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フルレとマーレを結ぶ橋

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by saitoru1960 | 2017-06-25 15:32 | モルディブ

途上国における障害者スポーツ

モルディブ時代の陸上競技クラブの教え子マスードが今、44歳になり、モルディブ障害者スポーツ協会でボランティアをしている。マスードの活動を知ったのは、フェイスブックに彼が載せていた視力障害者がロードレースに参加している写真だった。
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<右端がマスード、左から2番目がランナー。サポートしたランナーは右から2番目の女の子>

途上国での「スポーツ」への取り組みではなく、途上国での「障害者スポーツ」への取り組みは、1964年が「東京オリンピック」で2020年は「東京オリンピック・パラリンピック」と銘打つように、「世界とスポーツ」を考える上ではまさにこれからの多(異)文化共生時代の課題の一つになるのかもしれない。
私が青年海外協力隊員としてモルディブで活動していた1989年、神戸で開催されたフェスピック大会(アジアパラ競技大会の前身)にモルディブから障害をもつ卓球選手1名が参加したことがあった。代表団の1人として、協力隊の事務所で働いていた、日本語を少しだけ理解できる現役のモルディブ卓球選手が選考され、神戸に引率していく役目を果たしたのだった。しかしながら、当時(1988~1990)モルディブにおいて障害者が人の目に触れ堂々とスポーツする姿を私は見た記憶がない。
帰国して27年の月日が流れた。
途上国における障害者スポーツがどのように進展していったのかマスードにまだ詳しく聞けてはいないが、遠い異国から教えにやって来た日本人と一緒に陸上競技を経験したことで、スポーツの持つ力を体感し、それが他者に働きかけることへの意欲に繋がってくれたのであれば嬉しい限りである。
モルディブは1200もの島で一国を形成している島嶼国である。国土の総面積は淡路島の半分程度しかない。1200の中には、ヤシの木一本だけが生えているような島も含まれていて、そのうち200の島に人が住んでいると言われている。
発展途上国でのスポーツを考える際には保健衛生状態を考慮しない訳にはいかない。また、保健衛生状態と密接に関係する戸籍の存在さえも明確ではないことが途上国では起こり得ることも忘れてはならない。
1989年、クウェートで開催されるイスラミックオリンピック大会(イスラム教国のオリンピック)に初めてモルディブ代表選手として選考されたサイードは、初めて国外に出るためパスポートを作ることになった。自分の生年月日をわざわざ生れ故郷の島に確認しに行き帰ってくると、彼の本当の年齢が18歳から16歳に下がり、髭の生えている風貌とパスポート上の年齢の大きな違いに驚愕したことがあった。よくよく聞いてみると、地方の島では生まれてもすぐに死んでしまう子供が多いので、戸籍なるものは存在せず、このまま生きながらえることができるな、となった頃に、何年前に生まれたあの子だな、となり、島の係の人が何かに記すのだという説明だった。
小さな島の集合体として成り立っている国モルディブにおいて、もう一つ気になったのは「血」の問題であった。
「モヤミーフン」というモルディブ語を覚えたのは活動し始めてすぐの頃だった。
「モヤ」は異常な、狂った、というような意味で、「ミーフン」は人である。
夕方4時からの陸上クラブの練習時間になると、選手たちがちょっと声を低めにして「モヤ」と呼ぶ、近所に住むアハメドがしばしばやって来た。年齢は10歳から13歳くらいであった。
アハメドがくる時はいつも水浴びをした後で、きちんとアイロンのあてられたシャツを着て、髪の毛にもきちんと櫛の目が入っていた。そして、いつもニカッと白い歯を見せ、なにかブツブツ言いながら陸上クラブの選手たちが練習する横にぶらぶらとやって来るのだった。ストップウオッチでタイムを計る私の近くに来ては、ストップウオッチを珍しそうに触るので、使っていないストップウオッチを手渡すと、嬉しそうにボタンを押し大きく口を開けまたニカッと白い歯を見せていた。
当時は総人口20万人のうち4分の1の5万人が周囲5㎞しかない首都島マーレに住んでいた。一方で地方の小さな島では一生その島から出ずに過ごす人々もいる。
単純に残りの15万人が首都以外の199の島に別れ住んでいるとすると、1島に750人という数字となる。何代かさかのぼると近親者ということが十分考えられ、近親婚から生まれる子供が障害者である高確率も簡単に想像がつくところである。
また、乳児死亡率はその国の平均寿命に直結している。
1988年と2014年でモルディブのそれを比較してみるとこの四半世紀におけるこの国の充実ぶりは一目瞭然である。
乳児死亡率 1988年 74.4人   2014年 7.8人 (出生1000人あたりの死亡数)
平均寿命  1988年 59.77歳  2014年 76.77歳
障害をもたなくても生きながらえるかどうか不透明な途上国において、障害を持って生まれた子供の行く末は想像に難くない。
乳児死亡率が下がることで上昇する平均寿命。平均寿命の伸びることが障害者のスポーツ参画に結びつくのであれば、やはりスポーツは恵まれた国の人々だけが享受できるものなのだろう。

