<   2016年 03月 ( 10 )   > この月の画像一覧

説明会に

JICA関西で開催されたシニアボランティアの説明会に参加。
話をしてくれたのは、東欧に日本語教師として派遣された方だった。
シニアだからというよりは、海外ボランティアに参加するには、という視点からの話がメインだった。
JOCVとシニアには大きな相違点があると思っている。
JOCVには社会の中で生きていくうえでの柱が細く、人生を重ね、太い柱を持つ人がシニアに参加する、といったイメージだ。

春募集の日程は、
応募期間:4月1日~5月9日(受験番号送付:5月20日頃)
1次合否発表:6月9日
2次試験:6月16日(木)、17日(金)<関西地区>
2次合否発表:8月1日
訓練期間:
3次隊(10月上旬~11月上旬)
4次隊(1月上旬~2月下旬)
派遣時期:
3次隊(12月下旬~1月上旬)
4次隊(3月下旬~4月上旬)


by saitoru1960 | 2016-03-26 21:26 | SVへの道

甲子園に

f0013998_22364069.jpg
f0013998_2237859.jpg
f0013998_22373641.jpg
f0013998_22375647.jpg
f0013998_22382692.jpg
f0013998_22392970.jpg
f0013998_22385811.jpg
f0013998_22395082.jpg
f0013998_22401219.jpg
f0013998_22403820.jpg
f0013998_22405847.jpg
f0013998_22412670.jpg
f0013998_22414999.jpg
f0013998_2242674.jpg
f0013998_224221100.jpg
f0013998_22424091.jpg

by saitoru1960 | 2016-03-25 22:42 | いろいろ

シニアを考える

ふとシニアの春募集を見ると体育でスリランカが出ていた。
定年後、マレーシアかどこか外国に出ることを漠然と考えていたけれど、「スリランカ」という文字と「体育」という文字が目に飛び込んできたところから急に前へ進み始めた。
体育ならば体力的なことが必要な要素になってくる。
学年がちょうど終わる巡り合わせにもなる。
職場でのこれからの2年間と、スリランカでシニアとして過ごす2年間とを「やりがい」で考えると軍配はシニアにあがる、ということを自分で判断したのだろう。
栄一が呼んでいるのだ、と考えたりもして、やるしかないか、となってきている。
応募には、英語の資格も必要になる。英検かTOEICを受けてスコアをクリアしなければならない。
周りの教師たちと自分との価値観の大きな違いに、去年、「やめよかな」とこぼしたことがあったので、妻は、行っていいよ、と言ってくれる。
いろんな壁が出てくるかもしれない。
モルディブでの2年間は楽しかったばかりではなく、とてもきつかったこともよく覚えている。
帰国する時の涙は、別離だけではなく安堵の涙でもあった。
あえてもう一度、あの時代に飛び込もうとすることは、喉元過ぎれば熱さを忘れる、なのかもしれないけれど、28年も経つと本当に忘れてしまい、もう一度あのきつさを体験してみたい好奇心の方が勝っているのかもしれない。


by saitoru1960 | 2016-03-23 21:23 | SVへの道

部屋

f0013998_552887.jpg
f0013998_5524462.jpg
f0013998_5531413.jpg
f0013998_55336100.jpg

by saitoru1960 | 2016-03-21 05:53 | 休日

甲子園

f0013998_5482911.jpg
f0013998_549521.jpg
f0013998_5492921.jpg
f0013998_5495015.jpg
f0013998_5501286.jpg
f0013998_5503440.jpg

by saitoru1960 | 2016-03-21 05:51 | いろいろ

お祝い

f0013998_543227.jpg
f0013998_5453389.jpg
f0013998_5455368.jpg
f0013998_5461295.jpg
f0013998_5463874.jpg
f0013998_547065.jpg

by saitoru1960 | 2016-03-21 05:47 | 家族

陽水のコンサート

過去に行ったことのあるコンサートは、カーペンターズ、たくろう、長渕、高中、ユーミン、須藤薫、スクエア、などなど。
最近になって、そこに達郎、サザン、そして陽水が加わった。
達郎の時以上に、観客の年齢は高く、ほとんどの男性は白髪。
コートの色は目立たないベージュや黒、灰色。
自分の前に座っていた老女は杖をつき、座席を間違えて座っていた。
もちろん、高揚して立って歌う人もポツポツしかいない。
コンサートが1時間半くらい経つと休憩も15分入った。
陽水67歳。達郎63歳。たった4歳だけど、この差も大きいのかもしれない。
でも、歌はさすがにうまかった。そしていい声だった。
フォーライフの、小室等、よしだたくろう、泉谷しげるは無理だと思う。
f0013998_181545.jpg

