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プール

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たった25年の時間で起ったことを他の人はイメージすることは難しいだろう。
ガロルスタジアムとコンクリート張りのテニスコート、同じくコンクリート床だった体育館の他、スポーツ施設は何もなかった島だった。
最初にオリンピックに出たのは陸上競技。
もちろん陸上競技場はなかった。
今や、普通の体育館、土ではあるけれど400mのトラックもある。
学校体育も存在し、地方の島にも体育隊員が派遣され、体づくり運動などを指導している。
たった、25年だ。
今や、海水プールまで存在している。
かつて、海でしか泳ぐことのなかった数人のモルディブ代表スイマーは、スリランカのホテルの真水のプールに初めて入ったとき、「沈むウゥゥ・・」と溺れたこともあったのに・・。
by saitoru1960 | 2014-05-28 05:29 | モルディブ
加藤典洋(文芸評論家)
親が子どものために何かをするというのは本能で、もともとは無償のものである。
しかし、近年はだんだん親の本能も子としての野性も弱ってきているところから、それが子どもからすると、愛情として、有償のものとして、受けとめられるようにようになる。

すると、親子というどんな人間にとっても原的であるはずの関係が、子どもにとっては、初原的な負荷になる。
さて、これを、親子関係を関係の原型と見なしたうえで、一般に関係における「原的負荷」と名づけてみよう。すると、親と子の関係には、かつては親が子どもを理不尽に抑圧する、これに対して子どもは反抗する、という近代的な範型があったのに対し、いまは、親が子どものことを心配している、子どもがそれをひしひしと感じ、それが逆に負荷となって子を縛るというこれとちょうど逆の脱近代の範型が現れるようになってきたことが見えてくる。

この親からの原的な負荷、負い目は、そもそも弁済不可能である。そのうえ、いったん内在化されると、自分から切り離せない。子どもがこれをナシにしようと思えば、自分を消すか、親を殺すしかなくなる。

親と子の関係が原的な負荷を帯びるようになるとどうなるか。近代的な親への犯行は姿をひそめる。その代わり、反抗を不可能にする親への負い目が、他に表現の出口がないため、子どもの自分殺しの一方法としての、親殺しとなって噴出してくる・・・。
by saitoru1960 | 2014-05-27 23:01 | 物語
毎日新聞 朝刊 2014年05月25日
◇他の生物たちと調和を--山極寿一(やまぎわ・じゅいち)
 
 私が子供の頃、「変なガイジン」という言葉がはやったことがある。日本語どころか大阪弁でしゃべりまくって周囲をあぜんとさせる一方で、おじぎや膝をそろえて座るなど日本人なら常識なことができない。つまり、言葉で会話ができるのに、しぐさでは別世界にいる人のことをこう呼んだのだろうと思う。

 実は私も、30年余り前にアフリカでゴリラの調査を始めた頃、同じように呼ばれたことがある。現地のスワヒリ語でもガイジンに当たる、ムズングという語がある。これはもともと白人に対して使われたのだろうと思う。国が違っても肌が黒い人に対してはムズングと呼ばないからだ。ちょうど私たちがアジア人に対してはガイジンと呼ばないこととよく似ている。

 スワヒリ語は日本語と発音が似ているので、私は会話で不自由することがなかった。奥地の村でスワヒリ語を流暢(りゅうちょう)にしゃべると、みんなが目を丸くする。その地方特有の言い回しや表現で話すので、みんな面白がって話しかける。地元の人にとっては珍しくも高い価値もない、ゴリラを見たいだけ、というのだから、ますます変なムズングに思えたことだろう。

 さらに私は、もうひとつ「変なガイジン」になったことがある。野生のゴリラを観察するためには、人間に対する敵意を解いて、ゴリラの群れの中に入っていかねばならない、そのため、私はゴリラのしぐさや声をまねて、ゴリラのように振る舞うことにした。やがて、ゴリラは私を受け入れてくれたが、人間の私がゴリラになれるわけではない。おそらく、人間の姿をしているが、ゴリラの流儀を知っている「変なゴリラ」と思われていたのだろう。私はゴリラの子どもたちと取っ組み合って遊び、おばさんゴリラにからかわれ、オスゴリラと隣り合って昼寝をできるようになった。しかし、彼らの世界にどっぷりつかっていたために、人間の世界にもどってから人間の姿やしぐさがずいぶん不格好に見えたものだ。

