昆陽池公園

先週の日曜日、昆陽池公園に行ってきた。
子供たちが保育園の頃よく行っていて、渡り鳥が来るということは知っていたのだけれどなかなかいいところだった。
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3時からえさやりの時間になっているみたいで、おじさんが2杯分のえさを一輪車で運んでくると、それまで散歩に来ていた人達からえさをもらっていた鳥達がわんさか集まりだして、えさやり場はざわついてくるのだった。
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ヌートリアと呼ばれるかわうその太っちょ版のような動物までいて、池には様々な鳥達が集まっているようだった。
からすは何故か遠巻きに見ているだけですぐに寄ってくることはせず、なんだかここでのお約束ができているのかもしれなかった。


昆虫館もあって、そこで生まれて初めて蝶の幼虫がさなぎに変わっていく瞬間を見ることができた。
たった、5分くらいで幼虫が見事にさなぎに変身していく様子に釘付けになってしまった。
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帰りに見つけた気になるミヤンマー料理店
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# by saitoru1960 | 2006-02-25 11:04 | 家族

茨木のり子さんの詩

2月21日付け読売新聞朝刊の編集手帳に茨木のり子さん死去にともなう文章が載っていた。
ドキリとしたので、気になり、調べてみると以前もドキリとしたことのある詩の作者であった。
以下、編集手帳より


車にファックス、ビデオデッキ、ワープロにパソコン、インターネット・・・、とつづく。「そんなに情報集めてどうするの/そんなに急いで何をするの/頭はからっぽのまま」◆茨木のり子さんは「時代おくれ」という詩の中で、持ちたくないもの、触れたくないものを挙げて、もっともっと時代に遅れたいと書いた。「すぐに古びるがらくたは/我が山門に入るを許さず」と◆「ぱさぱさに乾いていく心を/人のせいにするな。/みずから水やりを怠っておいて」。こちらは「自分の感受性くらい」と題する一編である。気を緩めて読み進んだ人は、最後に不意の大目玉を食らう。「自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」◆茨木さんの詩業は岬に立つ灯台のようだと、身を顧みてつくづく思う。いつの間にか“がらくた”の海を漂流し、乾いた心を世の中のせい、人のせいにしてぼやいている◆「ばかものよ、帰っておいで」。遠く瞬く灯台の明かりに、見失った陸地を教えられたことが幾度かあった。詩心なき身の哀しさで、救われてはまた懲りもせず物質文明の海に泳ぎでていくのだけれど。◆ぴんと背筋の伸びた日本語の使い手で、「戦後現代詩の長女」とも評された茨木さんが79歳で死去した。詩集をひらき、心の海を照らしてくれた灯台の、凛とした光をしのぶ。


以前ドキリとしたのは次の作品で、最後の1行に、深く考えさせられた。


小さな娘が思ったこと

小さな娘が思ったこと
ひとの奥さんの肩はなぜあんなに匂うのだろう
木犀みたいに
くちなしみたいに
ひとの奥さんの肩にかかる
あの淡い靄のようなものは
なんだろう?
小さな娘は自分もそれを欲しいと思った
どんなきれいな娘にもない
とても素敵な或るなにか……

小さな娘がおとなになって
妻になって母になって
ある日不意に気づいてしまう
ひとの奥さんの肩にふりつもる
あのやさしいものは
日々
ひとを愛していくための
  ただの疲労であったと


調べていくうちにドキリとすることが続き、昨日のLHRでクラスの生徒にプリントを作って読ませ、詩集「倚りかからず」、「詩のこころを読む」の2冊を注文してしまった。


自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


汲む
 ―Y・Yに―

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 墜ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです


鶴岡の人が書いた「私の茨木のり子ノート」
# by saitoru1960 | 2006-02-23 05:30 | ドキリとしたこと

トリノより

2月15日付、読売夕刊の寸評で見つけたことば。
岡崎朋美の0.05秒差の4位に対して、
「・・・。しかし、1994年のリレハンメル14位に始まって、長野で銅メダル、ソルトレークで6位、トリノで4位の歩みには学ぶところがが多い。<人生は熱であり、意気であり、顧みるときのほほ笑みである>。・・・」
# by saitoru1960 | 2006-02-16 21:20 | スポーツ

