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龍馬マラソン近づく

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明日で1月も終わり。
いよいよ龍馬マラソンが近づいてきた。
土曜日に30kmを走って、とりあえず準備終了。
by saitoru1960 | 2014-01-30 21:44 | ランニング

新しいウォークマン

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イヤホンだけのウォークマンが壊れてから、外で音楽を聴くことがなかった。
走りながら見ている景色には音が必ずついていて、聴きながら走っているとそこが抜け落ちているのは確かで、音楽を聴くことでの心地よさはあるけれど、聴かなくなることで100%の景色を楽しめるようになっていた。

昨年の春、須藤薫が亡くなり、大晦日に大瀧栄一が亡くなった。
大学1年の時にウォークマンが発売。自分は、音楽が部屋から外に出たはしりの世代だ。
外を走りながら大瀧栄一、山下達郎、須藤薫、ユーミンなどを聴き、「音楽はエネルギーを生みだす」と、爽快な気分を感じていた。

須藤薫の6枚、大瀧詠一の2枚をCDで購入した。
改めて今、外で曲を聴いていると、大学時代のテレビの無い自分の部屋が、当時の映像に音楽を強く結びつけている。
梁山泊から人の少ない春日の道を自転車で走りながら松見公園南のレンタルショップに向かう。
CDもビデオもない、レコードだけのレンタルショップだ。
ユーミンのファーストアルバム「ひこうきぐも」から順番にユーミンを借りてきてカセットに録音する。
カセットの数の増加とともに、カセットを整理するケースも増えていった。

アルバムはレコードだったので、当然ながら1曲目からA面が終わるまで流れていく。
終わると裏返して、A面から続く物語の続きを聴いていく、という聴き方は自然の流れだった。
シングルヒットした曲でさえ、アルバムのどこに位置するかというのが重要なポイントになり、新しい発見もあったりした。
新しいウォークマンには、当然のように「シャッフル」機能がついている。
でも、「EACH TIME」、「A LONG VACATION」を久しぶりに聴き始めると、順番通りに聴く以外に当時の100%の映像は蘇らない。
いつか、プレーヤー、アンプ、スピーカーを手に入れ、押入れの中のレコードに針を落とす日がくるだろう。
by saitoru1960 | 2014-01-26 16:26 |

やまもとゆうだい

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神戸大学でのセンター初日。
長田の制服を着た塾の講師がいて、「変な奴」と思いながら見ていると、坂の下から上がってくる長田の子達が、「おっ!?おはようございます」というような挨拶を講師に返している。
「ガラガラ今日はないんですか?」という質問をする子がいて、「ああ、ごめん。今日はないねん」と返していた。
最初から、どっかで見たことあるような気がする・・、と思っていた自分の頭が、「!」と閃き、坪田くんに「悪いけど写真撮ってくれへん」と頼んで、わかばに見せるための写真を撮ってもらう。
やはり、変人は変人のままひとつずつ年齢を重ねている。
by saitoru1960 | 2014-01-18 14:59 | いろいろ

りゅうきんかの花

夏に行ったとき買えなかったマグカップをわかばが送ってくれた。絵柄は、「りゅうきんか」。
HPに春のエゾリュウキンカの様子が載ってた。
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春の十勝も自分の目で見たくなった。
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by saitoru1960 | 2014-01-13 13:59 | いろいろ

どんと焼き=左義長

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姫路城・「天空の白鷺」と名付けられた展示が終わるということで観に行くと、9時半前にもかかわらず姫路城周辺は大混雑。
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城の南に軍師官兵衛の展示館がオープンし、岡田准一がやってくるということも手伝い、そこにこれでもかと姫路城内発着のマラソン大会も開かれている。
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駐車場にすんなり停められたことだけでもラッキーだった。
城内に入るところで、「予約者以外のエレベーター待ち3時間」の表示を見て断念し、もうひとつの目的地銀波荘のある赤穂を目指すことにする。
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サビーに「日帰りできる温泉」の特集で載っていた露天風呂を目指したが、御崎温泉に到着すると、3連休も手伝ってお客さんはわんさかいて、当日の入浴は本日できませんと言われ、これまた断念。
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でも、ちょうど小正月に当たるタイミングで、温泉宿の前にあった伊和都比売(いわつひめ)神社の境内にはどんど焼きの立派な「どんど」が町の壮年者たちの手によって組まれている真っ最中で、興味深く眺めることができた。
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家に帰ってから調べると、どんと焼きは「左義長」のことで、次のような説明があった。
まさに、正しい日本の左義長が赤穂には今もなお残っているということだ。
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左義長(さぎちょう、三毬杖)とは、小正月に行われる火祭りの行事。地方によって呼び方が異なる。日本全国で広く見られる習俗である。

1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を3、4本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅(三色団子の場合もある)を食べる。
また、注連飾りなどの灰を持ち帰り自宅の周囲にまくとその年の病を除くと言われている。また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。道祖神の祭りとされる地域が多い。