 今では多くの外国人が日本に暮らすようになり、変な言葉も、変なしぐさもあまり気にならなくなった。外国で暮らした経験をもつ日本人も増えて、日本文化になじまない人でも気楽に受け入れることができるようになった。日本人より日本人らしい外国人だって珍しくない。もう「変なガイジン」は死語になった。

 それは、私たちが文化の枠を超えて、人間として共有できる作法に敏感になったからだと思う。日本人の作法を逸脱するガイジンたちの行動を通して、私たちは外から自分たちの文化をながめ、その欠点に気がつくようになったのである。特に男女の作法の見直しは、私たちの暮らしに重要な変化をもたらした。トイレは水洗になり、男女の別が常識になった。妻の前を威張って歩く夫の姿を見かけなくなり、手をつないで歩く夫婦が目立つようになった。レディーファーストが励行されるようになったし、個室が増えてプライバシーが尊重されるようになった。これまで私たちが当たり前にしてきたことが、ガイジンたちの目にどう映っているかを知ろうとした結果、こうした変化が引き起こされたに違いない。

 ひょっとしたら、かつての私のように日本人が世界の隅々に出かけて多様な文化を肌で知り、自分が「変なガイジン」になった経験を通して、人間の作法を考えることになったのかもしれない。であれば、もう一歩進んで、今度は人間を超えて生きる作法に目を向けてほしいと私は思う。限りなく生活領域を広げている私たちには、他の生物とともに生きる方策が必要だからである。熱帯雨林で暮らすゴリラをみると、母性の強さとあっさりとした子離れに感心することがある。派手な身ぶりでメスに求愛するオスも、決して強制的にメスを意のままにすることはない。そして、他の生物たちと見事に調和した生活を営んでいる。そこには自然の作法とでもいうようなエチケットが存在する。

 私たちは昔から人間だったわけではなく、つい最近まで多くの生物に囲まれて生きてきた。サルや類人猿の目で現代の人間をながめたときに、人間の由来と不自然な振る舞いが見え隠れする。それを現代の暮らしの中で再検討し、生きるための自然の作法を見つけ出すことが今求められているのではないだろうか。
by saitoru1960 | 2014-05-25 13:16 | いろいろ

ひさしぶりのまいた

以前きた時もこんなに大きかったんだろうか?
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大きさを知る前に2人で3枚注文したけれど、腹ぱんぱんになり、結局ラストの1枚は半分持ち帰り・・。
by saitoru1960 | 2014-05-24 21:26 | アジア

日本の川を旅する

野田さんのカヌーに魅せられ始めたのは24歳頃だったろうか。
シーナの旅話からカヌー犬ガクを知り、千葉の湖を、カナダのユーコンを、そして日本の川を、野田さんのファルトボートに自分も乗った気になって読み進んだ。

夏休みの計画をたてはじめて、帯広から釧路まで電車で1時間半ということが分かると釧路湿原が急激に気になり始めた。
日本の川を旅するの中にも、釧路湿原をカヌーで旅する話があった気がして、検索するとカヌーツーリングをさせてくれるサイトがあった。
1人9000円で80分のツーリング。
わかばの分も一緒に予約した。
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去年の富良野でのバイクツーリングも、中型免許を取ろうとした頃漠然と夢見ていた「いつか北海道でツーリング」、が現実になったもので、今年の釧路湿原も、野田さんに出会った時の、こんなことはきっと叶わないだろうな、と現実的には無理なことと思っていたことだった。
いずれも、わかばが北海道に行ったおかげだ。
モルディブにファルトボートを浮かべた28歳の時から、26年の月日が流れている。
by saitoru1960 | 2014-05-24 21:15 |
今年もこうべまつりとそごうの北海道フェアが重なる。
いつもの店が出店している感じで、ここルーキーファームの「うしのつのソフト」も定番になっている。
今年はカップにしてハスカップジャムをトッピング。
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わかばのバイト先ヨーカドーのすぐそばに店がある。
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こうべまつりも今年は晴天に恵まれ人があふれていた。
初めて見た石見銀山のにわとりの燻製。美味しそうだった。
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by saitoru1960 | 2014-05-18 17:28 | 休日

20km

家ー垂水ー板宿ー家で20km。
今日はすれ違う人がムスッとした人が多く、いい天気にもかかわらず心は晴れやかにならなかった。
暑かったので板宿からが少しだるい感じだった。
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by saitoru1960 | 2014-05-18 12:44 | ランニング