高校時代の友人達

かれこれあしかけ23年にもなるけれど、大学を卒業して1年たった頃から高校時代の陸上部仲間と1ヶ月に1回集まる例会が続いている。
独身、結婚、育児、子供の進学と様々に形態を変えながらもずっと続いていることで、お互いのホッとする場になっているのかもしれない。
キャンプやツーリングから始まり、子供ができてからは、イチゴ狩り、ぶどう狩りなどを経て、今は餅つき、キャンプ、ハイキングなどが1年間のイベントとして続いている。
最近は子供中心の動きが多い中、正月の初走りと2月の駅伝大会参加だけは自分達だけのイベントとして脈々と続いているのも面白いところ。
正月は神戸の3社参りを走りながら行い、「正月にこんなおっさんばっかりで街中汗流して走っているのも珍しいよなあ」としゃべったりしている。
ポートアイランドで行われる駅伝も今年は2チーム参加。
短い距離はスピードださなあかんからしんどいわ、と毎年いいながら襷をつないでいる。
仲間たちと昔と同じように遊べるのは幸せだと思っている。
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今年はメンバーが足りずに教え子が助っ人。
# by saitoru1960 | 2006-02-13 05:42 | 仲間

花よし

今夜は晩御飯を食べに外に出ました。
神戸駅前の串かつ屋「花よし」です。
以前の職場の近くで、冬になると美味しいおでんのすじ肉を時々食べに行っていたので思い出し、子供も大きくなってきたから「串かつも一緒に食べにいってみようか。ソースの二度づけは禁止だからね」と、でかけました。
ソースの鉄の容器にドッポンと突っ込むやり方はなくなっていて少々寂しかったですが、いろいろなおでんや串かつを食べ大満足で帰ってきました。
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# by saitoru1960 | 2006-02-11 21:20 | 家族

「表現の自由」と「宗教の冒涜」を考えてみる

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群衆が放火、火の手が上がるデンマーク大使館=AP
「風刺戯画に抗議、シリアのデンマーク大使館に放火」
 
【カイロ=岡本道郎】シリアの首都ダマスカスで4日、デンマーク紙がイスラム教預言者ムハンマドの風刺戯画を掲載したことに抗議する群衆数千人が市内のデンマーク大使館に殺到、一部が構内に押し入り、建物に放火した。被害の詳細は不明。

 同大使館は3階建ての建物の1階部分にあり、同じ建物にはスウェーデンとチリの大使館がある。目撃者情報によると、群衆は当初、大使館前で抗議の座り込みをしていたが、次第に興奮し暴徒化、一部がシリア警察当局のバリケードを乗り越え、構内に突入したという。また、フランス通信(AFP)によると、携帯電話のメッセージなどを通じ、デンマーク人がコペンハーゲンの広場でイスラム教聖典コーランを燃やそうと集まっているとのうわさが流れたため、抗議行動が発生したという。

 一方、ヨルダンでは同日、風刺漫画を転載した地元週刊紙シハンの前編集局長(2日解任)が宗教冒涜(ぼうとく)容疑で司法当局に拘束された。

2月5日の記事です。
他人の大切にしているものに対して敬意を払う気持ちがないとこんなことまで起こってしまうという例です。

事の起こりは以下の通りです。



2月2日のニュースから

「デンマーク紙の預言者風刺、中東諸国で抗議強まる」

 デンマークなど欧州の新聞、雑誌などがイスラム教預言者ムハンマドの風刺漫画を掲載したことに反発した中東諸国が抗議の姿勢を強めている。デンマーク製の乳製品不買運動は中東のほぼ全域に拡大。ガザ地区の欧州連合(EU)事務所前では、武装パレスチナ人が発砲する事件も起きたほか、サウジアラビアが駐デンマーク大使を召還するなど外交問題にも発展しつつある。

 問題の漫画はまず昨年9月、デンマーク紙「ユランズ・ポステン」が掲載。爆弾の形をしたターバンを巻いたムハンマドを描いてある。仏教などと異なり、偶像崇拝を排するイスラム教では預言者の地位が高いだけに、イスラム教徒は漫画を教義への冒涜(ぼうとく)と受け止めて抗議。だが、ノルウェー誌や仏独両国の新聞なども漫画を転載したため騒ぎが広がった。(ブリュッセル=下田敏) (21:00)


「偶像崇拝」
神以外の人や物を信仰の対象として崇拝すること。神を被造物と混交するものとしてキリスト教・イスラム教などでは厳しく否定され、他の宗教を非難する語として用いられた。

これが、偶像崇拝を簡単に説明した文章です。
確かに「キリスト教」も禁止していると書かれてあるけれど、現代に残っているイスラムの偶像崇拝禁止とは比べ物になりません。
日本でのお祈りの姿を思い浮かべてみたら一目瞭然です。

