<   2013年 12月 ( 25 )   > この月の画像一覧

訃報

紅白歌合戦前の19時のニュース。
大晦日の平和な日本の様子が紹介された後、大滝詠一さん死去の文字。
まだ若いはずなのに悔やまれて仕方ない。
須藤薫と大滝詠一。
大切な思い出にピリオドが打たれた。
f0013998_927129.jpg

-------------------------------------------------------------------------------
訃報:大滝詠一さん 65歳=シンガー・ソングライター、音楽プロデューサー
毎日新聞 2014年01月01日 東京朝刊

 ◇はっぴいえんど結成、日本語ロック生む

 シンガー・ソングライター、音楽プロデューサーとして、日本の大衆音楽の一つの道筋を作った大滝詠一(おおたき・えいいち、本名・大瀧栄一)さんが死去したことが31日、分かった。65歳。葬儀日程は未定。所属レコード会社によると、30日夕、東京都の自宅で倒れ病院に運ばれたが、解離性動脈瘤(りゅう)のため死亡した。警視庁によると、家族は「リビングでリンゴを食べていて突然倒れた」と話しているという。

 岩手県奥州市出身。1968年早大入学後、細野晴臣さん、松本隆さんらと、日本語のロックを歌う「はっぴいえんど」を結成。自身のレーベル「ナイアガラ」を設立するなど音楽制作者の新たなスタイルを生み出した。

 80年代には、「A LONG VACATION」がレコード大賞ベストアルバム賞を受賞し、「君は天然色」「恋するカレン」「さらばシベリア鉄道」が注目を集めた。

 楽曲提供やプロデュースも行い、シュガーベイブ「SONGS(アルバム)」▽森進一「冬のリヴィエラ」▽松田聖子「風立ちぬ」▽小林旭「熱き心に」などのヒットに関わった。

 音楽評論家の田家秀樹さんは「ロックは英語の音楽と思われていた70年代初めに日本語ロックを形作り、その後のロックバンドの先達となった。自宅をスタジオに改造し、ラジオ番組を制作。良質なロックンロールとポップスを紹介し続けた。山下達郎や佐野元春も彼がいてこそだった」と話し、死を悼んだ。
by saitoru1960 | 2013-12-31 22:41 |

2013年のラン

1月:355km
2月:261km
3月:257km
4月:195km
5月:337km
6月:344km
7月:271km
8月:252km
9月:219km
10月:266km
11月:277km
12月:277km

総走行距離:3311km
1月平均ラン:275km
1日平均ラン:9km

2月
高知龍馬マラソン:3.33.55
ラブラン駅伝
8月
北海道マラソン:4.18.01
リレーマラソン
12月
三田ハーフ:1.44.32
by saitoru1960 | 2013-12-31 18:27 | ランニング

2013の本と映画

<2013の本>
ニングル (倉本聰)
昨日、悲別で―scenario1984(倉本聰)
枝雀らくごの舞台裏(小佐田定雄)
語れ! ブルース・リー
父からの手紙 (小杉健治)
福島原発の真実 最高幹部の独白(朝日新聞社)
原発崩壊 (樋口健二)
うちは精肉店 (本橋成一)
ヒトに問う (倉本聰)
銀の匙 Silver Spoon(荒川弘)
破獄 (吉村昭)
②独白 2011年3月 「北の国から」ノーツ(倉本聰)
北の人名録(倉本聰)
生きる (小野田寛郎)
あなたがいる場所 (沢木耕太郎)
花の鎖 (湊かなえ)
③そして父になる (是枝 裕和)
「北の国から」への手紙
カシオペアの丘で(重松清)
真夏の方程式(東野圭吾)
富良野風話 (倉本聰)
ゴールの情景―富良野風話(倉本聰)
アイヌの碑(萱野茂)
許されざる者 (司城 志朗)
藁の楯(木内一裕)
笑う警官 (佐々木譲)
黒板五郎の流儀―「北の国から」エコロジカルライフ
きみ去りしのち (重松清)
約束された場所で―underground 2 (村上春樹)
旅の窓 (沢木耕太郎)
ぼくがいま、死について思うこと(椎名誠)
シドニー! (ワラビー熱血篇) (村上春樹)
シドニー! (コアラ純情篇) (村上春樹)
神戸ルール
①走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹)
夜明けの街で (東野圭吾)
新世界より(貴志祐介)
粗にして野だが卑ではない―石田礼助の生涯 (城山三郎)
模倣犯 (宮部みゆき)
贖罪 (湊かなえ)
モダンタイムス (伊坂幸太郎)
ヘヴン (川上未映子)
夜行観覧車 (湊かなえ)
時限(鏑木蓮)