ブックたましい原稿

「雲は答えなかった」 是枝裕和著 PHP文庫

30年後、2044年のことである。
科学技術は急速に進歩発展し、国そのものの在り方が大きく変容してしまっている。
ウェブニュースでは、放射線の影響が原因と考えられる死者の数がリアルタイムでカウントアップされている。いつか、いつかと言われ続けている南海トラフはいまだはじけず、エネルギーを蓄積し続けているため、国民の不安感を余計に助長していた。
始まりは原発作業員の死者数をまとめるサイトだった。 
そして、2011年の東日本大震災から10年を過ぎた頃から、全国で放射線が原因ではないかと考えられる死者の数をカウントしていくニュースサイトがいくつも登場してきていた。テレビや公共性のないネット上のニュースは偏向したものしか成り立たず、真実は何なのか認識しにくい超個人主義的社会は、30年前のスマートホンが登場した時代よりもはるかに他者との関係を希薄なものにしてしまっている。
あなたはそのとき厚生労働省で働いている。
陸を遡りながら車を飲みこんでいく津波の映像をテレビで見ながら、「早く逃げて!」と叫び、「将来、あの人たちのために何かできないだろうか」と考えた小学校6年生のあなたは、中学、高校、大学と勉学に励んでその夢を叶え、厚生労働省で仕事に励んでいる。
 ある日、甲状腺異常と診断され、福島第一原発から漏れた放射線が原因だ、と大震災当時福島県双葉郡(第一原発のあった場所)に住んでいた人たちが厚生労働省に陳情にきた。
甲状腺異常は、被曝しなくても生活習慣等が原因でかかってしまう人も多いため、仮にかかったとしても、それが放射線の影響かどうか因果関係を明確にすることはきわめて困難になる。
訴えてきた人たちの住んでいた旧双葉町の北には南相馬市があった。
中学校1年生のあなたは、担任の先生の提案で南相馬の中学校へクラスのみんなで寄せ書きをして送ったことがあった。南相馬からの気丈な返事に心動かされたあなたは、今の自分はあの時の延長線上にいることを十分認識していた。
被曝が影響と考えられる健康被害を訴える人たちの側に立ったあなたは、陳情してきた人たちの話を長い時間かけて聞き、できるだけ病状の軽い人たちも含め広い範囲で救済され、疑わしい人たちについても、多少でも放射線の影響が関係すると考えられるものは拾ってもらえるよう、調書をまとめて上司に報告した。
彼のもとに上司からのメールが届いたのは、翌日の朝だった。
「厚生労働省の仕事は、政治経済のバックアップがなければどうにもならないのだ。今回の件を認めてみろ、次々に同様の訴えが届き、賠償金が莫大な額に膨れ上がっていくことを君は理解できているのか。行政は常に国や企業の経済発展と国民の健康な生活の間を揺れ動いているんだ。厚生労働省の人間であれば、人情で行政を動かすことができないことぐらい認識しろ。」

上の話はわたしの作りばなしである。
是枝裕和著の「雲は答えなかった」は、未来ではなく、1990年頃、水俣病の訴訟に関わったある官僚のノンフィクション。サブタイトルに「高級官僚 その生と死」と書いてある通り、この主人公は良心と職責とのはざまで死を選ぶ。
人間は何のために、何を求めて生きていくのか。改めて自問したくなる1冊である。
by saitoru1960 | 2014-05-17 20:28 |

西マのdurian

「ドリアンを食べる為だけでも、ボルネオ島に来る価値がある」
(アルフレッド・ウォーレス)

「ドリアン」は、「ドリ」と言う言葉が「棘(トゲ)」で、「アン」は、「沢山」と言う意味。転じて、トゲトゲ一杯と言う意味の名前です。因みに、ランブータンと言う果物がありますが、これは、「ランブー」が「髪/毛」で、タンは「アン」が転化したそうで、「ふさふさの毛」と言う意味の名前です。見た目そのものです。

