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1年6カ月の時間

わかばがバスケ部を辞めた。

去年の3月8日に太山寺での練習試合で痛め、14日に益子整形で前十字靱帯が切れていることを告げられた。
26日、神大病院で検診を受けるとそれに左膝外側の半月板損傷も見つかる。
前十字靱帯の接合手術は3週間の入院をしなければならないということで、半月板だけを取りごまかしながらバスケットをする道を選んだ。
28日、海星病院で約1時間、半月板だけの手術を行い、2cmの切れ端を除去。1泊2日の入院。
退院後、益子さんへ通いリハビリの日々が始まる。
6月、3か月ぶりにコートに立った須磨区総体。
7月、2回戦夢野中相手の4ピリ8分間フル出場。得点2。そして、出ることもなく終わった3回戦対井吹台。
8月7日、神大病院で前十字靱帯の手術。19日間の入院。リハビリの日々。
9月、サポーターをつけた膝で指揮台に立った体育大会。

時間の経過とともに、左上がりで回復していくはずの左膝は、時に腫れ、時に痛み、わかばの心を憂鬱にさせた。
末石のラストランの雄姿を心のよりどころとしていた自分は、思い描いたように回復してこないことに苛立つよりも「いつかは必ず」と、信じ続けるしか術はなかった。

高校入学。わかばはバスケ部を選んだ。別の選択肢がなかったわけでもないだろうけれど、バスケを選ばざるを得なかったのかもしれない。自分のためになのか、親のためになのか。
でも、体育館の中でコートに立つよりも片隅で一人リハビリをする時間のほうが長かった。
総体後、1万本のシュートが課された。
ただ打つだけの1万本は、わかばにとって唯一他の仲間と一緒にできる共通の練習だった。
膝は痛んだけれど充実感のある時間が、早朝に昼休みに体育館のコートで過ぎていった。
1万本のシュートが終わった日、ひとつの区切りを迎えたわかばはすっきりした顔をしていた。
夏の合宿に向け、膝の痛みを抱えながらも前進していけるような期待を、一万本のシュートを打った時間に感じていたのかもしれない。
夏合宿。帰ってきたとき、「けっこうやれた。前よりも確実にうまくなってる」と話す顔は、ちゃんと練習できなくてこころ沈んで帰ってきたのではないか、という心配を振り払ってくれた。
いい方向に向き始めたのではないか、とターニングポイントになりそうな瞬間だった。

8月7日。1年たっての抜鋲手術が終わった。新須磨病院に泊まった夜、神戸は花火大会だった。
これで、手術はすべて終了。7月に、ひょっとすると痛みの原因かもしれないといわれていた、「靱帯接合部のもやもやしたものも取りましたよ」、ということばは、もうこれ以上できることはありません、という宣告と同じだった。
腫れは続き、痛みは消えなかった。

昨日、内山先生に退部することを話しに行き、女バスの仲間達にも辞めることを告げた。
「いいともだちばっかりや」と話してくれたわかば。

長かった時間にピリオドが打たれた。
また新しい時間が始まる。
by saitoru1960 | 2010-09-28 05:43 | 家族

中1の体育大会

1-3入場!
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光が係で作り上げた学級旗。いい出来でした。
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猫背
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オオムカデは残念ながら2位。でも楽しそうだった。
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3組の1走はサイトウくん。手をあげてこたえるひかり。
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よ~い。
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しょう先生がトップでコーナーをとる。
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旗を振って男女混合スウェーデンを応援。アンカーの400mはなんと女子。
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昼の最初は部行進。
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校庭で勢ぞろい。
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部対抗リレーを応援。
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男バスは剣道部にぶつかってけつから2番目。
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組み体操始まる。
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二人組。
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じゅんちゃんは突然鼻血に襲われ、流血のまま組み体操を行う。
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三段タワーも成功。
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動くピラミッドも安定していました。
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by saitoru1960 | 2010-09-22 05:35 | 家族

えぐざいる

ユニバで2日間行われたコンサート。
「会場に持ち込めるのは水だけです」と看板のある近くに置いてある、えぐざいる居酒屋販売のペットボトルは一本500円。
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by saitoru1960 | 2010-09-19 22:26 | いろいろ

竹矢来(たけやらい・実話):嶋田ギャラリーメルマガより

岡山県上房郡 山村の五月
時ならぬエンジンの音がこだました。
運転するのは憲兵下士官 サイドカーには憲兵大尉
行く先は村役場

居丈高に怒鳴る大尉の前に
村長と徴兵係とが土下座していた。
「貴様ら!責任をどう取るのか!」

老村長の額から首筋に脂汗が浮き
徴兵係は断末魔のようにケイレンした。

大尉は二人の案内で一軒の家に入った。
「川上総一の父は貴様か! この国賊めが!」
父にも母にも祖父にも何のことか解らなかった。
やっと理解できた時、三人はその場に崩れた。