今年2月、マスードが私に依頼してきたことは、ブラインドサッカー用のボールの入手であった。連絡を受けて探し始めると、日本でもブラインドサッカー協会のサイトでしか購入できない貴重なボールであった。しかしながら、ずっと売り切れ状態が続いていたため、ボールが手に入るまでにマスードの最初の連絡から4カ月の時間が過ぎてしまっていた。
「まだブラインドサッカーをする選手はいないけれど、2020年の東京パラリンピックに出られたらいいな」と話すマスード.。
ようやく届いたデンマーク製のブラインドサッカーボールを初めて手にしてみると、皮の感触、音の鳴り方など初めての感覚であった。せっかくなので、高校2年生の保健の授業でボールを触らせ、レタリングの上手な生徒に「Don’t think ! Feel !!」とモルディブのブラインドアスリートにメッセージを書かせた。
私がモルディブを離れた1990年、17歳だったマスード。
日本の17歳が送ったメッセージを目の不自由なアスリート達に彼はどう伝えるのか聞いてみたい。

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「Don’t think ! Feel ! !」

by saitoru1960 | 2017-06-25 07:23 | 協力隊

Start line of Maldives Blindsoccer !

2017年2月19日 15:13 <Abdulla Masood>
hello coach
haalu kihineh
im going to introduce blind soccer in the maldives
i need your help to find ball

2017年2月19日 15:57 <Toru Saito>
Masood,kihine!?
Blind soccer balls selling in Japan seem to be sold only at the Japan Football Association.
I have tried various searching on the web now, but it seems to be made in Spain.
The price is 5616 yen per piece.
However, it can not be sold out and available.
If you tell me your position of the Maldives Disabled Association, I will consult with the Japanese Football Association once.
And please tell me the history of blind football in the Maldives and the future plan of enlightenment.

2017年2月19日 15:59 <Abdulla Masood>
baraabaru.
My position in Blind and visually impaired society is consultant in sports (Volunteer). Till now we not play blind soccer here in the Maldives. We are planning to introduce blind soccer here.
Our future plan is to participate Paralympic 2020 Tokyo. Now I’m training only athletics for blind.

2017年4月7日 18:47 <Toru Saito>
Masood, I am sorry I did not contact you for a long time.
I tried asking various departments, but I did not get a reply.
Looking at the web of the Japan Blind Football Association after a long absence, the sold out balls began to be sold again. This is good news.
So I ordered one because it was reservation sale. In May it will arrive at hand.
I will send it to you as soon as possible, so please tell me the address of Masood at Male

2017年4月8日 13:09 <Abdulla Masood>
Thank you Coach. I also trying very hard to get reply various departments. Now i got reply from denmark they are ready to supply balls and other materials.
My Postal Address is:- Lot no. 10395. Ground Floor. Hulhumale. Zip Code: 20057 Phone: +960 7943177

2017年6月22日 <Toru Saito>
My high school student wrote a message on the ball.
These students are 17 years old, it means 2nd grader in Japanese high school.
In 1990 when I had returned to Japan from Maldives, Masood was 17 years old, isn’t it.
Please wait a little more. I will send this ball to Maldives.
Please be looking forward to it.
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by saitoru1960 | 2017-06-22 05:30 | モルディブ

