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健康公園の春

野球のあと、健康公園で10km走る。
梅も満開で、桜のつぼみもほころび始める陽気だった。
5周で終わろうかと思っていたけれど、4周目で少し楽になったので、予定通り6周走りきれた。
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by saitoru1960 | 2015-03-30 18:56 | 休日

コールドゲーム

春の高校野球神戸地区大会。1回戦は対県商。広田の球は力の抜け方が加わり、丸岡も村本も打つようになっていた。
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by saitoru1960 | 2015-03-30 18:53 | スポーツ

初めての観戦

スタメンでしばらく前から出ているということは聞いていた。
これから一気にゴールに突っ走っていく総体のことを思うと、これが最後になるかもしれないという気持ちも湧いてきて、光には何もいわず高塚へ車を走らせた。
対戦相手は、北海道の札幌光星、彦根工業、そして高塚だった。
ジャンプボールから光は登場し、去年の新人戦予選では一度もコートに立つことのなかった男がどれくらいプレーできるのか見ることになった。
光は予想以上に普通にプレーしていて、あのチームの中では遜色もなく、センターとしての働きも及第点はつく働きをしていた。
グイグイ引っ張る指導者もない中で、キャプテンを中心にいいチームになっていたので嬉しくなった。
最後にはフリースローの反則ももらい、2本ともきちんと入れていた。
逞しさを感じさせられた時間だった。
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by saitoru1960 | 2015-03-30 18:42 | 家族

前座試合

bjリーグの兵庫ストークスの前座試合に、下里親子の対決が見られるということだったので、文化体育館へ。会場はプロ仕様だけれど、観客席はスカスカであまりプレッシャーがきつい状況ではなく、選手の紹介などで少し遊びも混じるため、彼らにはどうプラスになったか。
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高松先生にその後聞いてみると、あれでもいつもにはない緊張感があったようで、未知なる状況は、若者にいい刺激をもたらすということを改めて感じた。
by saitoru1960 | 2015-03-25 21:42 | スポーツ

中央市場まで22km

久し振りにロング。気温も高く、須磨水族園の赤灯台から砂浜のコースに入る。
そして、久し振りの高松線コースへ。県工の時にずっと使っていたコースだけれど、久し振りに気をつけて景色を見るとかなり変わってしまっている個所も多かった。
浜山小学校あたりは、住宅街が新しくできていて迷ってしまった。
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2時間2分でキロ5分33秒。
by saitoru1960 | 2015-03-22 11:44 | ランニング

大相撲3月場所9日目

初めて大相撲を見に難波にいく。地下鉄の中にお相撲さんが乗っていて、府立体育館が近づくとビン付け油の匂いが漂ってくる。
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幟が出て狭い歩道は距離感が近い。やぐらもちゃんと作られている。

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入り口は入る力士も観客も同じ。
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入り口からすぐのところにいわゆるお茶屋さんが待ち構えている。
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正面の椅子席Bは5600円。
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府立体育館の食堂でカレー800円を食べる。お相撲さんもスマフをいじりながらうどんを食べていた。
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ロビーで一緒に写真を撮っている人がいて、あれは誰だったか、と考え、「おおう!豊真将!」となった。
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「再入場一回だけ」、をつかって551の豚まんを買いに行こうとすると、前から北の湖が!
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従えているのは同じく元横綱栃東。でも、明らかに北の湖が親分で栃東は子分だった。
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今でもでかい北の湖のお尻。
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東側幕の内土俵入り
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豪栄道と照ノ富士
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このポーズが一番気に入っている。
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勢は物言いがついて反則負け。
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安美錦はこのあたりまで順調に白星を重ねていた。(その後、右ひざを壊して休場)
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逸ノ城と高安。
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逸ノ城とブラジル人魁聖はがっぷり四つで逸ノ城。
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白鵬はどっしりと重い。
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by saitoru1960 | 2015-03-16 21:46 | スポーツ

高倉健のこと

さらば、沈黙の俳優  小田嶋 隆
バックナンバー 2014年11月21日(金)

