自殺希少地域を歩く精神科医。老人などと話をしながらフィールドワークによりその理由を考えてゆく。
人とのつきあい方や、対話とはという問いにヒントとなる言葉が並んでいる。
難しいことが書かれているわけでもなく、論理的にまとめてあるわけでもないけれど、何かがひっかかってくる。
時々書棚から出して読むことで、その時々の自分の心理状況にあわせてひっかかる場所が変わるような気もしている。
今年のベスト3に入る1冊になった。
①困っている人がいたら、今、即、助けなさい
②ひととひととの関係は疎で多。
③意思決定は現場で行う。
④「この地域のひとたちは、見て見ぬふりができないひとたちなんですよ」
⑤解決するまでかかわり続ける。
⑥「なるようになる。なるようにしかならない」
⑦相手は変えられない。変えられるのは自分。
f0013998_18081048.jpg

# by saitoru1960 | 2016-11-19 18:13 |
f0013998_21324363.jpg
8月から履き始めたターサージール。829km、約850km位は走ったことになる。左のかかとが擦り減りいよいよ駄目になり、2足目のエンペラーを購入。
これで、三田ハーフを気持ちよく走れそうだ。


# by saitoru1960 | 2016-11-16 21:35 | ランニング

若者

二〇一六年十月十三日、「アメリカ伝統音楽にのせ 新しい詩の表現を創造した」として、ボブ・ディラン(七五)がノーベル文学賞に選考された。歌手としては初めての受賞となったが、発表からしばらくの間ディラン本人のコメントは発表されなかった。すると一人の委員が「無礼で傲慢だ」とディランを非難するコメントを出したとニュースが流れた。わたしはそれ読み、中学時代の自分を思い出して思わずニヤリとしてしまった。

わたしがボブ・ディランという名前を知ったのは一九七〇年代、和製ボブ・ディランといわれたフォークシンガー・吉田拓郎(七〇)を通してであった。「世代の代弁者」と崇められ、メッセージソングやプロテストソングの旗手と評されたボブ・ディランに吉田拓郎は感化され、楽曲のみならず生き方にまで大きな影響を受けたと様々な場面で話していた。その吉田拓郎に中学生のわたしは感化されたのだった。

権力に反発するエネルギー、権威を権威とも思わない自由さ。大人のずるさや嘘に対し反抗心あふれる中学生にとって、心揺さぶられることば(歌詞)は身体の奥底にまでぐいぐい沁み入ってきた。そして、いつか自分もこんな若者になりたい、とギターを手に拓郎の曲を歌っていたのだった。

時代はテレビ全盛期。拓郎はいくら曲がヒットしてもテレビには出なかった。たった数分の時間で自分の意思は聴き手に伝わらない、というのが理由だった。森進一に提供した曲「襟裳岬」でレコード大賞を受賞した際、帝国劇場での受賞式のステージに普段着のジーパン姿で上がってきた時には、権威を歯牙にもかけないその姿に、かっこよさと憧憬の念がますます高まったのを覚えている。社会に対して背伸びしようとする中学・高校時代、拓郎は大人と自分との間にいる憧れの若者だった。

今、その若者になろうとしている君は、これから大人と対峙していくために覚えておかなければならないことがある。大人は君よりも物事を論理的に考える経験を多くもっているということだ。何かの事象に直感的に声をあげても、大人は「でもね」、と簡単に論理的思考を用いてかわしてくる。大人は狡猾で悪知恵を働かせるのがうまい。だからこそ、若者が持つ唯一最大の武器「直感」を大切にしてほしいと思っている。

三宮のジュンク堂ではたくさんの書籍が平積みされている。たびたび訪れていると、以前気にならなかった本にふと手が伸びる時がある。いつもたくさんの無駄なものを見ているようではあるけれど、何かの拍子にその中から直感的に「んっ?!」と感じて手を伸ばすことで出会った一冊。自分の直感は、読後に正しかったのか失敗だったのか自ら判断させられることになる。成功と失敗をくり返しながら、直感の蓄積を続けていくことで、こま切れに蓄積された経験は次第に網の目のようにつながっていき、自分のことばとして外に出てくるようになる。