Kに知らせたこと

久しぶりです。
あれからのことを説明するとかなり複雑なのですが、結論から言うと、1次合格して、明後日2次選考の面接に出かけます。
ただ、最終的に合格したとしても、教育委員会の現在の方針に変更がなければ、辞退することになります。

去年、派遣職員(有給)の身分で参加可ということだったのが、今年度、「他にも希望者がいるから」という理由で、無給の自己啓発等扱いになると4月中旬に連絡が入りました。

無給では残された家族が生活できないので、退職しての参加を考えました。
事務長が細かい計算をしてくれ、2年間に6割くらいなくなるので現実的ではないと話をしてくれました。
これが願書提出締切日の話です。

この段階で一度は参加をあきらめました。
でも願書は提出していたので、悪あがきをし始めました。

青年海外協力隊事務局長あてに、
「事務局から委員会に有給にしてもらうような依頼は出来ないだろうか」
という内容のメールを送ったのです。

現職参加対応の矢部さんから、「特定の個人に対しては出来ないが、兵庫県教員で合格した人全てに対して、できる限り有給での参加をお願いすることはできる」、という回答が届きました。
この時、最終的に合格してからの辞退届提出では事務局に迷惑がかかるかもしれないから、ということも頭にあったのだけれど、それに対しての言及はありませんでした。

結局決めたことは、自分の意思で道を閉ざすことはしないでおこう、でした。

校長にも1次合格の結果報告をした折に、自分の熱意と考えを伝え、派遣させる立場からみた(大きく言うならば、国際貢献する観点から)意義を委員会に今一度伝えてもらいたいと話をしました。

最終結果が出て、兵庫県からのボランティアに参加する教員数がまとまった後、いくら熱意を伝えても、「最初から無給と言ってたでしょ」と委員会からはあっさり言われておしまいなのかもわかりません。

県の立場では、ボランティアの経験を1人でも多くの教員にしてほしい、というのはもっともなことで、理解できるのです。ただ、派遣する側から考えた時に、経験者の経験を生かすことでの利点というのは確実にあると思うのです。
このあたりを委員会の裁量で考慮するような余地があるのかどうか、です。

簡単に説明できているかどうかわからないけれど、一縷の望みを持ってはいるけれど、限りなく辞退せざるを得ない現状ということです。
そんなことで、なんともすっきりしない日々を過ごしている私です。

駒ケ根ハーフ楽しんできてね。今の駒ケ根の様子を写真ででも見せて下さい。


by saitoru1960 | 2017-06-14 05:32 | SVへの道

風の人 土の人

「地域ではたらく「風の人」という新しい選択」 
作者: 田中輝美,藤代裕之,法政大学藤代裕之研究室
出版社/ ハーベスト出版 発売日: 2015/08/11

「風の人」
その地域に「定住」しない人
その地域の外からやってくる人
その地域に新しい視点をもたらす人

「土の人」
その地域に「定住」する人
その地域の地元の人
その地域を支え、受け継いでゆく人
3つの原則

①主役はあくまでも「現地の人」。決定権は協力隊にはない
地域活性化における主役は「土の人」、「現地の人」。決定権は「現地の人」にある。
「風の人」と「土の人」には、明確な境界線があり絶対に越えられない。
一線を越えると現地の人と衝突が起き、本当は必要のない支援をしてしまう可能性も高くなる。「支援」ではなく「介入」になることがある。

②協力隊は、風のようにフットワーク軽く行動を起こすこと
「土の人」に代わって、どんどん動くこと。
2年で目に見える成果を出すことは誰でもできることではない。ただ、成果を出そうとチャレンジする「姿勢」は、どんな人であっても見せることができる。
やるか・やらないか迷ったら気軽に身軽に行動を起こすことが大切。