俳優の高倉健さんが11月10日に亡くなっていたことが発表された。
死因は悪性リンパ腫。83歳だった。
私自身は、高倉健さん(以下敬称略)について、特別な思い入れを抱いている人間ではない。
同世代の男の多くが、この人のかなり熱心なファンであったことを思えば、むしろ冷淡な組だったと言っても良い。
それでも、40歳を過ぎた頃から、この人の演技(というよりも、演じている役柄に対してかもしれない)に、共感を抱くようになった。
その「共感」については、あとで詳しく説明する。
とにかく、ひとことでは説明しにくいタイプの俳優だった。

映画は私の弱点だ。
演技も苦手分野だ。
大学に入って間もない頃、まわりにいた映画通の毒気にあてられて、
「オレは映画なんか見ない」
と、変な決意を固めて以来、映画とは縁の遠い人生を送って、ここまで来てしまった。

バカな意地を張ったものだと思う。
わがことながら、自分のケツメドの小ささにあきれている。後悔もしている。
なので、これから先の余生は、未見の名作を山ほど持っていることを財産と考えることにして、せいぜいブルーレイなどを集めてみようかと思っている。

話を戻す。
若い頃は、正直な話、高倉健という人の存在を、うとましく思っていた。
もう少し具体的に言うと、高倉健演じるところの「黙って耐える男」の重苦しさが、どうにも苦手だったのだ。
理由は、私自身が、黙ることや耐えることの大嫌いな若者だったからだ。

以下に述べることは、バカな若いヤツが昔考えていたことだと思って、ぜひ大目に見ながら聞いてほしいのだが、私は、黙っている男は要するにアタマが悪いのだと思っていた。
耐える男についても、単に意気地が無いのだろうと考えていた。
うん。
実にバカな見方だ。
でも、仕方がないのだ。

不当に高い自尊心を抱きながら、その自尊心に見合う確固たる自信を持てずにいる若い男は、その種の偏見で自分を支えるほかに生きて行く術を見い出すことができなかったわけで、あいつもあれで悪気があったわけではないのだ。ゆるしてやってくれ。 

いつだったか、映画通の知り合いと話をしていて、
「日本の俳優が外国の俳優に比べて演技力の上で見劣りがするのはどうしてだろう」
という話題が持ち上がったことがある。
その時に、わたしたちは、二つの暫定的な結論を得た。
ひとつは
「そもそもわれわれ市井の日本人が、普段から感情表現の希薄な能面人格である以上、俳優さんの演技も《おさえた演技》に着地せざるを得ないのではないか」
という分析で、もうひとつが
「高倉健のせいだ」
という臆断だった。

つまり、高倉健が、その一連の主演作の中で展開している「無言・無表情・棒読み」の演技が、長年にわたって高評価を与えられてきていることが、後進の俳優に良からぬ影響をもたらした、という仮説だ。
いや、半分はその場の冗談だ。
が、あらためて考えてみると、この「高倉健デクノボー説」は、なかなか示唆的な内容を含んでいる。

高倉健は、あまり演技をしない。
というよりも、彼の主演する映画は、プロットそのものが、「素の高倉健」を想定して作られている。
つまり、健さんには、役柄になり変わるための自己変容としての「演技」はそもそも求められていなかったということだ。
その「役柄」も、ごく若い頃の任侠映画の時代を除けば、ほぼ一貫している。
あえて言葉にするなら「浮世の義理に絡め取られて、余儀なく罪を着ることになった男」である。

「罪」は、不運な過失致死であったり、人助けのための勇み足であったり、正当防衛の刃が当面の敵を殺傷せしめるに至った運命であったり、いずれ、「身の不運」に類する行きがかりなのだが、この罪を、高倉健は、潔く引き受け、黙って法の裁きを受け容れる。
言い訳はしない。申し開きも自己主張もしない。ただただ粛々と懲役に服する。
出所しても態度は変わらない。
口さがない世間の陰口や、隣近所の無理解にも、健さんは、一言たりとも弁解をしない。
前科者の弱みにつけこむ悪党のいやがらせや、被害者の逆恨みも甘んじて受ける。抵抗はしない。
で、この「罪を得た者の忍耐の生き方」が、映画の隠れた主題であり、銀幕に流れる感情を増幅する仕掛けにもなっている。