□ベスト3□
①走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹)
f0013998_11391858.jpg

②独白 2011年3月 「北の国から」ノーツ(倉本聰)
f0013998_11395052.jpg

③そして父になる (是枝 裕和)
f0013998_11401773.jpg


<2013の映画>
駅station
②鑑定士と顔のない依頼人
③ある精肉店の話
キャプテン・フィリップス
ランナウェイ・逃亡者
もったいない
南の島の大統領
プロメテウス
COMPANY YOU KEEP
そして、父になる
許されざる者
北の国から 2002 遺言
北の国から 98 時代
真夏の方程式
北の国から 95 秘密
北の国から 92 巣立ち
許されざる者
北の国から 89 帰郷
北の国から 87 初恋
レミゼラブル
東京家族
北の国から 84 夏
北の国から 83 冬
①北の国から
アルゴ
ツナグ
あなたへ
アルバート氏の人生
模倣犯
トイレット
夜のピクニック
居酒屋兆治
ニューシネマパラダイス
ビューティフルライフ

□ベスト3□
①北の国から
f0013998_11441497.jpg

②鑑定士と顔のない依頼人
f0013998_11444039.jpg

③ある精肉店の話
f0013998_11445386.jpg

by saitoru1960 | 2013-12-30 11:21 | いろいろ

病み上がりのロング

クリスマスの日から体がだるくなり、腹痛と熱で久しぶりに風邪をひいてしまった。
昨日、学校から須磨海岸までの往復10kmを走り、今朝は行けそうなら35kmでも、と考えていたけれどガス欠になり28kmでおしまい。
おまけに須磨浦公園から乗ったバスが須磨駅前でBMWからオカマされ、現場検証しなければならないので、バスはしばらく動かせません、と運転手さんに言われ下車。
山陽、地下鉄を乗り継いで家に帰った。

今月は300km走れるかと目標を立てていたけれど、今日の28kmで263km。
微妙な残り37kmという数字。まあ、無理せずに残り2日走って終わろう。
f0013998_12515582.jpg

by saitoru1960 | 2013-12-29 12:51 | ランニング

2013年の年末に思うこと

 日米通算4000本安打を記録したイチローは、
「4000のヒットを打つには、8000回以上は悔しい思いをしてきていて、それと常に向き合ってきたことの事実はあるので、誇れるとしたらそこじゃないかと思いますね」
とインタビューに答えている。
 全国高校駅伝の翌日。
 朝刊には10年連続3位以内となった興譲館高校の記事に、「10年で8度の悔し涙」とタイトルがついていた。
 優勝は2回、2位が5回、3位が3回という成績にスポットを当てるのではなく、8回悔しい思いをしていると書く記者は、アンカーの「来年こそ日本一、そういう思いでやってきたから」という言葉に、快挙の嬉しさより勝てなかった悔しさを感じ取ったのだろう。
 どちらの話も「悔しい」気持ちが次こそはというエネルギーを生み出すことを示している。

 一方、司馬遼太郎は、「二十一世紀に生きる君たちへ」という著書の中で、次のようなことを述べている。
「助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。他人の痛みを感じることと言ってもいい。優しさと言い換えてもいい。『いたわり』、『他人の痛みを感じること』、『優しさ』、みな似たような言葉である。この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分の中で作り上げていきさえすればいい。」
 
