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なでしこリーグ初観戦

入場料無料。観衆は21000人。「30000人の入場制限をします」と地下鉄の駅には書かれてあったけれど、ゴールの裏側には空席が目立つ状態だった。試合前の練習の時、バック席に観客にあいさつするアイナック神戸レオネッサ。
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電光掲示のスクリーンも使い慣れていない雰囲気は漂う。今までの試合の様子はどんなだったのだろう。
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入場時のメディアの数もやはり尋常ではないのだろう。
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相手は宮間あやのいる岡山湯郷ベル。
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先制は湯郷。レオネッサはここまで無失点試合を更新していたが、初の失点となる。試合自体は、男子に比べると見劣りがするのかな、と思っていたけれど、眠たくなることもなく最後まで見続けることができた。ただ、2チームの力の差は明確だった気がする。
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澤選手には数々の表彰が。
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ピッチを出てからも取材は続いていた。
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by saitoru1960 | 2011-07-31 20:17 | スポーツ

大ドッキリカメラ作戦(平成2年5月1日号)

その夜、我々は空港島へ向かう船の上で、“大ドッキリカメラ作戦”の3大綱、
①とにかく、放っといて空港での行動を観察する、
②とにかく、マーレ島行きの船に乗るよううまく誘導する(この時、会話はディベヒ語か英語のみ。もちろんわたしは顔を見せない)、
③とにかく、夜半のマーレ島でいかにしてどこに行こうとするか観察する、という「3とにかく」を再確認して、それぞれニヤニヤわくわくしていたのであった。

「○日にシンガポール航空で行こうと思うので返事ください」
と、41回生畑本から突然の手紙が届いたのは、その○日の5日前であった。
「5日前で日本に返事が届くとでも思っとんかい!」
と、怒気と唖然が混ざった声を発し、他の隊員と共謀し、この“大ドッキリカメラ作戦”で畑本をはめる計画を企てたのである。

畑本の初の海外旅行一人旅というのは、“パックツアー何から何までお世話します”というもではなく、航空券だけ購入し、後入っての出たとこ勝負という実に若者らしい旅の形で、そこに最初から「えーーい!どうだあ」と先制パンチを食らわしてやろうというのが、「かわいいこには旅をさせよ」と確信しているわたしの作戦。
他の協力隊員6名も加わり、夜中の1時過ぎ、その作戦はスタートしたのであった。

今でこそ、わたしも少々の度胸とはったりが身についているけれど、ここに来る1年と9カ月前は、英語をしゃべるなんてとんでもない、という人種だったのである。

それを思うと、畑本の心境がうかがい知れるのだが、かわいい子には旅をさせよ、なのである。
入国ロビーでは出迎えに来ているはずのわたしの姿をキョロキョロウロウロ探し続け、来ていないとあきらめた時の何とも言えない絶望した表情。

空港はこの後閉まってしまうので、畑本は荷物を抱きかかえながら、船着き場の方に向かう人たちの群れにひっついて動き出したのだった。マーレに向かう船の乗り場。自分の後ろにウヒョウヒョ顔で喜びを満面に浮かべている謎の日本人7人がついてきているとは露とも知らない畑本であった。

第1幕の開演である。
英語を話す怪しい東洋人A(協力隊員)が、どこに行くんだ?、お金は持っているか?などと少々ジャブも入れながら、畑本に話しかけた。「マーレ」という言葉を話す畑本に、「オーケー、オーケー、船乗り場はこっちだ」と声をかけ、マーレ行きの船乗り場の方へ誘導した。じゃあ、とだけ言い捨て、怪しい東洋人Aは船着き場から遠ざかった。

畑本はマーレ行きの船に乗り、ザワザワしながら我々も船に乗り込んだ。まわりは浅黒い顔の多くのモルディブ人に、事情を知ってニヤニヤしているイタリア男、日本人に似ている日本語をしゃべらない謎の東洋人8人。
畑本の荷物をもつ手には自然に力が入り、船の艫にたち顔を隠しているわたしには気づくこともできなかった。

午前2時前のマーレ島は船着き場こそ人が多少いるものの、もう人々はとっくに眠っている時間帯である。
船から降りた怪しい東洋人たちはバラバラに町中に消え、角を曲がるとこっそり隠れて畑本の動向を探っているのだった。