かくして、同じ役柄を演じ続けるうちに、ある時期から「高倉健」は、黙っているだけで、「耐える男」「胸にある思いを押し殺している男」「罪を償う男」「過去に負った傷を抱き続ける男」を表現できるようになる。
というよりも、実態としては、観客の側が、高倉健の無表情から、あらゆる抑圧された感情と、男の美学と、罪の苦しさと、人生のやるせなさを読み取るリテラシーを獲得したわけで、要するに、健さんは黙って立っていれば良かったのである。

ふつうの男が黙って無表情な顔をしてみせたとして、世間は、必ずしも男の美学を感じ取ってくれたりはしない。
「なんだよ薄気味悪いな。いきなり黙りこみやがって」
「どっか悪いのか?」
「なんだその顔は。文句があるのか?」
「どうしたの? おなかへってるの?」
「女の子の前で不機嫌な男ってサイテー」
「なんや辛気臭い。ゆうことあらへんのやったらいねや」
かように、われらパンピーの沈黙はあまり評判が良くない。
無表情も、だ。
沈黙に色気を添え、背中に哀愁を装備するためには、やはり何らかの特別な内実が想定されていなければならない。

高倉健には、それがあった。
これは、なまなかな達成ではない。
というよりも、ほかの誰にそんなことができただろうか。
まるで、「不射之射」ではないか。
これは、深読みと言えば深読みなのだが、高倉健演じるところの「前科を背負いながら忍耐の時間を生きる寡黙な男」の姿は、「敗戦というトラウマを抱えながら復興にいそしむ戦後日本」の自画像と、奥深いところで響き合っていたはずなのであって、だからこそ、昭和の観客は、健さんの沈黙の底に沈殿している「万感の思い」を、ほとんど即座に共有することができた、と、私はそういうふうに考えている。
あの演技は、「昭和」のエートスが可能ならしめた、ひとつの奇跡だということだ。 

玉音放送のラジオ音声の中にあった「耐え難きを耐え忍び難きを忍び」という一節を引用するまでもなく、敗戦から20年ほどの日本の歴史は、「耐える」ことと「言い訳をしない」ことを自らに課することで、復興を果たしてきた道のりだった。
そういう意味で、高倉健の存在と演技は、復興と贖罪の時代と不可分なものでもあったのだ。
時代が平成に切り替わり、西暦が21世紀を数えるようになると、時代のモードは、もはや「復興」ではない。

敗戦のトラウマも、戦争の惨禍も空襲の記憶も、既に遠い昔のまぼろしになっている。
「罪」についても、
「あれって、冤罪じゃね?」
「ってか、自虐史観ってあり得なくね?」
みたいな調子で、なかったことにしたがる人々が現れてくる。
と、健さんの沈黙から、「万感の思い」を読み取る観客もおのずと数を減じないわけにはいかない。

「高倉健って、大根だよね」
「あの人って、マジで芝居してるんだろうか」
「ってか、コミュ障だよね」
「まあ、コミュ障かどうかはともかく、コミュ力は極力低いな」
と、おそらく、20代ぐらいの若い人たちの中には、そんなふうに思っている映画ファンが、少なからず含まれているはずだ。

たしかに、あの演技は、観客の側が行間を読み取ろうとする努力を放棄すると、ただの棒読みに化けてしまうテのものだ。
と、演じる側と見る側の間に共有されていたものが失われた時、寡黙な名優は、大根に戻ってしまう。
なんと悲しいなりゆきであろうか。

21世紀は、忍耐や沈黙の時代ではない。
贖罪や自責が流行する局面でもない。
そういうものは、流行らないどころか、どうやら、全方位的にうとまれている。
大人の男に求められる資質は、リーダーシップであり、アカウンタビリティであり、グローバルなマナーであり、コミュ力であり、ディベート力だ。
であるからして、弁解しない男はどんどん罪を着せられるだろうし、説明しない男は誰にもわかってもらえない。
幸福の黄色いハンカチは風に乗ってどこかへ消え果て、古い恋人は、黙ってイエローカードを提示する。
健さんには帰る場所が無い。