1 ミスコンテスト
2 カナリア
3 飾りじゃないのよ涙は
4 鍵の数
5 My House
6 リフレインが叫んでる
7 リンゴ
・・・
・・・
by saitoru1960 | 2016-03-13 18:02 |

予期せぬこと

 学年通信に書いた2015年の目標は、「年間総走行距離3000km」であった。
 平均して1カ月250km走れば目標は達成できることになる。

 30歳を過ぎた頃、自分は42.195kmの距離を走りきることができるのか試したくなってフルマラソンのレースに出たのが始まりだった。それまでやることのなかった長い距離を走るということを、50歳の半ばを過ぎてもなお続けていようとは、その当時には夢にも思わなかった。

 途中、チャレンジ心に火がついて北海道のサロマ湖で100kmマラソンに挑戦したり、心身ともに疲労困憊になり数年間レースに出なかった時期もあった。それでも、スピードは出なくなったけれど、現在も年に1度のフルとハーフのマラソンを走り、高校時代の仲間と共に駅伝のレースに出て楽しんでいる。身体のどこかに痛みが出て、走りたくても走れない状態にならなければ、このまましばらくは趣味として走ることを続けるような気がしている。

 走る距離に合わせたランニングコースにはいくつかのバリエーションがある。最も気にいっているのは、塩屋から須磨にかけての国道2号線、海岸沿いを走るコースだ。これからは穏やかな瀬戸内の水面が春光を細かく煌めかせ、鉢伏山の新芽が薄い緑色を少しずつ膨らませてくる早春の風景になってくる。

たやすく涙を流せるならば
たやすく痛みもわかるだろう
けれども人には笑顔のままで 
泣いてる時もある            中島みゆき“命の別名”

 走っている時、脳のシナプスは複雑に絡み合うようで、脈略もないタイミングで唐突にアイディアや解決策が湧きあがり、走りながら自分自身に驚いてしまうことがある。走っている時の振動が脳に伝わり、なんらかの化学反応が生じているかもしれない不思議な瞬間である。
 
 音楽を聞きながら走ると、曲と昔の思い出の映像が重なり合い、自然にスピードが上がることがある。過去にタイムスリップしてその頃の感情までもが蘇り、走りながら微笑んでいるのが自分でもわかる。
 また、昔聴いていた曲の歌詞が、突然ぐっと心に入ってくることもある。昔の自分が感じ取ることのできなかった“言葉”に今の自分が反応し、心の琴線が過去のものとは違っていることに気づくことにもなる。
 
 ただ脚を交互に動かしているだけなのに、アイディアや感情が脈略もなく突然湧きあがってくることが面白くて、わたしは走っているのかもしれない。

傷つくことを恐れ 
黙るより 孤独と戦いたくて
泣きたいような夜は 
“希望”ってロウソク胸にともした    山下達郎“いつか晴れた日に”

 11月、何十年ぶりかで左ふくらはぎを肉離れし、黄色信号が点滅したけれど、トータル3058kmを走り目標はクリアできた。3000kmを越えた12月のその日、1つの節目を迎えることができた達成感があったのは言うまでもない。また、公言したことが、自分自身を奮い立たせる力を生み出したのも事実だ。

 新湊川沿いに立つ柳の木はすでに芽吹き、桜の蕾はもう少しで1年ぶりに薄い桃色を見せる季節を迎える。 
by saitoru1960 | 2016-03-08 05:44 | いろいろ

ちこちゃん

2年半ぶりにちこちゃんが神戸に。国際緊急援助隊の研修を三木防災でということであった。
治子のお勧めで三宮のコリアン「ニコヤ」へ。小さい店だったけれど、プテチゲもタッカルビも美味しかった。
ちこちゃんも原田くんも変わりなく、再会を喜ぶことができた。
期英から電話が入ったのは地下鉄の中だった。
f0013998_19591977.jpg
f0013998_19594061.jpg
f0013998_19595145.jpg
f0013998_200013.jpg

by saitoru1960 | 2016-03-03 20:00 | 仲間

光の卒業

光の3年間が終わった。
「バスケしようと思うねんけど」と帰宅後告げた日。
あまり家で話をしなくなっていった時期。
勉強をしない姿にいらいらしながらも、これが光のペースなのだと思い、次第に楽になっていった時期。
「捻挫した・・」と帰宅後すぐに父に知らせた日。
甲南を落ち、学院の合格がわかった時の「後期、がんばるわ」の言葉。
卒業生の歌を歌う口元を見ながら、友が丘での3年間に思いを馳せた。
いろんなことがあった3年だった。

育友会長熊谷先生が話す塙保己一の話も、野球部キャプテンの答辞も心に入ってくる良い話だった。

f0013998_1594815.jpg

f0013998_1510686.jpg

f0013998_15103358.jpg
f0013998_15104364.jpg

by saitoru1960 | 2016-03-01 15:10 | 家族

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
プロフィールを見る