すわり小便の謎

モルディブのマーレ島で陸上競技を教え始めた頃、男子選手サイードは練習の途中で 「コーチ」と私にはずかしげに声をかけ、右手の小指を一本立てた。

私が「ハア?」という顔でサイードの顔を見ると、なんだか少ししなを作るようなナヨナヨ腰で、ちいさく「ヒースラ」という。

私はまだモルディブ語の語彙も少ない頃だったので、「ヒースラ」が何を意味するのかわからず、 「おいおい、男のくせに俺といい仲になりたいっちゅうのかよお?」 と少しげっそりした時、サイードは我慢しきれないように、すぐ横の波打ち際へとさっきのナヨナヨ腰&小股で小走りにかけていった。

平均海抜2mもないこの島は、周囲5kmをほとんど防波堤で囲んでいるため、練習場所の横も1mほどの防波堤を越えるとたちまち熱帯魚ウジョウジョの海になってしまう。

ランニングパンツ姿のサイードは1m防波堤を乗り越え、波打ち際まで急いでいくと、しゃがみこんで、ほっとしている。

「ヒースラ」は小便で、小指は小便を意味していたのだ。しかもすわり小便。

男は立ち小便、女はすわり小便、すわりながらの小便なんて日本男児たるもの死んでもすまじ、という確固たる文化(?)が日本にはある。(おおげさかな)

到底受け入れがたいサイードの行為に、「それはだめだろう!」と言うこともなく後ろ姿を見つめていたが、サイードは波を左手ですくい、股間にひょいひょいとかけるのであった。

紙を使わないモルディブのトイレ事情は、ひたすら水。

そして、イスラム教徒の彼らはお祈りの時には日本人以上に身を清める。

基本的に1日5回のお祈りをする彼らは、手、腕(ひじあたりまで)、足の指、脚(すねあたりまで)、顔、鼻(入口あたりも)、耳たぶ、口をゆすぐ、なんかまできっちりきれいにしてからお祈りをするのである。

私が知らないだけで、肛門もその都度キレイにしているのかもしれないが、清潔好きなモルディブ人の座り小便の謎もそのあたりにあるのかもしれなかった。
# by saitoru1960 | 2002-06-24 15:28 | モルディブ

カタカナ英語でもいいのだ

以前勤めていた高校で、3年生を卒業させた後の3月、学年団の3年間を慰労してと銘打ち、シンガポールに2泊3日で旅に出た。

中華料理店に入りワイワイ騒いで昼食をとっていた時、英語の先生がウエイトレスのオネエさんを呼んで、

「ここではディナーショーをしているみたいだけれど、値段はいくら位するの?」

と、英語で尋ねた。

「ンーー???、ウエイトアモーメントプリーズ(ちょっと待って下さい)」

とオネエさんは、英語わかんなくてごめんね、というようなスマナ顔で、決まり文句だけ残し英語のわかる人を探しに行った。

そうか、シンガポールは第2公用語として英語を使っているとか言われたりするけれど、観光客相手の場所でこんなこともあるんだな、と少しホッとし、英語がわかる人がくるのをしばし待っていた。

そこへ年の頃なら40前半、女中頭とおぼしきキリリとしたチャイナドレスの女性がやって来た。

英語教師が再び、巻き舌の正統派(?)英語で同じ質問をし、それにチャイナドレスの女中頭が答えた時、私は目が点になり、あごが一瞬前に伸びた。

「アイ キャント アンダースタンド ジャパニーズ。(私は日本語が分かりません)プリーズ スピーク イングリッシュ(すみませんが英語で話して下さい)」

女中頭の話す英語は、アジア各地で通じる母音の発音バリバリの、簡単に言うとカタカナ棒読みのアジア英語。

その英語教師は、聞き取りにくかったのか、

「エッ?どういうこと?」

とまたまた正統派英語で質問。すると、やはりチャイナドレスの女中頭は

「わたし、日本語がわかんないの。ごめんね」と返してきた。

英語教師はあきらかに狼狽していて立ち直るのに時間がかかりそうであった。

笑ってしまった。

言葉は道具なので相手に伝わらなければ意味をなさない。正統派であろうが、カタカナであろうが関係ないのだ。

アジア旅の面白さはこのあたりにもある。
# by saitoru1960 | 2002-05-10 15:26 | アジア

ワールドカップと君が代

5月2日、神戸ウイングスタジアムに日本代表とホンジュラス代表のサッカー・キリンチャレンジカップを観戦に行った。

キックオフが19時15分。地下鉄海岸線の御崎公園駅から誘導の人々の指示に従い、3回くらいチェックを受けて入場すると開始30分前であった。

芝生の上では両チームのメンバーが軽くアップをしていた。

しかし、私はぼんやりながめるだけで、その中から中村俊輔や三都主アレサンドロを探す事ができなかった。4方向全てのスタンドを埋め尽くしている観客の圧倒的な威圧感が勝ち、私は少しだけ興奮を覚え、冷静に見ることができなかったのだ。

