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うつむく姿

はやいスピードで走っていたわけでもなく、20kmとか30kmとかの回数もいつもとそう大きく変わりはない。
でも、残り7kmの死に方は尋常ではない。去年の高知の時もそうだったけれど、いったん死んでしまうと、もう脚が前に出ず、ひたすらゴールが来るのを堪えて待つしかない状態となってしまう。
これで、32kmしかもたないとなると、100kmをどうやってゴールまでたどり着けるのか準備の仕方を考えなくてはいけなくなる。
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by saitoru1960 | 2014-10-31 20:24 | ランニング

大阪の2日後

月曜日、火曜日と走らず、本日通勤ラン再開。
往路は41分07秒で約3分も時間がかかった。
終了後から、右のアキレスかかと部分が痛み、逆に気になっていた左膝にはなんら支障が出ていない。
3本の死んだ爪の中でも右の親指はかなり傷みが激しい。
はたまた、走り終わったときには右の脇にすれた傷も出来ていた。

右親指の爪の痛みは時間とともに激しくなり、夜にはズキズキしてきている。
いつ爪が剥がれることか・・・。

by saitoru1960 | 2014-10-29 19:15 | ランニング

大阪マラソン

1(5.51),2(5.32),3(5.30),4(5.30),5(5.24)[Ave.5.33],
6(5.23),7(5.22),8(5.22),9(5.23),10(5.26)[Ave.5.23],
11(5.26),12(5.28),13(5.24),14(5.26),15(5.25)[Ave.5.26],
16(5.23),17(5.21),18(5.20),19(5.21),20(5.30)[Ave.5.28],
21(5.24),22(5.24),23(5.21),24(5.20),25(5.23)[Ave.5.22],
26(5.22),27(5.20),28(5.30),29(5.27),30(5.31)[Ave.5.26],
31(5.31),32(5.31),33(5.43),34(5.41),35(5.55)[Ave.5.40],
36(6.28),37(6.33),38(7.11),39(7.40),40(7.34)[Ave.7.05],
41(9.09),42(8.06)[Ave.8.30]

で、4時間05分34秒。

残り7kmから死に始めラスト2kmは歩こうとしても脚が勝手に遅いペースで動いてしまい決心がつかなかった。
結局、40kmすぎてから給水の箇所で4杯も紙コップを手にして飲んだのをきっかけに立ち止まり、2~3分歩く。写真撮影個所が近づいています、という案内がなければもう少し歩いていただろう。

左右の親指、左の中指の爪が靴に当たる感じで死んでいて、右足の裏、太ももの内側が悲鳴をあげ、簡単に脚は前に出ない。
気温も高く太陽もでていたので、10月も下旬なのに帰るとランシャツ・ランパンの痕がくっきりだった。
でも、不思議に足の裏の水ぶくれはできなかった。
この状況で、100kmはどう考えても走れそうにない。

今日の見つけた沿道での応援メッセージベスト1。
「代わったろか?」
さすが大阪。

by saitoru1960 | 2014-10-26 18:00 | ランニング

加齢とともに

9月下旬から、左膝に生じてきている違和感。
正座をして曲げられない所から始まり、寝た状態から立ちあがる時、階段の上り、など意識的に体重を加減しなければいけない状態が続いている。
何も気にならなければ自然に動いていたことを改めて感じさせられる。
最後まで走りきれるのか、走り終えた後のダメージはどれくらいなのか、予断は許さない。
by saitoru1960 | 2014-10-24 05:30 | ひとりごと

準備終了

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駅伝の前日準備と当日、2日間ランなし。
今日はラストの10kmと決めていて、学園周回の12kmちょっとになった。
総合運動公園駅から上に上がり、いつものコースを逆から回ると少し新鮮だった。
帰りに久しぶりにひまわりスーパーボーイズのソフトが見られるかと、花谷小に寄るとみつばちーずの日で残念。
帰ると、鍵がなく、トモガまで取りに行くおまけがついて、プラス3km。
by saitoru1960 | 2014-10-19 21:14 | ランニング