一方、板宿の井戸書店は個性が光る街の小さな本屋さんである。ここは店主の意思を感じる棚揃えをしていて、一角には店主お勧めのコーナーも設けてある。そこに置かれてある本は時々入れ替わり、昔から読みつがれているものから、店主が感銘を受けた最近の一冊などジャンルも多岐にわたっていて興味深い。店主のフィルターを通して置かれている著書にアンテナが引っ掛かることがあり、ジュンク堂では到底探しだすことができない一冊に出会うことがある。もちろん、最後まで読み終えたのちに、ハズレだったな、と感じることはあり、それはそれでまた経験の蓄積として残っていくことになる。

大型書店や小さな本屋でのぶらぶら歩きから始まる一連のこの流れは、無駄なように見え、効率的ではないかもしれないけれど、結果的には自分の生き方を「ことば」で表わすことができるようになることに繋がっているとわたしは思っている。

これから「若者」になる君は一体何を追い求めるようになるのだろう。
そして、君にとって何が変わらない夢になるのか、これからもずっと考え続けていってほしい。
いつの世も若者が時代を作っていくのだから。

シュプレヒコールの波
通り過ぎてゆく
変わらない夢を
流れに求めて
時の流れを止めて
変わらない夢を
見たがる者たちと
戦うため
   中島みゆき「世情」


# by saitoru1960 | 2016-11-14 05:14 | いろいろ

仕合せ(糸)

「幸せ」と「仕合わせ」の違いを教えてください。

A:『明鏡国語辞典』で「しあわせ」を調べてみますと、一番最後に「表記」という欄があって、次のように書いてあります。

偶然性を重視するときは「仕合わせ」も好まれる。

「しあわせ」という日本語の語源は、「し合わす」だとされています。「し」は動詞「する」の連用形。つまり、何か2つの動作などが「合う」こと、それが「しあわせ」だというのです。別のことばで言い換えれば、「めぐり合わせ」に近いでしょう。

自分が置かれている状況に、たまたま、別の状況が重なって生じること、それが「しあわせ」だったのです。ですから昔は、「しあわせ」とはいい意味にも悪い意味にも用いたようです。偶然めぐり合った、よい運命も悪い運命も、「しあわせ」だったのです。

さて、現在の私たちは、語源のことはすっかり忘れて「しあわせ」ということばを使っています。ただ、「仕合わせ」と書く場合、「仕」は当て字ですが、「合わせ」の方に、「しあわせ」が本来持っていた、偶然性の名残を見ることもできるでしょう。そこで、たまたま訪れてきてくれたハッピーな状況のことを表したいときには、「仕合わせ」と書くのが好まれる、というわけです。
# by saitoru1960 | 2016-11-11 05:04 |

中島みゆき・世情

世の中はいつも 変わっているから
頑固者だけが悲しい思いをする。

変わらないものを 何かにたとえて
その度 崩れちゃ そいつのせいにする

シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく
変わらない夢を、流れに求めて
時の流れを止めて、変わらない夢を
見たがる者たちと、戦うため

世の中はとても臆病な猫だから
他愛のない嘘をいつもついている。

包帯のような嘘を見破ることで
学者は世間を見たような気になる

シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく
変わらない夢を、流れに求めて
時の流れを止めて、変わらない夢を
見たがる者たちと、戦うため
# by saitoru1960 | 2016-11-03 14:35 |
ミャンマーと聞いて一生懸命どう考えても「アウンサンスーチー」と「ビルマの竪琴」以外に出てくる言葉がない。
知っている地名は首都の「ラングーン」、「ヤンゴン」だけで他はひとつも出てこない。
1956年の「ビルマの竪琴」を板宿で借りて初めて観た。
最初のシーンで画面に出てくるのが、「ビルマの土はあかい 岩もまたあかい」だった。
ストーリーとしては理解できるけれどやはり大東亜戦争を描く映画である。
現代の日本人が感情移入することは難しいだろうなと思った。