イスラム=メッカの方角に向かっていたらどこでもお祈りはできる。壁に向かってもできる。祈る対象は必要ないのです。
(なんとマレーシア航空のビジネス、ファーストクラスにはなんと機上でお祈りできる祈祷室があるというのです。メッカの方角をどのように示すかが気になるところですが・・)

キリスト教=教会のお祈りする前には十字架にはりつけになったイエス(偶像)がいる。
(何か人間が作ったもの<偶像>を対象にしてそれに祈りをささげる)


なにかでちらりと見たような気がして、どんな風に書かれた風刺戯画なのかと、インターネット上、日本語で「ムハンマドの風刺戯画」とイメージ検索してみると、なんと出てきませんでした。
これほどネット社会になっていて新聞のタイトルにもなっているにもかかわらず出てこなかったのです。
「流していること=イスラムへの冒涜」、と良識あるメディアもきちんと存在しているということになるのかな。
# by saitoru1960 | 2006-02-05 17:02 | いろいろ

光のローマ字

小学2年の光がわかばが自分のブログで遊び始めたので、「ぼくも作って」といいだした。
今までも、めちゃくちゃうちから始まってキーボードを触っていたのだけれど、今回は真剣にローマ字うちに取り組んでいる。
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以前は、ひらがな打ちで遊ばせたこともあるけれど、わかばがしているので、ローマ字打ちが普通なのだ、と何も言わない。
手製のローマ字表記表を目の前に、「おとうさん、何かもんだいだして」と言いながら、ひとつずつキーを選んで「こうべしすまく・・」とワードに書いたりしている。
わかばの時も同じようにローマ字表記表を作ってあげたのでなんだか懐かしく、同じようにしておねえちゃんのあとを追いかけているのが面白い。
# by saitoru1960 | 2006-02-03 05:05 | 家族

スーツケースその後

修理に出していたスーツケースが帰ってきた。
神戸市北区にある「山澤工房」というかばん屋さんがJALの委託を受けて一手に引き受けているみたいなのだけれど、なんともこの時代にあってすごい会社だった。
中に食い込んでいた2つのコロはきちんと元通りになり、割れていたところも色を合わせてきれいに直っている。
その上、中の2つの室を分けているシートを留めていた3つの金具のうち1つがだいぶ前から外れてなかったのだけれど、それまでこっちから注文を出していないのにきれいに直してくれていた。
「職人」、
「もったいない」、
「たましいのこもった」、
「使えるものは大事に大切に使う」、
などなど、今のようにアメリカ的消費文化社会になってしまった日本に、今なおきちんとこんな会社が存在している。

日本の良さ、外国の人に自慢できる日本、っていうのはこんな会社なんじゃないかな。
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根っこから中に食い込んでいたのに・・。
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# by saitoru1960 | 2006-01-31 05:11 |

初めての海外一人旅

大学を卒業してすぐに高校の教師になった。大学生から突然社会人、それも「教師」という職業に就いたため、3月から4月に変わった途端の自分の外面の変貌には、わたし自身ためらうことが多かった。

4つしか年の違わない高校3年生相手に、「先生」になり「教育」していくのがわたしの仕事となった。教師に慣れることにエネルギーの大部分を費やし、放課後のグラウンドで陸上部の生徒達と一緒に走ったり跳んだりすることが唯一の素の自分を出せる時間となっていた。

大学時代、隣の部屋に住む陸上部の後輩清水は、「ぼくねえ、昔からケニヤに行きたかったんですよ。キリンやシマウマなんかがいるところで生活するのが夢で」
と、卒業したら青年海外協力隊に参加する夢をある晩語ってくれた。わたしはその時初めて協力隊なるものを聞いて、いったいそれは何なのだ、と尋ね返した。

わたしが教師としての自分を試行錯誤しながら作り上げようとしている頃、清水は「合格しました。これで来年から協力隊員です。でも、行き先はスリランカです」と連絡してくれた。「すりらんか?」と、頭の中の世界地図でインドの南あたりを探しながら、どっちにしても踊るような文字に、清水の夢が一つ前に進んだことを実感した。

スリランカからきれいなカードが届き始めた頃、わたしは教師2年目の秋を迎えていた。1年経ったので当初の急激な戸惑いは薄れてきてはいたけれど、これでいいのかという試行錯誤は続いていた。

「海外に出て初めて日本のことを真剣に考えています」、「豊かさっていったい何でしょうか?」

試行錯誤を繰り返す自分の頭には浮かんでこない話ばかりがカードにつづられ、あいつの考えていることを自分で実感として理解することはできないのだろうな。でも、あいつが帰ってきて教師になったら、あいつには自分がここまで体験してきたことを追体験できるな、とあきらめと羨望が混ざり合った心境になっていった。

