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半世紀

オレンジの味がうっすらついたザッハ。ろうそくは大五本。
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by saitoru1960 | 2010-04-26 22:38 | 家族

おもしろき

「おもしろき こともなき世を おもしろく」

世に棲む日日完読。
数年ぶりに読んで、忘れていたことを思い出したり、新たに発見したり、新鮮に読み進めた。
やはり一度長州の地を訪ねてみたい。

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by saitoru1960 | 2010-04-26 21:01 | 物語

日本人にとっての外国:「世に棲む日日」より

上海にて
 文久2年の初夏、高杉晋作は海を渡って上海へ「洋行」した。
 当時の日本人にとって、驚天動地といっていいほどの重大事件である。
 日本人にとって、遣唐使の上古から二十世紀にいたるまで、洋行というのはそれ自体が異変であり続けている。個人がそれによって大衝撃を受け、思想が一変し、ときには一国の文化が変化した。遠く最澄と空海が唐へ行ったがために日本の文化状況が一変したことでもわかるであろう。これほど洋行ということが重大な意味をもった国・民族は、おそらく地球上のどこにもない。
 日本は自然環境として、世界の中での閉鎖社会をかたちづくっている。しかも単一民族で言語や生活環境を異にし、そのくせジャワ人やセイロン人とはちがい、強烈な好奇心を民族的特徴としているために、海のかなたになにか珍奇なものや、自国にはない巨大な真理があるとおもいつづけてきている。それが何かの機会に「洋行」し、現実にそういう、自国とはちがった系列の文明に接したとき、衝撃をうける。古来、日本人が外国文明をその目で見たとき、たれひとり平静でありえたことがなかった。自己嫌悪か、さもなくば狂おしいばかりの自己肯定か、さらには相手文明に対する礼讃か、恐怖。そういう極端な心理を経ずに接することができなかった。

壇ノ浦
かれら三人にすれば、変節したのではなかった。このまわりを海でとざされた閉鎖国家のなかで、この三人だけが外界を見てしまったのである。晋作は上海で西洋文明を見、他の二人(注:井上・伊藤)は本場で西洋文明を見た。
「外国を見た」
 というだけで、いままでの幻想も思想も一変するという日本人のひとつの典型を、この三人はみずからの身で実験した。
(文庫本3巻P180)
by saitoru1960 | 2010-04-22 05:59 | 物語

普天間

●韓国の李明博大統領は19日朝、哨戒艦「天安」の沈没を巡って国民向けのラジオ・インターネット放送を行い、「大統領として沈没原因を最後までつぶさに明らかにする。その結果に対し、一寸も揺るぎなく断固として対処する」と語った。

また、金泰栄(キム・テヨン)国防相は19日の国会答弁で、機雷か魚雷による沈没の可能性を問う質問に「現時点での推定では、その可能性が非常に高いとみている」と語った。

      
★普天間基地に駐留するのは米海兵隊。
海兵隊は旧日本軍の「海軍陸戦隊」に当たり、海軍の揚陸艦に乗り組み上陸作戦に当たる。つまり、攻撃のための軍隊だ。日本を守るための防衛戦力とは全く異なる。

米海兵隊が日本に存在するのは、朝鮮半島の有事に備えるため。
つまり、北朝鮮攻撃のための部隊である事は、カールーチ元国防次官が議会で証言している。
日本の安全保障とも、米国の安全保障、すなわち相互自衛とも関係ない。

ドイツも安全保障条約に則って米軍を駐留させているが、海兵隊などおらず、駐留費も2割を負担しているに過ぎない。海兵隊を駐留させている国は日本しかないのだ。

しかも、日本は日本を守るためとは全く異なる軍である海兵隊の駐留費を含め、米軍駐留費用の8割も税金で支払っている。

すなわち、日本は、防衛とは関係のない海兵隊は国外に出てゆけと言い国外退去の合意も出来ているのだから、お金を支払う必要もなく退去通知を出せるのだ。
しかし、それは不可能となってきた。