 感情が本能ではなく訓練によって形成されていくのであれば、生まれてから感情の反応レベルが形成されるまでの間、家庭、友人、学校などによる影響が大きい。
 美しいものを見て、「ワアー!」と声を上げた時、同じように「きれー!」と反応する友人が横にいれば、自らの感受レベルは一段階上がるはずだ。学校教育現場の数字に出てこない役割は、この感情を訓練する場ということなのではないだろうか。 
 そんなことを今、ふと考えている時がある。
by saitoru1960 | 2013-12-28 18:55 | 心にのこる

もうひとつの涙した曲

東北大学校友歌「緑の丘」  作詞・作曲 小田和正

なだらかな 坂道を上れば 川内
広瀬川から 幾重にもかさなる 緑の丘

目に浮かぶは 忘れ得ぬ 立ち並ぶ 白い教室
すべてのことが そこから 始まって行った

そしてまた 友たちと 語らうは 遙かな夢
果てしなく 道は続くとも いつの日か そこへ行く

明けてゆく 青葉山に かけがえのない 今を想う
僕らの時は 限りなく ゆっくり 流れている

この街に 愛されて この街を 愛して
我らが青春の日々 風わたる 東北大

やがてみんな それぞれの 目指す場所へ 旅立って行き
そしていつか 杜の都 仙台は ふるさとに なって行く

f0013998_17481622.jpg
f0013998_17482999.jpg
f0013998_17483910.jpg
f0013998_17485074.jpg


筑波にオーバーラップしているのだと思うけれど、涙が溢れて止まらなかった。

卒業して30年。
最近、つくばマラソンに出てみようかとふと思ったりするのも、郷愁を感じているからなのかもしれない。
できるなら、当時の仲間たちと一緒に懐かしい場所を訪ねてみたい。
by saitoru1960 | 2013-12-28 17:57 |
風邪をひき、寝るのが一番とすぐに寝たので26日の昼に見た今年のクリスマスの約束。
拓郎が出るとは知っていたけど、「1970年代、カリスマと言われる男がいました」と紹介され、観客が、オオー、とどよめいたので、思わず鳥肌が立ってしまった。
拓郎が病気になってから歌っているのを見たことがなかったので、いつもよりテンポがゆっくりしている気がしたのは、それに考慮してなのかな、と考えたりもした。
でも、いい選曲だった。「リンゴ」を選ぶところなんか、何か当時の二人の共通した思い出があったのかもしれない。人生を語らずを最後に歌ったのも良かった。
後で出てきたミスチル桜井とは明らかに何かが違っていた。
f0013998_20415651.jpg
f0013998_20421187.jpg
f0013998_20423032.jpg
f0013998_20424010.jpg

人生を語らず 作詞作曲:吉田拓郎

朝日が昇るから 起きるんじゃなくて  
目覚める時だから 旅をする
教えられるものに 別れを告げて
届かないものを 身近に感じて
越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ人生を 人生を語らず

嵐の中に 人の姿を見たら
消えいるような 叫びをきこう
わかり合うよりは たしかめ合う事だ
季節のめぐる中で 今日をたしかめる
越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ人生を 人生を語らず

あの人のための 自分などと言わず
あの人のために 去り行く事だ
空を飛ぶ事よりは 地を這うために
口を閉ざすんだ 臆病者として
越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ人生を 人生を語らず

遅すぎる事はない 早すぎる冬よりも
始発電車は行け 風を切ってすすめ
目の前のコップの水を ひと息に飲み干せば
傷も癒えるし それからでも遅くない
越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ人生を 人生を語らず

今はまだまだ 人生を語らず
目の前にも まだ道はなし
越えるものはすべて 手さぐりの中で
見知らぬ旅人に 夢よ多かれ
越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ人生を 人生を語らず

