思いきや、「でも、8万ちょうどでいいです」ということになり、K’Sデンキは偉かった!
いろいろ考えてみると、K'Sデンキのお客さん対応はコジマやヤマダとかよりも丁寧な気がする。

液晶画面でのサッカーなどスポーツ中継のきれいさは、なんともすごいのひとこと。
もう、昔には戻れないのだな。
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by saitoru1960 | 2009-10-11 14:56 | いろいろ

最後の花谷運動会

インフルエンザで流れ流れて、最後の運動会は3学年ごとの開催という超変則的なものとなった。
校外活動や学年閉鎖の中で、5・6・1・年生が9日(金)、2・3・4年生が13日(火)に実施とかなり気の抜けた運動会になるはずだった
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今まで、朝の7時前に南門のところで並び、場所取りをしていたのも最後になるなと思いながらいたのに、その必要もなくなり、まして、平日開催で見ることもできないな、とあきらめていた。
夏休みから組み体操の練習をし、苦手なブリッジも克服しながらの準備だったので見たい気持ちは山々だったけれど、仕方がない。
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と、思っていたら、自分の学校にインフルエンザの生徒が増え、学年閉鎖になってしまい、午前11時まで空きの時間ができた。
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6年生は、リレー、組体操、騎馬戦と3つ演技があったのだけれど、なんとかリレーと組体操は見ることができ最後の運動会は終わった。
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残った3学年のうち、当時学校に残っていたのはたった1クラスだけ。
羨ましそうに、大きな音楽が鳴り続ける運動場を窓から羨ましそうに眺めているのだった。
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by saitoru1960 | 2009-10-09 19:03 | 家族

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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