2002年にブッシュ米大統領が、安全保障の概念を変えて「アメリカは予防のための戦争が出来る」とした。もし、他国に攻撃の兆しがあれば、それを武力で叩く事は正当化されるとした。 
2005年の小泉政権時代に改訂された日米安全保障条約は画期的なものとなった。「国際安全保障環境の改善のために共同して軍事力を使う」と言う概念が入った。

もし、北朝鮮のミサイル発射とか、魚雷の発射があれば、それは改善しなければいけない国際安全保障環境の変化となる。
つまり、今、朝鮮半島で有事があれば、そして上記記事の通りかなり可能性が出てきたが、米韓軍事同盟に則って米韓は共同で軍事行動を採り、普天間基地から攻撃に向かう。
同時に、日本も日米軍事同盟に則って共同して戦闘する義務を負う。

つまり、李明博大統領の断固たる処置によっては、即、日本が戦争状態に陥る可能性が高い。少なくとも敵国は日本も攻撃対象戦場とみる。冗談ではない事実だ。
by saitoru1960 | 2010-04-20 15:37 | いろいろ

懐かしい場所は

新しい建物。
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昔はなかったきれいに整備された憩いの場所。
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グラウンドへ続く道も昔と変わり、階段を曲がりながら走って駆け上がるということはできない。
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この桜の木はあったのかどうか記憶がない。
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井上はどんな気持でこの記念碑を見るのだろうか。
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きれいすぎる景色。
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原点となる場所。
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横断歩道下の家はなくなろうとしていた。
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桜が生える景色。でも、昔の記憶にこの景色はない。
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by saitoru1960 | 2010-04-08 19:56 | いろいろ

入学式

新しい校舎に想い出を探し出すことはできなかった。
昔、厚いコンクリートだったように記憶している壁はなく、きれいだけれどなんだか薄っぺらく感じた。
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高校の入学式、自分が映っている写真の記憶もない。父か母と一緒に行ったのかさえも。講堂で行われた式。音楽部の校歌披露があり、そのあと校歌斉唱となった。3番を歌っているとき、声が震えはじめ、目に涙が滲んできた。なんの琴線にふれたのか。長い時間をかけて出来上がった長田高校への思いがあったのだと気づかされた。
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光はマンション前の桜の木の下で写真を撮ると、一人で先に中学校へむかう。新しい先生は、大学を出たばかりの庄(しょう)先生。家に帰ってきて、楽しそうにいろいろ話してくれた。
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最近よく一緒に行動している4人。バスケット仲間になるのかな。
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少しずつ大きくなっていく少年。
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by saitoru1960 | 2010-04-08 19:43 | 家族

8年続いた朝の親子タイムが終了

5時40分に起こし、55分頃に清水谷公園へ。月曜日から金曜日まで。雨が降ったらロビー階で走った。
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最後の頃のメニューは、月水ー短距離、火ーバットの素振り50回、木ーキャッチボール50球、金ー長距離。
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短距離の時は、片足もも上げ左右、両足もも上げ、スキップからラン、スタンディングのダッシュ、そして、父との40m競走1本、最後に階段ダッシュ。階段ダッシュのベストは3”49だった。背が伸び始めると面白いことに階段ダッシュの記録は落ちていった。
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初めのころ、ヌメリ石の住宅街を走っていた長距離は、マンション玄関から獅子堀橋のバス停までの1kmへと距離が延びた。今年に入ってぐんぐん記録が伸びてきて、2008年8月27日、初めて走った日の記録8’28は2010年3月19日、5’08まで縮まった。
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ソフトボールを始めたころから始めたキャッチボール。最初のころは取り損ねばかりだったけど、これも上手になった。もう一緒にキャッチボールをすることはないかもしれない。でも、まだしばらくは誘ったらしてくれるかな。
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by saitoru1960 | 2010-04-08 19:28 | 家族

15年近く続いている花見

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奥須磨公園のいつもの場所で。
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いつもの5家族が揃う。
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瀧本が北区の酒屋で仕入れてきた懐かしの栗焼酎。
by saitoru1960 | 2010-04-06 05:39 | 休日

16歳

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次第に話をしなくなる年頃になってくる。
by saitoru1960 | 2010-04-02 05:34 | 家族

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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