民俗学的な見地からは、門松や注連飾りによって出迎えた歳神を、それらを焼くことによって炎と共に見送る意味があるとされる。お盆にも火を燃やす習俗があるが、こちらは先祖の霊を迎えたり、そののち送り出す民間習俗が仏教と混合したものと考えられている。

とんど、どんど、どんど焼き、とんど(歳徳)焼き、どんと焼き、さいと焼きとも言われるが、歳徳神を祭る慣わしが主体であった地域ではそう呼ばれ、出雲方面の風習が発祥であろうと考えられている。とんどを爆竹と当てて記述する文献もある。これは燃やす際に青竹が爆ぜることからつけられた当て字であろう。

子供の祭りとされ、注連飾りなどの回収や組み立てなどを子供が行う。またそれは、小学校などでの子供会(町内会に相当)の行事として、地区ごとに開催される。
地方によって焼かれるものの違いがある。
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13日の朝6時に火がつけられ、餅もまかれますよ、と手伝っていた壮年の方が教えてくれた。
「書き初めは、近所の小学校から集めたのですか?」とたずねると、「毎年小学校から持ってこられます」ということだった。
知らないところで日本の風習はきちんと継承されている。
一度なくなったものを再興するのは難しい。昔から続いていることを残すことは今生きている人たちの使命なんだと思う。
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神社のそばにある家には謎の浮き球オブジェが並んでいた。
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by saitoru1960 | 2014-01-13 10:48 | 休日

高知前ラストの35km走

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1km5.35、荷物を持ってのことなので目標値としては、1km5.30あたりが妥当なところか。
とりあえず最後まで走り切ることはできた。
1km5.30、Goalは3.52.04。
これでは宮嶋さんに負けることになるけれど・・。
by saitoru1960 | 2014-01-11 14:14 | ランニング

疾風に勁草を知る(しっぷうにけいそうをしる)

困難に遭ってはじめてその人間の本当の価値、本当の強さが分かるということ。
困難がその人間の奥底に秘める意志や信念の堅固さを見分けるということ。
疾風は激しく吹く風のことで、勁草は強い草を意味する。
激しい風が吹いて初めて強い草が見分けられることから。
出典は後漢書の王覇伝。
自分に従って来た者達が次第に離散していく状況に劉秀が慨嘆して述べた言葉。
by saitoru1960 | 2014-01-06 16:53 | いろいろ

山下達郎のサンデーソングブック

録音だろうと思いながらもひょっとして、とつけたFM OSAKA:山下達郎のサンデー・ソングブック。
開口一番、「みなさんご存知のとおり、大瀧詠一さんが亡くなりました。今週と来週は収録番組なのでこのことに関しては一切話題にしていません。特集は後日お送りいたします」とコメントが入った。
1月19日(日)午後2時、山下達郎サンデー・ソングブック必聴です。
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新春放談<Wikipediaより>
毎年1月の第1週・第2週(トークが盛り上がった場合は第3週もあり)に、大瀧詠一をゲストに迎えて行なわれる対談である。
山下と大瀧は1973年からの付き合いである。ベテラン同士ならではの毒舌で現在の日本の音楽シーンを斬っていくこともあるが、大部分では両者ともに好んでいる1950年代〜60年代の英米日の音楽、映画、落語、相撲、野球、マイ・ブームetc.に関する話題が扱われる。

初めて新春放談が放送されたのはこの番組でなく、NHK-FMの「サウンドストリート」であった。第一回放送は1984年1月12日で、「サウンドストリート」終了後も音楽評論家の萩原健太や佐野元春のラジオ番組で続けられた。

一般リスナーは基本的に大瀧の最近の動向を知ったり、声を聞くことが出来るのはこのコーナーのみで、山下本人ですら大瀧の活動を完全に把握しているわけではなく、「最近はどうしているのか」という近況確認から話はスタートする。

このプログラムでかけられる音源は、大瀧自身の持ち込みである場合も少なくない(洋楽以外に、大瀧自身の曲や提供曲、プロデュース作品のバージョン違いなどで、時には「未発表音源」という場合もある)。

タイトルはTBSの時事放談に範をとっており、(新春放談初期は、小汀利得の「やっぱ〜りね…」というフレーズをよく真似していた)文字通りの「放談」である。

2012年は諸事情により行わないことが2011年12月18日放送分で明らかになり、この企画はひとまず26年で途絶えることになった。

山下のOFFICIAL WEB SITEの2012年12月23日分の更新で、新春放談の終了が発表された。その理由として「時代的な役割を全うし得たと思えますので」としており、放送20周年、自身の60歳という節目で、本来の純粋な「音楽番組」として、今後も長く番組を継続するために、番組構成をスリム化・整理する意味合いであることを明らかにしており、2013年1月6日放送分の中では「震災を経て、思うところもあった」と、心境の変化があった事も語っている。