高倉健さんの訃報が伝えられた同じ日の夕方、政治の世界では、安倍晋三首相が衆議院を解散する決意を表明した。
夜になって、安倍首相は、テレビ各局のニュース番組をハシゴして、解散の理由を説明した。
この原稿は、解散の是非や、アベノミクスへの賛否を述べる場所ではないので、その話は書かない。

ここでは、安倍さんのしゃべり方の話をする。
率直に言って、私は、追悼企画の中で再生されていた高倉健のセリフまわしと、夜のニュース番組で解散の真意を語る安倍さんのしゃべり方を聴き比べて、その二つが同じ日本語であるようには思えなかった。

寡黙と多弁。
寡言と早口。
低音と高音。
静穏と狂躁。

健さんの語りと、安倍さんのしゃべりは、あまりにも対照的だった。
安倍さんは、早口で自説をまくし立て、キャスターの質問には、半ば喧嘩腰で両手を振り回しながら反論を浴びせていた。

TBSの「ニュース23」という番組の中で、安倍首相は、秘密保護法について尋ねられると、
「(秘密保護法は)工作員やテロリスト、スパイが相手で、国民は全く関係ない。例えば(表現の自由が侵害されて)映画が作れなくなったら、私はすぐ首相を辞めてもいい。報道が抑圧される例があったら、私は辞める」
と述べている。
言っていることの当否は措くとして、「○○だったら私は辞める」みたいな言葉が脊髄反射で出てきてしまう精神のあり方(というのか、しゃべり方のマナー)に、私は、暗澹たるものを感じずにはいられなかった。

健さんの演技を通じて復興期の人間が共有していたのは、「激しない」ということだった。
困難な時代の人間は悲憤慷慨しなかった。
人々は、耐えることを尊び、忍耐する人間の演技を高く評価した。
あるいは、グローバルなスタンダードで評価すれば、高倉健は大根役者であったのかもしれない。
が、私たちの国に、演技をしない役者が評価された時代があったことを、私たちは忘れるべきではない。
誰もが、感情を押し殺し、自分の足もとを見て耐えていた時代、たしかに、高倉健は名優だったのだ。
たやすく激高し、なにかにつけて声を荒げる政治家を見るにつけ、そう思う。
by saitoru1960 | 2015-03-06 05:13 | 心にのこる

ドリアンチェンドルをKLCCで

KLCC4階にあるLittle Penang Cafe。
そこで「ドリアンチェンドル」なるものを食べられるという。
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4トラベル「Little Penang Cafe」より
スリアKLCC 4階にあるレストランです。
紀伊国屋付近にあります。大変にぎわっていたので入ってみました。
メニューは写真付きで助かりました。適当にオーダーした品はどれも美味しかったです。
中でもドリアンチェンドルは絶品でした。
お店もスタッフも活気があって楽しく食事できました。
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もうひとつ。
パビリオンの地下、フードコートのデザートコーナーでもドリアンチャンドルはあるという。
by saitoru1960 | 2015-03-04 20:47 | マレーシア

藤川くんの話の中から

宝塚歌劇団のスターになるための逆の25ヶ条が面白い。

宝塚歌劇団『ブスの25ヶ条』
 1. 笑顔がない
 2. お礼を言わない
 3. 美味しいと言わない
 4. 精気がない
 5. 自信がない
 6. 愚痴をこぼす
 7. 希望や信念がない
 8. いつも周囲が悪いと思っている
 9. 自分がブスであることを知らない
10. 声が小さくイジケている
11. なんでもないことに傷つく
12. 他人に嫉妬する
13. 目が輝いていない
14. いつも口がへの字の形がしている
15. 責任転嫁がうまい
16. 他人をうらやむ
17. 悲観的に物事を考える
18. 問題意識を持っていない
19. 他人につくさない
20. 他人を信じない
21. 人生においても仕事においても意欲がない
22. 謙虚さがなく傲慢である
23. 他人のアドバイスや忠告を受け入れない
24. 自分が最も正しいと信じ込んでいる
25. 存在自体が周囲を暗くする
by saitoru1960 | 2015-03-04 05:22 | いろいろ

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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