2週間前、最後の20km

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26kmを走ってから、体育祭などで立ちっぱなしだったのも手伝ってか左ひざが深く曲げられなくなり、10月の3,4,5日と全く走らず、6日の警報が出た日に初めて整骨院にも行った。
整骨院は、ただこっちの言い分だけを聞き、基本的には、マッサージ、超短波、電気、冷却、マッサージチェアでのマッサージ、ということを患者に施しているのだろう。
今以上に、症状が悪化することもあまりなく、してもらうとなにかいいことをしてもらった、と安心して、それだけで良くなった、と考える人もたくさんいるのだろう。
「膝にテープ貼ってみますか?実費の300円が必要ですけど」と言われたので、「じゃあ」と貼ってもらった。
家にあるキネシオたった20cmですむテーピングだった。

1週間経ち、いつもの通勤ランを一週間こなし、今日はどうするか迷っていたのだけれど、ここでロングを走って痛くなったのならあとは休めばいい、と腹をくくって20kmにでた。
途中のラップも5.40を少し切るくらいで、トータルも1km、5.39。
やはりこのペースでどこまでいけるかというあたりがターゲットになりそうだ。
5.40で3時間59分09秒。さて・・・。

by saitoru1960 | 2014-10-11 10:35 | ランニング

四十にしてまどわず

論語
我十五にして学に志し
三十にして立つ
四十にして惑わず

惑わずは「或わず」のはず。
論語の時代にまだ心という語はなかった。
「不或」であると。
「或」の原義は、戈(ほこ)をもって口、すなわち城郭を守る。國はさらに口を加えた形。
「或」を「國」の意に用いる。
「或」は、周りをきびしく城郭で囲って閉じこもった状態をいう。
ということは、四十にして「不或」ということになると、この句の意味は全く逆になってしまう。
四十になったら、自分の檻を破って、「人間とはこういうものだ、世の中はこういうものだ」という思い込みを離れよ、と、孔子は言っていることになる。
惑わずどころではなく、自分がそこに囚われている固定概念を捨てよ、それが人間四十の課題である、自分が作った限界を超えて、ブレークスルーすること。それが「不或」の本来の意味ではないか。

以上、能楽師、安田登氏の解釈。

心という概念自体が紀元前5世紀くらいのこと、ということ。
そして、五十にして天命を知る

50才の自分の天命とは何なのだろう。

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七つの大罪
傲慢(pride)、貪欲(avarice)、嫉妬(envy)、憤怒(wrath)、貪食(gluttony)、色欲(lust)、怠惰(sloth)、―自己肥大の欲望

この7つ+憂鬱は感染するマイナス面がある
全てに共通 ⇒ 広がるという傾向

by saitoru1960 | 2014-10-06 05:05 | いろいろ

潜在能力を判断する直感

自分が知らないことについて知ることのできる能力 ⇒ 危機的状況や資源が有限な時に発揮される能力

クロード・レヴィ=ストロース 『野生の思考』 (ブラジルの奥地でインディオと何カ月か一緒に過ごす)

冒頭に「ブリコルール」という人物類型
手近なあり合わせの道具と資材を使って何かを作りだす
そういう仕事がブリコラージュ
そういう仕事をする人がブリコルール

インディオ(新石器時代と同じ生活を今も続ける人達)
25人ぐらいでまとまってジャングルを移動しながら生活
ジャングルの中で何かを見つけた時 ⇒ これを持っていこうと思うと袋に入れる(自然物、人工物、ごみ)
「これ」と思うと、自分たちの資産に加える。
でも、持ち歩けるものの量は制限される。 厳選する必要性

興味深いこと
彼らが目の前にある何かを目に留め、それを資産に加える時点ではそれがいったい何の役に立つのかについて見通しは立っていない。
「目が合う」⇒「こんなものでも何かの役に立つかもしれない」⇒「ああ、あの時これを拾っておいてよかった」

ブリコルールの感覚
「必要なものを調達する」合理性とは正反対
⇒ そのものがもっている潜在能力に反応
・何に使うかわからない
・どういう局面で自分が必要とするのかわからない
・でも、いずれ「これを拾っておいてよかった」と思う自分のことがリアルに想像できる。

目に留まる ⇒ 一番たくさん使い道を思いついて、なおかつこれ以外のものでは代替できない決定的なケースを想起できたものが優先的に選択される。
それを一瞬のうちにスキャンできる力がある

人間にはそんな潜在能力があることを過小評価している。
知らないことをしっている心身の全ての機能を総動員して自分達の生き延びるチャンスを最大化しようとしている =「生きる力」、「直感」

(日本霊性論より)
by saitoru1960 | 2014-10-01 05:33 | ドキリとしたこと

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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