越えて行け そこを
越えて行け それを
今はまだ人生を 人生を語らず
by saitoru1960 | 2013-12-27 21:11 |

愛知県立豊川工高の体罰

愛知県立豊川工高の体罰:元監督、退職後も指導 県教委が改善指示
毎日新聞 2013年10月09日 中部朝刊

 愛知県立豊川工業高の陸上部員らに対する体罰問題を起こした元同部監督の男性教諭(50)=4月に退職=が、現在も部活動と受け取れるような指導を続けていることが分かり、県教委は8日、同校に改善を指示した。
 県教委などによると、元教諭は5月以降に指導を開始。陸上部員27人のうち、14人が参加しているという。県教委は「元教諭の指導自体は自由だが、陸上部の部活動が二つに分かれている状態は好ましくない」と判断。指示を受けた同校の古井成之教頭は毎日新聞の取材に「正規の練習に参加するように指導したい」と話した。
 元教諭は陸上部を駅伝強豪校に育て上げたが、1月に問題が発覚。5年間で部員30人に体罰を繰り返し、5人にけがをさせていた。【高橋昌紀、清藤天】
by saitoru1960 | 2013-12-24 05:34 | いろいろ

10年で8度の悔し涙

興譲館が10年連続で3位以内という快挙を遂げた。
森政監督は健闘をたたえられるたびに「勝てんね」と苦笑いを浮かべた。森政監督の言葉通り、この間の成績は優勝2回、2位5回、3位3回。確かに優勝の喜びよりも、優勝を逃した悔しさをはるかに多く味わっている。
前日の監督会議で、日本陸上競技連盟の尾縣貢専務理事は自らの高校時代を振り返り、全国高校総体での二つの経験を明かした。高校2年時に100分の1秒差で決勝進出を逃したこと、その悔しさをバネに翌年に110m障害で全国優勝したということ。三十数年を経て、「どちらも甲乙つけがたい思い出であり、全力を尽くしたという点では同じ価値がある」と感じるという。
興譲館の矢本主将に強さの秘密を聞くと「来年こそ日本一、そういう思いでやってきたから」と語る。アンカーの奥野は4位から2位に浮上したが、「3位以内」を死守した喜びはなく、悔し涙を流した。
「勝ち組」ばかりが称賛される世の中だからこそ、全力で戦って敗れた彼女たちの姿がひときわ美しく映った。
(毎日新聞朝刊:田原和宏)
f0013998_1551561.jpg

by saitoru1960 | 2013-12-23 15:51 | 陸上競技

倉本聰年表

1977:北海道富良野に移住(高校2年)
1978:(高校3年)
1979:(大学1年)
1980:(大学2年)
1981:ドラマ「北の国から」(大学3年)
1982:(大学4年)
1983:「'83冬」(神戸1)
1984:「昨日、悲別で」、「'84夏」(神戸2)
1985:「ニングル」(神戸3)
1986:「ライスカレー」(神戸4)
1987:「'87初恋」(神戸5)
1988:(モルディブ1)
1989:「'89帰郷」(モルディブ2)
1990:(神戸8)
1991:(神戸9)
1992:「'92巣立ち」(県工1)
1993:(県工2)
1994:(県工3)
1995:「'95秘密」(県工4)
1996:(県工5)
1997:(県工6)
1998:「'98時代」(県工7)
1999:(県工8)
2000:(県工9)
2001:(県工10)
2002:「ニングルの森」、「'02遺言」(伊川谷1)
2003:(伊川谷2)
2004:(伊川谷3)
2005:「優しい時間」(伊川谷4)
2006:(伊川谷5)
2007:(伊川谷6)
2008:「風のガーデン」(伊川谷7)
2009:(伊川谷8)
2010:「帰国」(夢野1)
2011:(夢野2)
2012:(夢野3)
2013:*富良野への旅*(夢野4)
f0013998_2110221.jpg

by saitoru1960 | 2013-12-22 21:10 | 心にのこる

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960