総一は入隊一ヶ月で脱走した。
連隊捜索の三日を過ぎ事件は憲兵隊に移された。
憲兵の捜索網は二日目に追い詰めた。

断崖から身を躍らせて総一は自殺した。
勝ち誇った憲兵大尉は全員を睨み回して怒鳴った。

「貴様らこの始末をどう付けて
天皇陛下にお詫びするかっ!」

不安げに覗き込む村人を
ジロっとにらんだ大尉が一喝した。
貴様らも同罪だっ!」戦慄が村中を突き抜けた。

翌朝 青年団総出の作業が始まった。
裏山から伐り出された孟宗竹で
家の周囲に竹矢来が組まれた。

その外側に掛けられた大きな木札に
墨痕鮮やかに『国賊の家』

「あの子に罪や無え 兵隊にゃ向かん優しい子に育ててしもうた 
ウチが悪かったんじゃ」
母の頬を涙が濡らした。

「ワシャ長生きし過ぎた 戦争さえおこらにゃ乙種の男まで 
兵隊に取られるこたあなかった」
日露戦争に参加した祖父が嘆いた。

「これじゃ学校に行けんがナ」
当惑する弟の昭二に母親は答えられなかった。
「友達も迎えに来るケン」
父親が呻くように言った。
「お前にゃもう学校も友達もねえ わしらには村も国ものうなった」
納得しない昭二が竹矢来に近づいた時
昨日までの友達の投げる小石が飛んだ。
「国賊の子」 女の先生がそっと顔を伏せて去った。

村役場で接待を受けていた大尉は
竹矢来の完成報告を満足して受けた。

「よし帰るぞ お前ら田舎もんは知るまいから おれが書いといてやった。
あとは署名だけで済む」
彼は一枚の便箋を残して引き揚げた。

一読した村長は顔色が変わったが、黙って懐に入れ、
夜更けてから 竹矢来の家を訪れた。

三日後川上家一同の死が確認された。
昭二少年の首には
母の最後の愛か正絹の帯揚げが巻かれていた。

梁から下がった三人の中央は父親、
大きく見開かれたままの彼の目は、欄間に掛けられた天皇皇后の写真をにらみつけていた。

三人の足元に置かれた便せんの遺書に
「不忠の子を育てました罪 一家一族の死を以って天皇陛下にお詫びします」

村長は一家の戸籍謄本を焼却処分した。

村には不忠の非国民はいなかった。
(憲法九条の会・岩岡 ニュース第38号より)
by saitoru1960 | 2010-09-17 05:05 | いろいろ

絵はがき

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「ひとり立つ」から「歩く人」へ、「鳥」も集まって空を飛び、
「女神」も一人から「二人」へと、石井さんの世界が広がりました。
長い孤独の時と測りあった女神たちが、今、充実した時の往くままに、
多様な表情を持ち始めているのです。

「絵の家のほとりから」あとがき
by saitoru1960 | 2010-09-16 05:51 | いろいろ

絵画への造詣

待ち遠しかった石井さんの展覧会に行ってきた。昨日が初日だったので、さぞかし混んでいるかと思っていたけれど、日曜日の午後3時半は穴場だったのか、ゆっくり見ることができた。
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石井さんは、静かでおべんちゃらとは無関係な、必要なことしかしゃべらない人、のような印象だった。
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今読んでいる街場の現代思想(内田樹)の中において「文化資本」ということばで説明されている「プチ文化資本家」(自分のこと)にとっては、なかなか奥の深いものが絵画の世界にはある。
でも、絵画には見る人の心が現れるというように、絵を描いた本人と、見る人の心がシンクロした場合にはきっと、本人も訳もわからない涙がこぼれるのであろう。
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「ガッシュ」という種類も石井さんの絵を通じて初めて知った技法なのだけれど、なんとも不思議な描き方だった。
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by saitoru1960 | 2010-09-12 18:05 | いろいろ

プール

f0013998_13302353.jpg試走の後、時間があったので、映画でも見ようとゲオにより、「プール」を借りた。
「カモメ食堂」はヘルシンキだったが、「プール」の舞台はチェンマイ。
アジアの時間が流れ、懐かしく映像を眺めていた。
映画の中の、セリフのない「間(ま)」がなんともよかった。
映像だけで1カットがお終いというようなシーンも出てくる。
小林聡美、もたいまさこのラインに加瀬亮もおなじような波長で加わっていていい味が出ていた。

チェンマイのゲストハウスで働く加瀬亮。
一人の大人として働くということを考えるとき、光が加瀬亮と同じように、異国で一人働くということもなくはないのだな、と思い、それはそれでいいのではないか、と考えることもできた。
親として心配はしても、自分の人生を進んでいくのは自分。
自分でやりがいを感じて働くのであれば、どこで何をしたとしても親としては応援するのだと思う。

わかばと光のこれからの3年間、6年間は、親には測り知ることができない複雑な思いが混ざりあい、そこから何か答えを見つけ出していくのだろうな。
自分がかつて通ったように。
by saitoru1960 | 2010-09-11 14:05 | 映画

8月までの走行距離

今年の夏は去年よりも変化のない日程だった。
その分走行距離は去年よりも増えた。ただ、午後の早い時間、日光を浴びると板宿までが限度。
朝と午後でトータル10kmがいいところだった。

1月:382km(前年比+16)
2月:322km(-8)
3月:227km(-113)
4月:229km(-58)
5月:295km(-10)
6月:308km(+56)
7月:312km(+67)
8月:270km(+109)

トータル:2345km(+56)<293km@月:8月現在>
ちなみに、2009年の月間走行距離の平均は、299km。
今年は月平均300km超えで東京マラソンを迎えたい。
by saitoru1960 | 2010-09-01 20:10 | ランニング

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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