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プロフェッショナルのテーマ曲

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by saitoru1960 | 2016-11-29 05:31 | いろいろ

これからの生き方

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by saitoru1960 | 2016-11-27 08:35 | 心にのこる

ベニバナイチヤクソウ(紅花一薬草)

わかばがフィールドワークで見つけたというベニバナイチヤクソウは亜種か新種という珍しいものだということ。ひょっとすると名前がつくかもしれないと教授に言われたとか・・・。(photo by Wakaba)
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by saitoru1960 | 2016-11-20 18:54 | 家族

その島のひとたちは、ひとの話をきかない

自殺希少地域を歩く精神科医。老人などと話をしながらフィールドワークによりその理由を考えてゆく。
人とのつきあい方や、対話とはという問いにヒントとなる言葉が並んでいる。
難しいことが書かれているわけでもなく、論理的にまとめてあるわけでもないけれど、何かがひっかかってくる。
時々書棚から出して読むことで、その時々の自分の心理状況にあわせてひっかかる場所が変わるような気もしている。
今年のベスト3に入る1冊になった。
①困っている人がいたら、今、即、助けなさい
②ひととひととの関係は疎で多。
③意思決定は現場で行う。
④「この地域のひとたちは、見て見ぬふりができないひとたちなんですよ」
⑤解決するまでかかわり続ける。
⑥「なるようになる。なるようにしかならない」
⑦相手は変えられない。変えられるのは自分。
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by saitoru1960 | 2016-11-19 18:13 |

ニューシューズはミズノウェーブエンペラー

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8月から履き始めたターサージール。829km、約850km位は走ったことになる。左のかかとが擦り減りいよいよ駄目になり、2足目のエンペラーを購入。
これで、三田ハーフを気持ちよく走れそうだ。


by saitoru1960 | 2016-11-16 21:35 | ランニング

若者

二〇一六年十月十三日、「アメリカ伝統音楽にのせ 新しい詩の表現を創造した」として、ボブ・ディラン(七五)がノーベル文学賞に選考された。歌手としては初めての受賞となったが、発表からしばらくの間ディラン本人のコメントは発表されなかった。すると一人の委員が「無礼で傲慢だ」とディランを非難するコメントを出したとニュースが流れた。わたしはそれ読み、中学時代の自分を思い出して思わずニヤリとしてしまった。

わたしがボブ・ディランという名前を知ったのは一九七〇年代、和製ボブ・ディランといわれたフォークシンガー・吉田拓郎(七〇)を通してであった。「世代の代弁者」と崇められ、メッセージソングやプロテストソングの旗手と評されたボブ・ディランに吉田拓郎は感化され、楽曲のみならず生き方にまで大きな影響を受けたと様々な場面で話していた。その吉田拓郎に中学生のわたしは感化されたのだった。

権力に反発するエネルギー、権威を権威とも思わない自由さ。大人のずるさや嘘に対し反抗心あふれる中学生にとって、心揺さぶられることば(歌詞)は身体の奥底にまでぐいぐい沁み入ってきた。そして、いつか自分もこんな若者になりたい、とギターを手に拓郎の曲を歌っていたのだった。

時代はテレビ全盛期。拓郎はいくら曲がヒットしてもテレビには出なかった。たった数分の時間で自分の意思は聴き手に伝わらない、というのが理由だった。森進一に提供した曲「襟裳岬」でレコード大賞を受賞した際、帝国劇場での受賞式のステージに普段着のジーパン姿で上がってきた時には、権威を歯牙にもかけないその姿に、かっこよさと憧憬の念がますます高まったのを覚えている。社会に対して背伸びしようとする中学・高校時代、拓郎は大人と自分との間にいる憧れの若者だった。

今、その若者になろうとしている君は、これから大人と対峙していくために覚えておかなければならないことがある。大人は君よりも物事を論理的に考える経験を多くもっているということだ。何かの事象に直感的に声をあげても、大人は「でもね」、と簡単に論理的思考を用いてかわしてくる。大人は狡猾で悪知恵を働かせるのがうまい。だからこそ、若者が持つ唯一最大の武器「直感」を大切にしてほしいと思っている。