「今、休暇でモルディブに来ています。ここの海は海の原点とでもいうようなきれい過ぎて怖くなるくらいの海です。一度来てみて下さい」と清水が送ってくれたモルディブの海が映った絵葉書が、わたしを初の「海外」へと導いてくれた。

自分の中での清水への憧れが、彼の言葉をすんなり受け入れる心の準備を整えて待っていたかのように、わたしは「スリランカの彼の任地とモルディブの海を見る旅」というものを計画し始めた。しかし、三宮に行き、小さな旅行代理店で話をすると、残念ですが、そういうツアーはこの日程では無理ですね、といわれ、いろいろ迷った末、結局モルディブだけのツアーを選ばざるを得なかった。

シンガポールで一日過ごした後にモルディブへ飛ぶという日程で、チャンギ空港に到着するとガイドさんが迎えに来ていた。他の一緒に来た3人の日本人と共に車に乗りわたしは市内に向かった。

宿泊先のグランドハイアットホテルに到着すると、そこには自分だけしか泊まらないことがわかり、じゃあ、明日の夕方4時にここのロビーで待っていてくださいと言われ、わたしは分不相応の豪華ホテルのロビーで一人ぼっちになってしまった。

英語は中・高・大の授業で習っただけの実力である。今考えてみても、よくもまあそんな状況で海外一人旅など怖がらずに行ったものだ、と感心してしまうけれど、その時は自分を清水の側に近づけたい気持ちのほうが強かった。

コーラを注文するとコーヒーが出てきて自分の英語にがっくりきた。しかしながら、時間の経過と共に、道具としての怪しい英語も使えはじめ、モルディブからの帰りには、シンガポール空港の中で自分ひとりだけで乗継ぎ券も発券してもらうこともでき、心の中でガッツポーズをとったりもしていた。

たった6日間の異国の旅ではあったけれど自身の成長を確実に実感できた旅だった。

自分の目で見なければ分からないことがある。テレビの画面を見ているだけでは見えてこないテレビカメラの後ろの風景、匂い、湿度や温度。また、自分でその場に立ってみないと考えないことも山ほどある。

かわいい子には旅をさせよとはよく言ったものだ、とそのきっかけをくれた清水に感謝して、わたしはモルディブからスリランカにカードを書き送った。
# by saitoru1960 | 2006-01-27 16:15 |

のっぽさん

のっぽさんが歌っている。NHKのみんなの歌で「グラスホッパー物語」というのを歌っている。
子供たちに言われてはじめて見たとき、「のっぽさん!」と自然に口から出た。
なんと、71歳。
「でっきるかな、でっきるかな」、という声に合わせてのっぽさんが面白いものを次々作っていくのを子供心にワクワクしながら見ていた小さかった頃の自分。
それを自分の子供たちが小さかった頃の自分と同じように興味深そうに一緒に歌っているのを見ると、少し不思議だ。
のっぽさんは初めて自分で歌って「みんなの歌」に出演ということで、これも少し驚きだった。
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71歳ののっぽさんは昔と同じように軽やかなステップを踏んでいた。
「あーあ、僕ものっぽさんみたいにステップ踏みたいなあ」と息子がお風呂でつぶやいていた。
放送スケジュール
# by saitoru1960 | 2006-01-21 20:46 | ひとりごと

お守り

娘が出来たとき、東京に住む友人が亀戸天満宮のお守りを送ってくれた。
初宮は垂水の海神社に行き、写真を撮ってもらった。
七五三も海神社に行き同じ人から写真を撮ってもらった。
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その後、金比羅さんのお守りを買って帰ったりしたけれど、このお守りはずっと見守ってきてくれていた。
年が明け、ふと気になって妻と「お正月のしめ縄と一緒に神社に持っていったら」という話になり、その気でいたのだけれど、いざ、となるとやはり記念に手元に置いておきたくなった。
海神社の写真屋さんは面白いおじさんが撮ってくれる。
同じような赤ん坊を撮り続けているので、初宮の写真撮影は大笑いであった。
玩具を手に赤ちゃんの視線を何とかカメラに向かせようと一生懸命なのだ。
額に汗を浮かべて何分でもあやしながら、時には動いてずれる赤ちゃんの位置を直しながら何度も何度も玩具を振っていた。
そんな想い出も一緒に詰まっているお守りのような気がする。
# by saitoru1960 | 2006-01-16 04:59 | 家族