③自分の考えを信じて、「風」という名の変化の「きっかけ」になる
「風の人」である協力隊の価値は、新しい風を吹かすことができること。
その「風」は、協力隊の1人ひとりが持つ、「土の人」にはない独自の視点やアイデア。


by saitoru1960 | 2017-06-14 05:12 | 協力隊

1次の合格が届いた日、校長へ渡した資料

校長に1次合格の報告とこれからのことを話しに行った。

1 ミャンマーにおけるシニアボランティア「体育」の継続が絶たれること。
2 「体育」自体の合格者が過去2年間「0」であること
3 今回から始まるミャンマー青年海外ボランティアの要請は10件中7件が体育スポーツ分野で、シニアの立場からまとめ役の形で有益に働けること。
その上、「陸上競技」が跳躍専門と投擲専門の2名募集され、私の受験しているシニアの要請内容には、その2名と連携をして活動することも望まれる、と書かれてあること。

以上の3件について資料をもとに話し、兵庫県教員の最終合格者が決定するまでは自らの意思で辞退することはしないと説明した。

校長は、8月10日の最終結果を受け、もう一度教職員課に私の意志を話してお願いしてみると話をしてくれた。

<資料として>
ミャンマーでのシニア海外ボランティア「体育」活動実績
①2016年2月~12月 短期シニア海外ボランティア「体育」ボランティア活動<10か月間>

②2016年10月 平成28年度第3回短期シニア海外ボランティア「体育」 募集 
「ミャンマー:2017年5月から12月まで8ヶ月間」     ⇒応募者数「0」

③2017年2月 平成28年度第4回短期シニア海外ボランティア「体育」 募集
「ミャンマー:2017年8月から2018年1月まで5カ月間」 ⇒応募者数「0」

④2017年4月 シニア海外ボランティア春募集 「体育」(2件:他1件はミクロネシア)
*今回 「ミャンマー:2018年1月から2020年1月まで2年間」 ⇒応募者数「6」、1次合格者数「3」

※④で派遣されなければ、次回要請は2017年秋募集「2018年8月から2020年8月まで」になる予定。

●今回合格者がいなければ、2017年5月から2018年8月までの間ボランティアのいない状態となる。

過去2年間のシニア海外ボランティア「体育」の要請数と合格者数
2015年春:要請数「1」-1次受験者数「0」-1次合格者数「0」-2次合格者数「0」
2015年秋:要請数「1」-1次受験者数「0」-1次合格者数「0」-2次合格者数「0」
2016年春:要請数「3」-1次受験者数「8」-1次合格者数「4」-2次合格者数「0」
2016年秋:要請数「1」―1次受験者数「0」-1次合格者数「0」-2次合格者数「0」
2017年春:募集数「2」-1次受験者数「6」-1次合格者数「3」-2次合格者数「 」

2017春募集「ミャンマー」要請内容
◎青年海外協力隊(10人) 
2016年、アウンサンスーチー氏来日時に初めて条約締結され、青年海外協力隊が今回初めて派遣となる。
1・陸上競技(任地:ヤンゴン)2・陸上競技(ヤンゴン)3・水泳(マンダレー)      
4・バレーボール(ヤンゴン)5・柔道(マンダレー) 6・空手道(マンダレー)
7・数学教育(マンダレー) 8・体育(マンダレー)9・看護師(マンダレー)    
10・青少年活動(マンダレー)

◎シニア海外ボランティア(10人)
2012年4月、日本とミャンマー首脳会談でJICAボランティア派遣について言及。
2013年1月、第1号のシニア海外ボランティア(医療機器分野)が派遣。
2015年8月までに16名のボランティアが派遣された。
2015年10月には、長期(2年)のシニア海外ボランティアが派遣を開始し現在に続く。
1・コンピューター技師(任地:マンダレー)2・コンピューター技師 3・自動車整備        
4・看護師(ヤンゴン)5・言語聴覚士(ヤンゴン) 6・作業療法士(ヤンゴン)
7・医療機器(ヤンゴン)8・医療機器(マンダレー) 9・作業療法士        
10・体育(ヤンゴン)

<私見と要望>

1 予算内での派遣
教育委員会の立場からは、多くの教員に経験させることが有用と考えることは仕方のないこと。
しかし、青年海外協力隊とシニア海外ボランティアをひと括りにして予算が成り立ち、初回参加希望者に優先順位があるのであれば、シニア海外ボランティアを考える2回目(青年海外協力隊経験者)にはマイナスのアドバンテージがついてくる。