三宮のジュンク堂ではたくさんの書籍が平積みされている。たびたび訪れていると、以前気にならなかった本にふと手が伸びる時がある。いつもたくさんの無駄なものを見ているようではあるけれど、何かの拍子にその中から直感的に「んっ?!」と感じて手を伸ばすことで出会った一冊。自分の直感は、読後に正しかったのか失敗だったのか自ら判断させられることになる。成功と失敗をくり返しながら、直感の蓄積を続けていくことで、こま切れに蓄積された経験は次第に網の目のようにつながっていき、自分のことばとして外に出てくるようになる。

一方、板宿の井戸書店は個性が光る街の小さな本屋さんである。ここは店主の意思を感じる棚揃えをしていて、一角には店主お勧めのコーナーも設けてある。そこに置かれてある本は時々入れ替わり、昔から読みつがれているものから、店主が感銘を受けた最近の一冊などジャンルも多岐にわたっていて興味深い。店主のフィルターを通して置かれている著書にアンテナが引っ掛かることがあり、ジュンク堂では到底探しだすことができない一冊に出会うことがある。もちろん、最後まで読み終えたのちに、ハズレだったな、と感じることはあり、それはそれでまた経験の蓄積として残っていくことになる。

大型書店や小さな本屋でのぶらぶら歩きから始まる一連のこの流れは、無駄なように見え、効率的ではないかもしれないけれど、結果的には自分の生き方を「ことば」で表わすことができるようになることに繋がっているとわたしは思っている。

これから「若者」になる君は一体何を追い求めるようになるのだろう。
そして、君にとって何が変わらない夢になるのか、これからもずっと考え続けていってほしい。
いつの世も若者が時代を作っていくのだから。

シュプレヒコールの波
通り過ぎてゆく
変わらない夢を
流れに求めて
時の流れを止めて
変わらない夢を
見たがる者たちと
戦うため
   中島みゆき「世情」


by saitoru1960 | 2016-11-14 05:14 | いろいろ

仕合せ(糸)

「幸せ」と「仕合わせ」の違いを教えてください。

A:『明鏡国語辞典』で「しあわせ」を調べてみますと、一番最後に「表記」という欄があって、次のように書いてあります。

偶然性を重視するときは「仕合わせ」も好まれる。

「しあわせ」という日本語の語源は、「し合わす」だとされています。「し」は動詞「する」の連用形。つまり、何か2つの動作などが「合う」こと、それが「しあわせ」だというのです。別のことばで言い換えれば、「めぐり合わせ」に近いでしょう。

自分が置かれている状況に、たまたま、別の状況が重なって生じること、それが「しあわせ」だったのです。ですから昔は、「しあわせ」とはいい意味にも悪い意味にも用いたようです。偶然めぐり合った、よい運命も悪い運命も、「しあわせ」だったのです。

さて、現在の私たちは、語源のことはすっかり忘れて「しあわせ」ということばを使っています。ただ、「仕合わせ」と書く場合、「仕」は当て字ですが、「合わせ」の方に、「しあわせ」が本来持っていた、偶然性の名残を見ることもできるでしょう。そこで、たまたま訪れてきてくれたハッピーな状況のことを表したいときには、「仕合わせ」と書くのが好まれる、というわけです。
by saitoru1960 | 2016-11-11 05:04 |

中島みゆき・世情

世の中はいつも 変わっているから
頑固者だけが悲しい思いをする。

変わらないものを 何かにたとえて
その度 崩れちゃ そいつのせいにする

シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく
変わらない夢を、流れに求めて
時の流れを止めて、変わらない夢を
見たがる者たちと、戦うため

世の中はとても臆病な猫だから
他愛のない嘘をいつもついている。

包帯のような嘘を見破ることで
学者は世間を見たような気になる

シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく
変わらない夢を、流れに求めて
時の流れを止めて、変わらない夢を
見たがる者たちと、戦うため
by saitoru1960 | 2016-11-03 14:35 |

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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