ウイングスタジアムに足を運ぶのはこれで3度目であった。いずれも地元ヴィッセル神戸がらみのJリーグ戦で、ここまで一方的にスタジアム全体が片方のチームを応援するゲームというのは初めてであった。

南北のゴール裏スタンドにはジャパンブルーと呼ばれる色のシャツを着た熱烈サポーター達が陣取り、ゲーム前から立ちっぱなしで、拍手や手拍子、そして声を使い、規律ある応援を始めていた。

メイン側バック側のスタンドに座る観客もそれに合わせるように拍手をしたりしていたけれど、あきらかにボルテージの高さには差が見られた。

チーム・ニッポンのサポーターは、実体がなく、輪郭自体はっきりしていない。

その求心力はただ一つ、「日本を応援すること」、である。

試合に来る時にも、電車の中で見ず知らずの女性同士が、どこからきただとか、誰がスタメンだろうかだとか親しげに話をしていて、「こんなことはよっぽどの田舎にでも行かない限り、今の日本では起こりえないことだな」と、チーム・ニッポンを応援するもの同士の親和性の高さを感じながら聞いていた。

ピッチではゲーム前のセレモニーが始まった。

両国国歌が斉唱されるので、起立し静粛にしてくれるよう、アナウンスが流れる。座席全体が立ちあがり、スタジアム全体が自然に静寂に包まれていった。

ホンジュラス国歌が流れる。無伴奏で聴くホンジュラス国歌に、どこからか手拍子が始まった。終了とともに大きな拍手が沸きあがる。

次は君が代である。

スクリーンには斉唱する歌い手の顔が映し出され、おもむろに君が代を歌い始めた。

私がスタジアムに入場してから感じている空気では、叫ぶような君が代がスタンド全体に響き渡るはずである。

私は国歌を歌った。最初こそ普通の声の大きさであったが、次第に周囲の目を気にすることなく、久し振りに腹の底から叫ぶぐらいの大きな声で君が代を歌った。

日本代表チームを応援するために歌うのか、と訊ねられたら、そうだ、ともいえない。

ここで今から戦うのはホンジュラスと日本。そして自分は日本人なのだ、という証のために歌ったのかもしれなかった。大声で歌い終わった後、少し気分が高揚していた。

スタジアムを埋め尽くす大観衆とともに腹の底から歌う国歌は日本人が一つになるための手段としてはうってつけだった。

他者と戦う時、錦の旗や団結のための歌が人々をまとめるのに不可欠なのは事実である。

国歌が同じような形で歴史的に悪用された過去があり、懸念する人達がいるのも実感できる。

だが、平和ボケの中で生き、他者に対する優しさよりも自己中心的な若者が多いと国の行く末を案ずる大人が多い現代日本で、ワールドカップが日本人が一つになれるきっかけを与えてくれるならば、国歌をたからかに歌い、日本代表を国民みんなで応援する事で何かを私達は手にできそうな気がする。

 私が幸運にも手にいれる事のできたワールドカップのチケットは、6月17日の決勝トーナメント、神戸ウイングスタジアムのゲーム。

王者ブラジルと我が日本代表のゲームになり、再び腹の底から喉がイガイガするほどの声をふり絞って国歌を歌い、日本人になってみたい。
# by saitoru1960 | 2002-05-02 15:25 | スポーツ

同期の桜

私が、協力隊(JOCV)に参加したのは1988年の4月である。

派遣前の訓練が3ヶ月ほど信州駒ヶ根の訓練所で行われるのだが、集合は東京であった。

神戸よりも開花の早い桜が、神宮外苑できれいに咲きほころび、大学時代の国立競技場でのインカレの事などを思い出しながら、のんびり日本青年館(だったと思う)まで歩いた。

「同期の桜はいいよね」

と、訓練を終え、出発までの荷物まとめをするため神戸に帰って来た時、神戸高校で同僚だった国語の田中先生が、会話の中でぽつんとそう口にした。

無意識に、訓練所での事を楽しそうに話していたのだろう。

訓練所には、「人生は楽しむためにある」とでもいう様な行動をとる奴がとてもたくさん集まってきていた。

その中にいると自分の中にある、「素直な自分」が自然に出てきた。

「こんな風にしたら変に思われるかな」 と、大人になって身についた、しょうもない気遣いは必要なく、子供の時のように本能のおもむくがまま、前向きにやりたい事をガンガンやることができた。

たった77日間の合宿生活。

そう、たった77日だけ同じ場所でエネルギーを燃やした仲間が、それから任期の2年間、そして帰国後も離れ離れになってはいてもいつもそばにいてくれている気がする。

帰国後12年が経った。

毎年、春と秋に2回、全国で青年海外協力隊の募集説明会が開催されている。

そこに時々OBとして話をしに行くことがあるのだけれど、昔の自分がそこに座っているようで、

「迷ってたら、まず行動してみましょう。良いことがきっとあるはずです」 とつい言葉に力をこめてしまう。

それに、OBとして説明をしに行くというよりは、そこに座っている人達の瞳の輝きが見たくて、毎回都合をつけ足を運んでいる気がする。
# by saitoru1960 | 2002-03-14 00:00 | 協力隊

心動かされたことを忘れぬように


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