一人ポツンと残された畑本は、自分がこの未知なる場所で立った一人ぼっちになってしまったことに失念すると、肩を落とししばし時間をやり過ぎると周りを見渡し、船着き場にたまたま残っていたタクシーに近づくと、コツコツと窓ガラスをたたいた。
畑本はバックの中から一枚のはがきを取りだすと、タクシーのおっちゃんにはがきを見せたのだ。

やるではないか!、と思いながらも、わたしの住所は「私書箱○○号」の私書箱留だったので、おっちゃんは首をふり、畑本の最後の小さな希望の火は吹き消されたのだった。
どうすればいいのだ、という心の中が手に取るようにわかる狼狽の姿。

ようやく、ここで第2幕は開けるのである。
怪しい東洋人B:「エイ、キヒネビ?(ディベヒ語で「おい、どうしたんだ?」)」、
畑本:「ジスイズ ポストカード。マイティーチャーズ アドレス」、
怪しい東洋人B:「オーケー、オーケー。レッツゴー。カム」
畑本:「サンキュー。サンキューベリーマッチ!」
と、東洋人Bは、畑本を薄暗く細い道ばかりを選びわざと遠回りをしながら案内し、協力隊員の集会所へと連れて行った。

東洋人Bは集会所のドアのカギを勝手に開け、誰もいない部屋に電気を点けた。そして、「ヒア」と言うと、畑本だけを残し「バーイ」と手を振って集会所を出て行ったのだった。
残されたのは畑本一人だけ。

さあ、いよいよ第3幕の開演。
怪しい東洋人オールキャストの登場である。
一人の時間を2、3分過ごした後、その畑本めがけて、一人また一人と謎の東洋人達が集会所の中に突入し、ディベヒ語や英語で、なんでお前はこんな時間にこんな場所に一人でいるんだ、というような口調で攻めに攻め続ける。

並みの人間にはたまったものではない。それこそ怖くておしっこをちびってもおかしくはない状況である。
外にいて、最終演にスタンバイしているわたしの耳に、「アイアム コウベこうこう・・・、コウベハイスクール スチューデンツ」なる支離滅裂な言葉も聞こえてくる。よし、登場だあ!

「エーイ、ハタモト キークラニー(何してるん?)」
とディベヒ語をしゃべりながら、畑本の目の前にわたしは姿を現した。
一気に気が抜けて、ヘナヘナとなるかと思いきや、まだ畑本は、支離滅裂な英語をしゃべり続けている。
「は・た・も・と、おれやおれ!!」
「・・せんせい~~~~~~~~~」

この先制パンチのおかげもあってか、その後の畑本のモルディブでの日々は、普通の観光客は到底体験できないようなものになった。
ちょうど開催されたハーフマラソンを下着のパンツで走り切り、ディベヒ語をしゃべってローカル食堂で手でカレーを食べ、自分で釣りあげた70cmものヒラアジを焚火で丸焼きにして食べたりもした。
かわいい子には旅をさせよ。いい言葉である。
by saitoru1960 | 2011-07-22 15:47 | 物語

旅日記よりPARTⅠ(平成元年12月22日号)

パキスタン・ラホール。南アジアと言えばどこの国ぐにを思い浮かべるであろうか。インドを中心にパキスタン、バングラデシュ、ネパール、ブータン、スリランカ、モルディブの7か国が南アジアの国となるのである。(地図帳、地図帳!)

二年に一度、南アジア大会というのがあり、今年はパキスタンの首都イスラマバードがその開催地。数々の種目があるのだが、モルディブからはサッカーと陸上、水泳の3種目に参加。海でしか泳いだことのない水泳選手1名はコーチとともにインドへプールでの練習に旅立ち、サッカーと陸上はイスラマバードの隣町ラホールに合宿と称して早々に出かけたのであった。

出発前、全く予備知識のなかったわたしはこれではせっかく行くのにもったいない。さてどんなところかと本を探したがよくわからん。モヘンジョダロのあるインダス文明発祥の地ということぐらいがわかり、ウーム、インダス文明か・・、世界史の教科書最初の頃の話なのだなあ、それはすごいなあと少々運命の不思議さみたいなものに感心したりしたのであった。

しかしながら、モヘンジョダロは神戸と鹿児島よりも離れているので、鹿児島にも行ったことのない私はそう簡単にモヘンジョダロへも行けないのであった。とにもかくにも合宿で来ているのである。