一方で、「大瀧詠一さんと不仲とか、そういう理由ではありません。念のため(^_^;」と、一説と噂された「不仲説」については否定、「大瀧さんにはまた違う形でご登場願う予定でおります。」と、再登場も示唆していたが、大瀧は2013年12月30日急逝(享年65歳)したため、2011年1月2日・9日の前後編に分けて放送されたものが、最後の「サンソン」への出場となった。
by saitoru1960 | 2014-01-05 14:51 |

ワジダ

以前から気になっていたサウジの女性監督が作った映画。シネ・リーブルの初日に観に行く。
いろいろ考えさせられる映画だったけれど、イスラム教を理解できないと、単に「イスラム教はだからあかんのだ」で終わってしまう気がする。
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映画館の設置が法律で禁じられている国サウジアラビアから、奇跡の傑作が誕生した!ヴェネチア国際映画祭インターフィルム賞、ロッテルダム国際映画祭批評家連盟賞などを受賞、世界中の拍手に包まれた本作は、2014年アカデミー賞外国語映画賞サウジアラビア代表にも選出された。
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10歳のおてんば少女ワジダは男の子の友達アブダラと自転車競走がしたいのに、お母さんは男の子と遊ぶことも、自転車を買うことにもいい顔をしない。ワジダの住む世界には、女の子がしてはいけないことが沢山あるのだ。ある日、綺麗な緑色の自転車を見て、どうしても欲しくなったワジダは、自分でお金を貯めていつか手に入れることを誓う。
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手作りのミサンガを学校でこっそり売ったり、上級生の密会の橋渡しのアルバイトをしたり・・・それでも自転車代の800リヤルには程遠い。そんな時、学校でコーランの暗誦コンテストが行わることになった。優勝賞金は1000リヤル!大の苦手のコーランだったが、ワジダは迷わず立候補、必死にコーランを覚えて練習を重ねるのだが・・・。
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女性のひとり歩きや車の運転を禁じる国。映画は、この国で少女が直面する、女性として生きることの厳しさを直視しつつ、それでも前向きに生きる少女ワジダの日常をストレートに映し出す。従来の慣習に従いながらもワジダに未来への希望を託す母親、自分の道を見つけ出そうとするワジダの勇気・・・この母と娘の絆には、だれもが共感し胸を熱くするだろう。希望に満ちたラストシーンに観る者は爽やかな感動に包まれるとともに、世界中の子どもたちの未来が明るいものになるよう祈らずにはいられない。
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ワジダと母親はきちんとお祈りをしていた。
コーランにある教えが今の自分の生活をどれだけ規制するのか、比較する対象が身近でない時代は幸せだったのかもしれない。時代はカセットからCDの時代へと流れ、今やインターネット社会で外の世界の様子は知りたくなくても知りえる時代となり、良い悪いの判断が一筋縄ではいかなくなる。
でも、イスラム教徒(モスリム)にとってはコーランの教えが全て。
解釈は宗派によってもそれぞれ違うので、モルディブやマレーシアのモスリム女性は、自転車に乗っている人もいるし、顔を出している人だっているのだ。
モスリムなのにと、病院で務めながらも男性の前で顔を出して働いている友人を見て悩むように、信じるものへの解釈の変化に揺れる母親の心が映画の背景にずっと隠されていた。
映画館で観て帰ってきたその日(1月4日)の毎日新聞夕刊に奇しくも映画が紹介されていて、その中に大阪大学大学院近藤久美子教授(アラビア文学)が、「でも、サウジの女性は抑圧されてかわいそう、という一方的な見方で済ませてほしくない」と記事を寄せていた。
映画を観ながら、モスリムの人たちのバックボーンが理解できなければ、お祈りをするシーンだけ見ても、「こんなことを今もしているのか」というふうに見られかねないなと考えていたので、この記事は少し嬉しかった。
イスラム教は女性にとって制限が多く希望の持てない宗教、という簡単なメッセージをこの映画は伝えようとしているのではないと思う。
イスラム教の教えはモスリムにとっては絶対的な心の拠り所であるがために、多種多様な解釈に対して自分がどうするべきか、この国でどう生きるべきか悩んでいるのだ。
結果、母親はワジダに自転車を買ってあげる。第二夫人の結婚式に参列せず離婚することを自ら選び、自分の娘が自らの意思で自転車を手に入れようと一生懸命努力したことを認め、自転車を買ってあげたのだ。
悩みながらも、モスリムとしての自分の意思を大切にし、前に進んでいこうとする母親とワジダのラストシーンが心地よかった。
by saitoru1960 | 2014-01-04 14:02 | 映画

新春ラン

慶太、布袋父娘、坂田、斎藤夫妻、西村さんの7人で生田さんまで10km、その後、5人でなぎさの湯まで2kmを走る。HATに入ってから綾ちゃんとスピードを上げる。気持ちよかった。
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by saitoru1960 | 2014-01-03 18:38 | 仲間

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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