ここ、ボルネオ島サラワク州では、例年11月~12月がシーズンですが、年によって、7~8月に1回、11~12月に2回と、年2回果実をならす年もあります。2年周期位で起こります。一度は、7月に出始めて、11月迄延々と出続けた年もありました。これは、4~5年に1回です。
どうも、ボルネオ島北部のサバ州コタキナバルが果実をつけ始めると、序々に、南下して行く様です。ドリアン前線と言うのがあるのでしょうか、桜前線は、南から北の筈ですが、ドリアンは、北から南へ移動する様です。まあ、そんな事は知らなくても、ドリアンの木は30m位の高い木になりますので、花が付けば良く見えますし、果実がなっていれば、時速80kmで車運転していても見れますし、街中が次第に、ドリアンの匂いで充満してきますし、季節の話題の筆頭ですし、兎に角、そんな情報は一切必要ありません。

白い花は、どんどん落ちますので、それを拾って集めて、野菜として食べれます。見た目と食感は、エノキ風のものです。ブラチャンという小蝦を発酵させたマレーシアでは一般的な調味料で炒めて食べます。

そろそろ、果実の話に入りますが、そんな高い木に登って果実を取るのかと思われるかもしれませんが、違います。基本的には、果実が落ちるまで待ちます。ドリアンの果実がある程度熟すと、自然に落ちます。時折、熟す前に落ちる果実もありますが、それは、未だ、果肉の白い部分が(ここが食べる所)固いので、野菜として、スープに入れたり、炒めたりして食べます。これは、無臭です。でも、これも、そんなに美味しいという代物ではありません。
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そして、熟したものが自然に落ちたドリアン。
落ちてすぐ食べると、匂いはほとんどありません。口に入れると、濃厚な甘みと独特の風味、玉ねぎ、大蒜、カカオの様な味が、口と鼻を支配します。少しドロドロしてますが、レアチーズのケーキを柔らかくした様な感じです。
1つの果実が、幾つかの空洞に分かれて、それぞれに、果肉がありますが、それぞれの果肉は、それぞれの味ですので、これも楽しみの一つです。特に、端っこに小さい塊(小指の爪位の大きさ)のものがあれば、当たりです。この小さい塊が最も絶品です。
「ドリアン」は、「臭い」と言うイメージが先行してますが、不幸な事で、本当に美味しいドリアンを食べる機会に巡り会えなかっただけのことなのです。みかんも、熟しすぎたものは、美味しくないですよね。同じ事だと思います。

ドリアンの果実が、大きく成りだすと、いつでも、実が落ちますので、24時間、ドリアン所有者は、家とドリアンの植えてある地域を行ったり来たりして、落ちた果実を回収します。朝も、昼も、夜も、深夜も関係ありません。何度も行きます。特に、温度の関係か、夜の方が落ちやすいそうで、夜は、頻繁に、3時間に1回位の割合で行きます。
又、夜は、他のドリアン所有者も同じですので、ごく稀に「ドリアン泥棒」も出ますので、要注意です。一度、「ドリアン狩り」に同行しましたが、怖い怖い。灯りは懐中電灯だけ、「ボトッ」「ボトッ」と、そこら中で、ドリアンの落ちた音がすると、暗闇の中で、次いつ落ちるかハラハラしながら、ドリアンを探さなければなりません。
又、遠くから、別の人の懐中電灯が見え、一瞬「ドキッ」としたり、懐中電灯に照らされた人影が動き、「アントゥー」(精霊)かとびくっとしたり、結構緊張感溢れます。一方で、苦労して取ったドリアンは美味しい。苦労と言っても待っているだけで、運ぶのが多少大変ですが、そんなに苦労ではありませんが・・・。こちらの人は、採りたてのドリアンをおかずにご飯を食べたりします。結構、いけます。

中でも、甘味が少ない様なものや、酸味が強いものや、少し苦いものは、大き目の容器に入れて、保管します。これに塩を加えて、保存食とします。「タンポヤ」と言う名前です。
1週間目迄は、そのまま生でおかずとして食べますが、1週間を越えたら、チリ(唐辛子)と塩を含めて、炒めて食べます。ドロッとしてますが、味は甘味の強い梅干の様な感じです。でも、ドロッとしてます。
一応、保存食と言う事で、どの位もつかと聞いたら、2年、3年、もつと言う。それは、無いだろうと、「何をして食べれない判断にするか」と聞くと、そこの長老が、一言、「臭くなったら」と言ったら、私も含めて全員、「???」と言う感じでした。ご存知の通り、ドリアンには、そもそも匂いがありますので、どういう微妙な臭いの判断をするのかと、皆不思議でした。実際は、毎年、実がなりますので、シーズンからシーズンの間の保存食用みたいです。