2 現状において、どのような条件であれば、追加措置に値する案件となり得るか。

1)参加希望者の希望調書などを精査することはできないか。
 現状では、校長からの参加希望の依頼文書をもとに教職員課が選考。
 本人からの文書がない中で、複数名希望者が出た場合には何が優先順位の理由になるのか。
 本人の提出する参加希望調書のようなもので、優先順位を考える材料にはできないか。
 
2)JICAからの依頼
最終的に合格した際には、本人含めた兵庫県からの教員の合格者(シニア、青年ともに)に関し、青年海外協力隊事務局または兵庫県との窓口であるJICA関西国際センターから、兵庫県教育委員会に対して、可能な限り派遣法(有給)の適用を検討してもらうよう依頼をすることは可能、と回答があった。
 ボランティアを派遣する立場からの依頼に対して、教職員課が考慮する余地はあるのか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

○合格後に辞退する場合、事務局に迷惑のかかることが生じるかもしれないので問い合わせた。
身分の扱いに関しては所属先が決定することとして、「辞退」に関することでの返答はなし。
現段階では願書に記述した「現職での参加を希望」という事だけがJICA事務局に伝わっている。

○教職員課に対して
事務局から委員会に派遣職員にしてほしいと依頼があっても、本人には「無給」での説明をしているからと委員会が再考しない場合も考えられる。

ゆえに、
①「無給」では現実問題参加できないという意思表示をする ⇒「では、やめなさい」となるのか。
②ボランティア参加に対する自分自身の強い意志を伝える
⇒ ボランティア派遣の立場からの必要性の説明にもなる(ボランティアの継続性など踏まえて)

○今後について
昭和62年に派遣条例制定始まる。(自身、協力隊参加は昭和63年)
帰国後27年(現在57歳)、今後同じような協力隊経験者で、家庭の状況的にもシニアボランティアに参加可能になる年齢の者が増えることは予想される。
⇒ 今後への課題として、なにか2回目の者に考慮できるようなシステムが作れないか。
(シニア枠など、派遣する側から見れば、経験者の参加にはプラスのアドバンテージがあるはず)



by saitoru1960 | 2017-06-06 05:26 | SVへの道

6月6日にむけて

校長から聞かされた自己啓発の理由
1 複数名の教員がボランティアへの参加を希望している
2 一度派遣職員になっているので、今回は自己啓発で
3 帰国後の残り年数が少ないため、還元は少なく派遣にはできない 
<去年出ていないのだから明らかに誰かの付け足し>

最初のフィルターは何か?
1の「複数名の希望教員が出ているので」であれば、2次試験の結果が出るまでは判明しない可能性もある。
2の「一度派遣職員になっているので今回は自己啓発で」ならば、これから先に進みようはない。
3の「帰国後の残り年数が少ないため、還元は少なく派遣にはできない」であれば、これから先に進みようはない。
 <去年出ていないのだから明らかに誰かの付け足し>

去年この話が出なかった理由に、何が考えられるか?
1)山口校長がJOCV参加の事を告げていなかった。
2)教職員課が過去の参加確認をしていなかった。
 
⇒校長が提出した文書で教職員課が参加の過去を初めて知り、連絡してきたか。

◎1か2の理由のうちどちらが先かということが重要。
 1であればまだ可能性がある。2であれば不可能。
●ただ、2が既定路線であるならば、2度目のごまかしを受けたことになる。
 1回目。去年の教職員課の未確認。
 2回目。道は閉ざされているのに、最後の合否まで確定しないように受け取れる発言。

結論 「最後まで進める」

校長へ
①「複数の希望者が出ていても、2次合格発表までは人数は決定しないのだから、自分の意思で、断ち切ることはできない」

②自分が諦めた段階でボランティア派遣ができなくなることは何としても避けたい。
●過去2年間、体育の要請数は6、合格者数は0。
●ミヤンマーへのシニアボランティアも1年8カ月途切れることに繋がる。

③「2次合格の後、協力隊の事務局からは、現職・有給での派遣依頼が県に届く。
その段階でも自己啓発(無給)扱いしかできないのであれば、その段階で辞退届を提出せざるを得ない」

by saitoru1960 | 2017-06-02 05:22 | SVへの道

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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