バスから見るラホールの町は圧倒的爆発的に迫力に満ちた阿鼻叫喚喧騒渦巻く混沌の世界であった。
馬車、牛車、ロバ車、から始まり、犬、猫、牛馬、ろば、ヤギ、駱駝、老婆、成人、青年、子供、赤ん坊などが、キンキラキンに飾ったでかいバス、「ニコニコのり」と後ろに書いてある日本の中古車、三輪スクーター、ヤマハのバイク自転車、人力車なんかと一緒くたに道に溢れ、土埃や乾燥した牛糞埃なんかを巻き上げているのである。

日本の、チャラチャラ着飾って「やっぱり料理はフランス料理よねえ」などとのたまう女性が目のあたりにしたら、ウゲッと叫んで卒倒しかねない様相である。しかしながら、そんな中でもラホールの人々は元気にニコニコ買い物をしたり道端に座ってザクロを食べたり牛乳を飲んだりしているのである。感動であった。とにかく逞しいのである。

見た目がきれいでないと野菜も果物も売れないという今の日本と較べること自体がおかしいのだが、本当の生きる逞しさというのはこういう人たちが持っているのではないかと実感してしまったのであった。

バスの中にギャンギャン響き渡るヒンディー音楽を聴きながら窓の外を眺めていると、時々道のわきに土が変な形に盛り上がっている個所が現れる。注意して目を凝らしてみると、なんとなくその大きさが人のサイズで、ある所に固まって見られる。
隣に座るモルディブ選手に尋ねると、「あれは、墓だ」と答えてくれた。道路工事か何かの様に見える程度に土が盛ってあるだけの形は、その下に静かに横たわっているかつては生きていた人の大きさが判明でき、夜には決して一人では歩くことのできない薄気味悪いものであった。

この後、公衆便所の小便器になぜかじょうろの置いてあるクウェート、道端でサリーを着た女性が素手で牛のうんこをこねて丸く伸ばし、道路一面に乾かしているインドの、さまざまな物を見ながらわたしの試合の旅は延々50日間も続いたのであった。

モルディブ新記録が6つも生まれた試合ツアーも、単に試合で走ったということだけでなく、小さな島から飛び出し、広い世界を体験できたことも含めて、モルディブの若者には有意義な旅だった。
by saitoru1960 | 2011-07-22 15:44 | 物語

コーラン待ち遠し(平成元年7月20日号)

中学校の修学旅行で東京に行った時、そうあれはもう14年も前の秋である。
東京タワー、国会議事堂など、お決まりの東京観光コースを回ったその夜、我々が泊ったのは、山手線沿いの青少年会館とかいう少々薄汚れたホテルであった。

東京タワーよりはバスの中、国会議事堂よりは旅館の部屋の方が我々には魅力ある充実の時だったのだが、その青少年会館の八畳間に入った時も、疲れた様子は微塵もなく、逆に目はランランとしていたのであった。
窓からの景色に、
「おい、東京の電車って黄色いねな」とか、斜め下方にある女子部屋を見つけ、「うげー」と叫んでいる者もいたりして、それぞれ若干の興奮状態にあり、「早くめし、めし!」などとてんでバラバラな会話を交わしていたのであった。

その部屋は角にあり、二つの窓があったのだが、やはり電車、女子部屋の見える鉄道側の窓にみんな殺到し、もう一つの忘れ去られた窓の所には少々内気でおとなしい感じの子が静かに座っていたのだった。

「うやあーー」とでかい声を背中で聞いた鉄道側窓集中組が一斉に振り向くと、そこにはいつも内気な少年が、「うひょひょー」となんか不思議な笑い方で転げ回っているのである。
なんだ、なんだとその少年が指さしている窓の外を見ると、そこには、薄暮迫りくるため今点いたばかりといった感じで、ネオンがくっきりと「断食道場」というでかい文字を浮かび上がらせていたのである。

次の瞬間部屋中が腹を抱えてのうひょひょの坩堝と化していたのは言うまでもない。今考えても、なんでそんなに笑えたのか不思議ではあるけれど、中学生だからね。そんなことってあったでしょ。

「断食道場」という少々滑稽でいかがわしく、子供だましじみたものに東京もんはお金を払っていくのだろうか、ということがその夜、消灯後の我々の討論テーマとなったのであった。

少々前置きが長くなったが、その断食を約1カ月したのである。

モスリム社会では今年4月7日から5月5日まで朝4時40分から夕方の6時15分まで、水、食べ物はもちろんタバコ、はては目薬まで体内に入れずに過ごすというラマダン(断食)が行われた。