テータリッ

テメローのたべもの店で、「のみものなにします?」と聞かれた時、「テータリッ」と答えると、JTBの現地ガイドは別に驚くそぶりも見せなかった。
テータリッは紅茶とコンデンスミルクを混ぜ合わせていく飲み物で、マレーシア内ではパフォーマンスコンテストが毎年開かれている。
こんな田舎の店でテータリッなんかしてるんかな?、と思っていたのだけれどきちんとメニューに書いてあるし、ガイドさんも「ドウア(2)」と自分の分まで注文していた。
さて、とみていると店のおばさんはプラスティックの大き目のコップ2つを使ってドボドボと注ぎ返すのを繰り返し、テー(紅茶)をタリッ(引っ張る)して作っていた。
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泡が少し気になる形になっているけれど、アジアでよくあるアマアマのコンデンスミルク入り紅茶だった。
暑いところでこれが何故かうまく感じてしまうのだ。
# by saitoru1960 | 2006-01-15 17:52 | マレーシア

スーツケース

マレーシアに行って関空に到着したとき、モルディブに行くときから使っているスーツケースのコマの部分が内側にめり込んでいた。
JTBの人に「これは、クレームで出した方がいいですよ」といわれ、カウンターに持っていくと丁寧に対応してくれた。
もう17年も前に購入した物で、以前の旅で内部の止め具が1つ外れたりしていて、いつまで使えるかなあ、と思いながら使用していたので、「寿命ですね」といわれても仕方のない代物。
「ここも割れていますね」と指摘され、「あっ、そうですね」と答えながらも、「これは前からあったような・・」という気持ちもあってくちごもっていると、「今回できた割れということで書いておきますから」と言ってくれた。
なんとも親切な人でした。
でもって、このスーツケースは神戸市北区にある工場に運ばれ、修理されるということになったのです。
思い出のシールベタ張りスーツケースなので、買い替えは極力避けたかったのですが、さて、どうなることか。
ベアリングの根元からスーツケース本体そのものを突き破って内部にめり込んでいたので、ちゃんと修復できるかどうか・・。
「やはり無理なので、新しいものと交換ということで・・・」なんていう連絡が入らないことを祈ります。
# by saitoru1960 | 2006-01-12 05:16 |

九九ルーレット

小学校2年の息子の宿題に九九の暗誦というのがあった。
9の段も終わり、いよいよ九九の勉強も終了。
ベネッセの「チャレンジ」という通信教育でもらった九九ルーレットなるもので、お風呂の中で一緒に遊んだりしながら過ごしていたのだけれど、いよいよおしまいという時期になった。
以前(11月26日イイフロの日)、娘とお風呂に入れるのはいつまでなのだろうか、というようなツムラ順天堂の広告を残したけれど、もう、風呂の中で子供たちと九九の練習をすることはないのだな、としばらくほったらかしになっている風呂場の九九ルーレットをひきあげてきた。
親と子の黄金時間はどんどんどんどん過ぎていく。
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# by saitoru1960 | 2006-01-10 23:43 | 家族

ちくさ高原でスキー

年末、鉢伏に一泊でスキーに行くつもりが、自分以外すべてインフルエンザになってしまい、年末年始は大人しくせざるを得ない状況だったので、8日にちくさ高原に行ってきました。
積雪、降雪ともにすごく、去年行ったところよりも10km以上前からチェーンをつけたのだけれど、なんとなんでもないところで急にスピン。
去年はもたついたチェーンの取り付けもスムーズにいったので、心も軽やかに走っていたところだったので、これには驚きました。
対向車も見えていて、ハンドルをグルグルきりながら車を止めようとしたけれど、こっちの思うようにはならず、当たったときのために身を縮めて構えたのだけれど不思議なことに停まりました。
対向車の人も「・・・・!!」というような顔でこっちを見ていたのがよくわかり、逆の立場だったら自分もビビルだろうな、と思いました。あぶない、あぶない。
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雪は片栗粉のそれで、雪合戦しようにも雪球がすぐに作れない有様。
滑っていても申し分ない雪でした。
わかばは一人で第3リフトを乗りながら一人で滑っていて、光もついにリフトにのり上から降りました。ただし、光の場合は母の教え通り滑れず、ぐずりながらの滑走でした。
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ちくさはファミリーばかりといっていいくらいの客層で、リフトから落ちてりフトを止めたとしても、あまり気にしないでもすみます。気が楽と言えば気が楽なスキー場です。
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# by saitoru1960 | 2006-01-10 17:00 | 家族

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960
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