ネットでミャンマー関係の本を探しながら、このゴールデンロックは何かの本で見たような気がする・・、と椎名誠の「秘密のミャンマー」に行きついた。
f0013998_20451622.jpg
奥付をみると、2003年になっている。もう13年も前の本だった。
椎名誠、59歳の時の旅バカ話本である。
家にないけど知っているということは、どこかの本屋で立ち読みをしたのだろう。この表紙の写真には記憶があった。
その中に、映画「ビルマの竪琴」の嘘が書かれてある。
「上座部仏教では、僧侶は戒律により音楽演奏は禁じられていて、竪琴を弾くことはあり得ないのです」、と現地ガイドが旅の初めに説明するのである。
まあ、そうでありながらも1945年の日本の国民はみんな、いい映画だ、と映画館に足を運んだ、ということなのだろう。

シーナの紀行文を読み進んでいくと、ミャンマーの観光スポットをすべて網羅するような巡り方で10日ほどで廻りきった感がある。
13年経った現在、この国はどんな姿を見せるのだろう。
f0013998_21541828.jpg
タウンタマン湖のウーベイン橋
f0013998_21573021.jpeg
バガンの寺院群

<シーナの旅>
1日目:移動(ヤンゴン泊)
2日目:シュエダゴンパゴダ・ボージョーアウンサン市場・ダラー村(ヤンゴン泊)
3日目:パゴー(チャイティーヨー泊)
4日目:ヤンゴン(ヤンゴン泊)
5日目:バガン(バガン泊)
6日目:マンダレー(マンダレー泊)
7日目:マンダレー・タウンタマン湖・ウーベイン橋(マンダレー泊)
8日目:シャン州・インレー湖(インレー湖畔泊)
9日目:インレー湖(ヤンゴン泊)
10日目:ヤンゴン


# by saitoru1960 | 2016-10-25 20:57 | アジア

久し振りにロング

駅伝神戸地区予選の翌朝、東播と淡路の結果が出るまで、プラスアルファで選ばれるかどうか落ち着かないこともあり、垂水から東へ出ていこうと走り始めた。
気温も走りやすく、途中から日の光も出てきたので、「気温よあがれ!」と少しだけ天に祈ったりもした。
塩屋から須磨への道を走っていると脚の動きは快調になり、「中央市場までいくか」と高松線に入った。
トータル21.2kmで、1km5分40秒。久し振りに20km以上走ったけどいい感じだった。
家に帰り、駅伝の動きをネットで追っていくと、1時過ぎに藤田先生から「男女そろって県大会です」と電話が届く。
神様は見てくれているのか。
f0013998_14535101.jpg

# by saitoru1960 | 2016-10-23 14:54 | ランニング

なりたくないもの

夜郎自大
自分の力量を知らずに、いばっている者のたとえ。
▽「夜郎」は中国漢の時代の西南の地にあった未開部族の国の名。「自大」は自らいばり、尊大な態度をとること。
# by saitoru1960 | 2016-10-12 05:09 | いろいろ

いま、五郎の生き方

夏休みからまた「北の国から」を見なおしていた。
スペシャルの83冬、98時代、2002遺言とあまり回数見ていないものをツタヤで借りてまた涙をこぼしていた。
清吉おじさん(大滝秀治)には開拓民としての苦労が感じられ、正吉のおじいさん(笠松杵次・大友柳太朗)には道産子の原型を想像させられる。
自分が年をとったからなのだろうけれど、心にずしんと入ってくるセリフが随所に出てくる。
五郎に期英の姿が重なることも出てくる。
発展しない時代にやるべきこと、身の丈に合った生き方、富良野の人たちから学ぶことはたくさんある。
わかばに教えてあげなくてはいけない。
f0013998_16442484.jpg