果たしてそんなことが可能なのだろうかという不安もあったが、まあここの人たちがやるんだからやってみるか、といった程度の気持ちで始めたのである。体調が崩れるかもしれないと心配して挑戦しない隊員もいたけれど、それもまあやってみないとわからないからね。

身体的変化はもちろん精神的にも何らかの変化が起こるかもしれないという期待もあったのだ。
ラマダン中は官庁も昼の1時で終わり。さすがに昼間出歩く人の数も減ります。学校も休み。

夕方6時15分にモスクから叫ばれる「アンラーアクバル・・・」というコーランが「食べても良し」という合図になる。
この合図と同時に食べようと、玉ねぎシーチキン卵入りラーメンを作り終え、まだかまだかと待つことも数回あった。
のどの渇きは心配したほどはなく、それでも夕方待ちわびて飲んだ水が体中の汗腺から一気にドどっと出てきたので、生理的には水分不足状態だったのだと思う。

年一回このラマダンを積み重ねながら生きているモスリムの人々と違い、にわかモスリムもどきの私に精神的変化というものはあまり認められない。

「死んだ後に分かる」というラマダンの意義が果たしていかなるものなのか。断食道場と相通じる所があるのか。
まだまだ謎は多いのだった。
by saitoru1960 | 2011-07-22 15:41 | 物語

澤のメッセージ

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「Japan pays tribute to tsunami victims, survivors」
とタイトルの付いた試合後の澤のインタビュー記事。

“We knew that what we were doing here could be about a little more than just a football tournament. If winning this makes one person, someone who lost something or someone or was hurt or damaged by the events that touched our country, feel better for even one moment, then we have really achieved a most special thing.

If it makes everyone happy and joyful and gives them a reason to cheer after such difficult times, then we have been successful.

Japan has been hurt and so many lives have been affected. We can not change that but Japan is coming back and this was our chance to represent our nation and show that we never stop working. This is like a dream to us and we hope our country shares it with us.”

「我々のしていることは、ただサッカーをするだけではないことを、意識してきた。
我々が勝つことにより、何かを失った人、誰かを失った人、怪我をした人、傷ついた人、彼らの気持ちが一瞬でも楽になってくれたら、私達は真に特別な事を成し遂げた事になる。
こんな辛い時期だからこそ、みんなに少しでも元気や喜びを与える事が出来たら、それこそが我々の成功となる。
日本は困難に立ち向かい、多くの人々の生活は困窮している。
我々は、それ自体を変えることは出来ないものの、日本は今復興を頑張っているのだから、そんな日本の代表として、復興を決して諦めない気持ちをプレイで見せたかった。
今日、我々にとってはまさに夢のようで有り、我々の国が我々と一緒に喜んでくれるとしたら幸いです」

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by saitoru1960 | 2011-07-21 12:08 | ひとりごと

フェリバル缶

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日本のツナ缶に入っている魚の質とは明らかに違う味。東日本大震災でモルディブ政府から届けられているはずなのだけれど、どこかで食べた人はいるのだろうか?
by saitoru1960 | 2011-07-18 19:00 | モルディブ

マスリハ

JICA兵庫の今月のエスニック料理は「モルディブ料理」=「マスリハ」
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レストラ前には写真や民芸品、お金などが展示されている。昔なかった2ルフィア硬貨もありました。
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マスリハにはココナツミルクもたっぷり入っていて、ホターのマスリハよりも高級感がありました。でも、サタニ(サラダ)にパイナップルが入っているということは絶対になかった。
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モルディブ国旗をバックに記念撮影。
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by saitoru1960 | 2011-07-17 22:15 | モルディブ

SUJAから届いたプレゼント

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キラキラする包装紙で丁寧にくるまれた箱。送り手の気持ちも伝わってくる。
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煮豆の段ボール。
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「ミヤドウ(今日)」という新聞紙が緩衝材代わりに入っていた。
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ハナークリホー、ワローマス、そして初めてのムグリマス。
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嬉しがってハナークリホーを食べすぎたら、不覚にも下痢をしてしまった。
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by saitoru1960 | 2011-07-14 21:32 | モルディブ

6日目:最終日

ユニバにあがるベトナム国旗。女子800m。
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晴れやかに。
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劉翔登場。
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フライングが一回。
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AP1は8歩から7歩へ進化させていた。
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福島RUN
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by saitoru1960 | 2011-07-10 21:47 | モルディブ

5日目:大会3日目

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by saitoru1960 | 2011-07-09 23:26 | モルディブ

心動かされたことを忘れぬように


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