ドリアンは、野生のものも含めて、ボルネオ島には、18種類あるそうですが、通常、果物のドリアンとして食べているものは、1種類で、それを品種改良したものだそうです。サラワクでは、それ以外に、野生のドリアンで、「ドリアン・イス」と呼ばれるドリアンもあります。これは、一般のドリアンが、楕円形であるのに対し、小振りな球形で、トゲが、針の様に尖っています。熟しても、臭いが無く、果肉の部分は、オレンジ色で、甘味はありますが、コクが今ひとつです。

何だかんだ言っても、落ちてすぐのものを食べる機会は、中々ありませんし、観光で訪れた場合は、時間や場所の制限がありますので、街やその近辺で食べる場合の注意事項を下記ご参考してください。

①都心の中心部で売っているものは、基本的には、駄目ドリアンが多い。
②午後より、午前の涼しいうちに食べる(通常、ドリアン行商人は、深夜の内に、奥地の方へ車で行って、ドリアンを出来るだけ沢山車に乗せて、日が昇る前に街に持ってくるので、保管状況が良い)。
③可能であれば、少し郊外の道端で売っているものは、良質のドリアンが多い。午前中で、ドリアンのトゲトゲに、葉っぱが一杯付いているのは、取ってきたばかりの可能性が高い。
④手にして、振ってみて、音がするのは、駄目ドリアン(水分が多くて、果肉のまわりの種が壁にあたる音がする為)。
⑤ドリアンの実についている茎の切り口が、シャープだと、熟す前に、木に登って、切り取った可能性が高く、熟していない場合が多い。
⑥ドリアンの下部が既に開いているものは、熟し過ぎている駄目ドリアンです。特に、中が見えているのは、駄目駄目ドリアンです。
⑦ドリアンの外皮に、虫が入ったと思われる小さな穴が付いている場合は、その部分は、食べれませんが、他のは、絶品の可能性が高い。しかし、全部、虫にやられている事も、良くありますので、ご注意下さい。
⑧ドリアンの品種の一つで、巨大なもので皮が厚く、開けづらいのは、料金は高いですが、非常に美味しいです。絶対に地面に置かれず、上からぶら下げられています。見るからに高級です。

食後の対応ですが、ドリアンを食べた後に、お酒を飲んではいけないという、食べ合わせみたいなのがありますが、特に炭酸系は、控えた方が良いでしょう。以前、イバン族の村で、ドリアンたらふく食べて、さらに、飲まされましたが、ちょっと体が火照って、気持ち悪かったですね。イバン族の人は、慣れてますから、こういのは、彼らにとって、常識の非常識の様です。まあ、2~3個の果肉食べたくらいだと問題ないと思いますが、まあ、念は念で、やめた方が良いでしょう。
食べ過ぎて、気持ち悪いと言う場合、基本的には、それを未然に防ぐ為に、ドリアンを食べた後、塩水を飲むと、胃の中で中和(?)されて良いそうです。一応、こちらの人が言うには、ドリアンの果肉が入っていた空洞に塩水を入れて飲むのが、最善の方法だそうです。普通は、食後15分後位にゲップがでるのですが、これをやると、ゲップも出ませんし、においも消してくれます(多少)。仕事サボって、ドリアン食べた後、事務所に行く時なんかは、必ず、塩水飲んでいないと、事務所内に入る前に、ドリアン食べた事ばれてしまいます。

又、一度でも、ドリアンを美味しいと感じた事のある人は、ドリアンが臭いや美味しくないと言う人を見つけたら、このページを読む様にお勧め下さい。
by saitoru1960 | 2014-05-08 16:04 | アジア

ジャーマンビアフェスタ

兼さん、原田くん夫妻と神戸駅で待ち合わせる。
去年のインディアンメーラーの時は、手頃なビールもあったのに、独逸は500ccで1400円もとった。
美味しいのは美味しいのだけれど、500ccで1400円って高すぎる。
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兼さんも森本さんもこっそりチーズやサラミを持ってきていて、なんだか似た者同士なのかもしれないと思った。
落語や演劇にも同じように興味があり、なおかつ二人とも医療従事者。面白い。
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お土産に生まれて初めて元町通りにある本高砂屋のきんつばを購入。
なんとも上品な味で美味しかった。
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by saitoru1960 | 2014-05-05 21:07 | 協力隊

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960