# by saitoru1960 | 2016-09-24 16:45 | 物語

消費社会とは何か

「転換期を生きるきみたちへ」(内田樹編)、の中で白井聡という人が書いていた言葉。
「これから主役となる世代こそが、文明の仕組みの再構築というこの困難な仕事に立ち向かう運命
 にあるのです。
 そんな巡り合わせになっている諸君は不運だろうか。
 決してそんなことはありません。
 本物のやりがいは、困難な仕事にのみ存在するのです」

# by saitoru1960 | 2016-09-20 06:01 | 心にのこる
いつから飼っているかわからないグッピーの最後の一匹が死んでしまった。
昨日の夜は動いていたのだけれど、今日、駅伝の試走から帰ってくると死んでいた。
夏から少しずつ死んでいくようになり、9月に入ってからペースが速まってきていた。
砂利を入れないことでそこに沈殿するモワモワしたものはでなくなり、水の浄化もうまい具合にいっていたにもかかわらずだった。
子供が急に産まれて一気ににぎやかになることもあった。
何か月おきに砂利や水槽をきれいにしながら育ててきたが寿命だったのだろうか・・。
居間の空気が変わりそうな気もしている。

調べてみると、光が中学3年の10月から飼い始めていた。
かれこれ4年も経ったことになる。
テヌマエビなども何度も死なせては挑戦していた。
最初の頃のグッピーは体格が良かったことを写真を見て改めて感じた。
最初の頃の写真。
f0013998_15563410.jpg



# by saitoru1960 | 2016-09-17 15:42 | いろいろ

東京2017

三校のとき赤峰に、「東京マラソンのゴールが変更になったの知ってますか?」と聞かれ、東京駅と知った時に、「それなら申込んでみるか」となった。
本日、12倍の倍率を潜り抜け、見事「当選」の連絡が届いた。
最後の第1京浜は箱根の1区と10区を彷彿させる。
かつての箱根ランナーたちもさぞかし走りたいことだろう。
f0013998_11382467.jpg
f0013998_11384465.jpg
f0013998_11515464.jpg
f0013998_1152892.jpg

# by saitoru1960 | 2016-09-16 22:32 | ランニング
【AFP=時事】
11日に行われたリオデジャネイロ・パラリンピック、陸上男子1500メートルT13(視覚障害のクラス)では、アルジェリアの双子ランナーであるアブデラティフ・バカ(Abdellatif Baka)がパラリンピック新記録で優勝した。しかし、このレースでは優勝タイムよりも話題になっているものがある。双子の弟で、4位入賞を果たしたフォーダ・バカ(Fouad Baka)までの4人が、リオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得したマシュー・セントロウィッツ(Matthew Centrowitz、米国)を上回るタイムを記録したのだ。
f0013998_8535067.jpg
<リオデジャネイロ・パラリンピック、陸上男子1500メートルT13(視覚障害のクラス)でレースをリードするアブデラティフ・バカ>

22歳のアブデラティフは、パラリンピック記録となる3分48秒29で優勝。セントロウィッツのタイムは3分50秒00だった。アブデラティフは快挙の秘訣(ひけつ)について、「練習です」と謙虚に話している。

 この結果は、パラリンピックの今後に関する議論をさらに白熱させる可能性がある。近年、五輪とパラリンピックでトップ選手の実力差は徐々に縮まっており、パラリンピアンはすでに五輪の扉をたたいているとの声が強まっていたが、門戸開放へ向けてこれは重大な結果にみえる。

 しかし、現実として話はそう簡単ではない。アブデラティフのタイムがパラリンピック史上最速だったのに対して、セントロウィッツのタイムは五輪でもめったに見ないレベルの遅さだったからだ。

 1500メートルは戦略が重要な種目で、単純なスピードだけではなく、集団での駆け引きが勝負のカギを握る。今回のリオ五輪では、これまでにないほどの戦略重視のレースが展開され、セントロウィッツの自己ベストが3分30秒40であることを踏まえれば、状況次第ではもっと速く走れたのはほぼ間違いない。

 それでも、優勝が「驚き」と語るバカも、目指していたのは表彰台であってタイムではないと話している。

「最後の300メートルで持っていたものをすべて出しました。非常に戦略的なコースですし、うまくいったのを誇りに思います」
# by saitoru1960 | 2016-09-15 04:52 | スポーツ
毎日新聞【カイロ秋山信一】

 リオデジャネイロ五輪の柔道男子100キロ超級で、イスラエル選手との試合後に握手を拒否したエジプトのイスラム・エルシェハビ選手(34)が毎日新聞の取材に応じ、「試合の棄権を求める声もあり、試合前から重圧があった。柔道のルールを守った上で、(イスラエルを敵視する)アラブ人やイスラム教徒の感情を尊重し、握手は拒むことを決めた」と説明した。
f0013998_1517855.jpg
<イスラエルのオル・サソンの握手を拒否するエジプトのイスラム・エルシェハビ=AP>

 エルシェハビ選手によると、試合8日前にイスラエル選手との対戦が決まった後、インターネットを通じて「イスラエルの存在を認めないために棄権すべきだ」「敗北は許されない」などの意見が寄せられていると知った。代表チーム内で対応を協議し、試合後の握手の義務はないことを踏まえ、結果に関わらず握手は拒むことを決めた。

 試合では一本負けした。審判が勝者を告げると相手選手だけが礼をし、エルシェハビ選手は左の手のひらを相手に向け、首を振って、握手を拒否する意思を伝えようとした。だが、相手選手は後ずさりするエルシェハビ選手を追うように手を上げて握手を求めた。いったん畳を去ったエルシェハビ選手は、審判から礼を促され、小さく礼をして退場した。
 
 「重圧や動揺があり、試合後の礼を忘れてしまった」と、エルシェハビ選手は釈明する。「相手選手は過去にエジプト選手に握手を拒まれたことがある。私が握手を拒むと分かっていて、あえて近づいてきた。世界が注目する中、問題を政治化したのは相手選手だ」と話した。イスラエルメディアによると、相手選手は試合後「握手を拒否されるのは分かっていたが、それは彼の判断だ」と話した。
 
 エルシェハビ選手は国際オリンピック委員会から厳重注意処分を受けた。五輪後は取材にほとんど応じていないが、知人からロサンゼルス五輪で山下泰裕選手と対戦したエジプトのラシュワン選手と比較されて批判されていると知り、「日本の人たちに説明したい」と取材に応じた。
 
 アラブ世界では、イスラエルがパレスチナ人の土地を奪い、国家樹立を妨害しているとの認識が広くあり、過去の紛争の歴史と相まって反イスラエル感情が根強い。スポーツ界でも「イスラエルの存在を認めない」との理由からイスラエルとの対戦を拒否する例がある。
# by saitoru1960 | 2016-09-14 05:15 | スポーツ

台風のはざまで

8月23日(火)から31日(水)までわかばが帰ってきた。
帰ってくる前、台風が1週間に3つも北海道に上陸し農作物に甚大な被害をもたらした。
そして帰る前の日、10号が東北に上陸し、帯広の近くでも川の氾濫が相次いだ。
結局、神戸空港から新千歳まで飛行機は飛んだけれど、高速バス・ミルキーライナーは運休。
道路のいたるところで通行止めが続いている。
f0013998_17152992.jpg
f0013998_17153880.jpg
f0013998_17154855.jpg


# by saitoru1960 | 2016-08-31 17:16 | 家族

心動かされたことを忘れぬように


by saitoru1960